【ACADEMY】オープンな給与体系とは何か。その導入を検討すべきか

LightforgeのCEOであるMatt Schembari氏は,ゲームスタジオにおける給与の透明性の利点と,報酬に関する会話を正常化する方法について,GDCで講演を行った

【ACADEMY】オープンな給与体系とは何か。その導入を検討すべきか

 先月のGDCで,Lightforge GamesのCEOであるMatt Schembari氏は,給与の透明性に対するスタジオのアプローチと,オープンな給与体系を持つことによる会社全体のメリットを共有した。

 Schembari氏は,2020年にLightforge Gamesを結成したBlizzardとEpicのベテランたちの一員だ。彼は以前,Blizzardで10年過ごした後,Epic Gamesで「Fortnite」のUIディレクターとして働いた経験がある。

 「ここでのゴールは,皆さんが家に帰ってすぐにオープンサラリーを制定するように説得することではありません」と,彼はGDC講演の前置きとして述べた。「それは種をまくことです。このアイデアを最初に紹介されたとき,私は絶対におかしいと感じましたし,意図しない副作用やマイナス面がいろいろあるだろうと思いました」

 「しかし,オープンサラリーを3年間続け,40人近い従業員に達した今,これは私たちにとって本当に大きな成功だったとはっきり言えます」

 講演の中でSchembari氏は,Lightforgeで給与の透明性を導入するに至った最初のリサーチと思考のプロセス,導入の青写真,そしてこの方針のさまざまな長所と短所について,参加者に説明した。




「オープンサラリー」とは


 「オープンサラリーとは,経営陣が全従業員の報酬情報を,全従業員に完全に公開する方針です」とSchembari氏は最初に説明した。「これには,名前,タイトル,レベル,そのほかのあらゆる貢献要素が含まれます。そして具体的な,実際の確固たる数字です。範囲ではありません。ボーナスや株式調整など,すべての報酬形態が含まれます」

 「つまり,これは何者かが給与明細を盗み,会社全体にメールで送信するという人事部の悪夢のようなシナリオです。しかも意図的にやっているのです。では,なぜそうするのでしょうか。その旅に出かけましょう」


給与の透明性を考慮すべき理由


  • 労働者の企業責任への期待が高まっている

 Lightforgeは,設立時からオープンな給与体系にこだわっており,Schembari氏はそれがチームが当初から導入したかったコアバリューの一部であると説明している。

 “2020年に生まれた会社として,何か違うことができないか”考えたとSchembari氏は振り返る。「会社とは,同じ使命を持った人の集まりにほかならないのだとしたら,私たちは“人”に注目しました」

“若い労働者は,企業責任と透明性を重視しています”

 彼は,米国のフルタイム労働者の46%がミレニアル世代とZ世代の労働者で構成されている事実を指摘した。

 「研究者は一般的に,トレンドを予測する際に世代のレンズを使うので,これは重要です」と彼は説明する。「そして,職場の最大のトレンドの1つは,若い労働者が企業責任と透明性を重視していることです」

 Schembari氏は,Gallupの調査を引用して,労働者が,自分たちの健康に気を配り,倫理的で透明性のあるリーダーシップを持ち,多様性・公平性・包括性を受け入れる雇用主を評価するようになってきたと語気を強めて言った。このことは,組織に対する不信感の高まりと相まって,「大量離職」や静かな退職というトレンドにつながっている。

 Schembari氏は,現在のワーキングライフのこれらの側面,つまり静かな退職,企業責任,生活環境の悪化,以前の世代と比較して低い可処分所得は,すべて若者が議論していることだと強調した。

 「雇用主としては,自分たちが置かれている環境がこのようなものだと認識することが本当に重要です」と彼は付け加えた。「無意味に好きなだけ怒鳴ることもできますが,労働者の半分の生活経験を無視するのは愚かなことです」

  • オープンな給与体系は,構造的不平等に対する有効な手段となる

 Schembari氏は,給与についてオープンにすることは,公平性の構築に大いに関係があるとも説明した。

 彼は,ニューヨーク・タイムズが賃金格差の是正と賃金の透明化についてインタビューした,バージニア大学・Darden School of Businessの研究者で経営学准教授のMorela Hernandez氏による言葉を引用した。「報酬を秘密にすることで,構造的な不平等を曖昧にし,不平等が持続することを可能にするかもしれません」

“すべての人にとって公平で公正な職場を作るというならば,最も効果的なツールを使わない手はないでしょう”

 Schembari氏は,給与の秘密を維持することは“従業員も経営者も構造的不平等と戦うための完全な情報を持たない”ことを意味すると付け加え,Payscaleの調査でも示されたように“給与の透明性と賃金公平性の間には明確な相関関係がある”と述べた。

 「これは,賃金格差と戦うための最も効果的なツールです」とSchembari氏は語った。「すべての人にとって公平で公正な職場を作るというならば,最も効果的なツールを使わない手はないでしょう」

 また,ニューヨーク,カリフォルニア,ワシントンでは,求人広告に給与範囲を記載することが当たり前になるなど,近年は全体的に給与の透明性を重視する傾向が強まっていることも強調した。

 「つまり,ここでのメインメッセージは“給与の透明性は存在し,その勢いは増すばかりだ”ということです」とSchembari氏は語る。「従業員からの要望が多いことを踏まえて,オープンサラリーを実践している企業と競争する準備はできていますか?」


オープンな給与体系は実際にどのように機能するか


 Lightforgeがオープンな給与体系を決断するために行った調査について説明した後,Schembari氏はスタジオでそれを実現した方法に焦点を当てた。

 「その方法は実に簡単です」と彼は語った。「すでに持っている給与のスプレッドシートをオープンにすればいいんです。あなたが持っているのは知っています。これだけです。Lightforgeでは,すべての従業員が給与のスプレッドシートにアクセスできるようになっています。これは実際のシートで,ほかに真実の情報源はなく,経営陣向けの秘密のシートもありません。これが,すべてを支配する1枚のシートです」

 「これは,Notionでわかりやすくアクセスできるようになっていて,見るために複雑な手続きを踏んだり,許可を得たりする必要はありません。Notionの人事セクションのトップページに掲載されています。また,(新入社員向けの)オリエンテーションの一部にもしています」

 この時点で,Schembari氏はスタッフの給与が社内で透明化されているからといって,それが必ずしも公に共有される必要はないことを明らかにした。ゲーム業界には“ハラスメントの歴史”があり,Lightforgeはそれを否定しているという。

 彼はプレゼンテーションの一部として,給与スプレッドシートの例を共有した(下の画像)。このスプレッドシートには,スタッフの基本情報だけでなく,基本給や,給与に適用される可能性のある調整項目(株式調整など)も含まれているそうだ。

Schembari氏がGDCの講演で共有したオープンな給与スプレッドシートのモックアップ。各従業員のコア情報,基本給,株式調整,最終給与,職務レベルなどを詳述している
【ACADEMY】オープンな給与体系とは何か。その導入を検討すべきか

 オープンな給与体系の一環として,Lightforgeは標準化された給与構造と,オープンな給与体系の先駆者であるソーシャルメディア企業Bufferの影響を受けたジョブレベルシステムを導入している。

 「彼らには,ロールファミリー(プログラマー,デザイナーなど),レベル(ジュニア,ミッドレベル,シニア),そしてレベルを細かくして,細かいキャリアアップを可能にするステップという完全なシステムがあります。そして,それぞれのステップで具体的な仕事内容や責任,さらに重要なこととして給与をリストアップしています」

 「仕事への期待を示すルーブリックに,実際の給与情報が紐づいているわけです。つまり,採用や昇進に関する会話は,給与ではなく,完全にレベルに基づいて行うことができます。つまり,誰かが交渉上手だとか,誰かがもっと要求しているとかではなく,仕事への期待は何かということなのです」

 「標準化システムは,給与の平坦化を目指すものではありません。私たちにはフラットな給与はありません。最低賃金から最高賃金の社員まで3.1倍になっています。給与の計算方法を明確にし,明確な期待を持たせるということです。私たちにとって本当に重要なのは,人々が仕事への期待を見て,その各段階での給与を理解できることです」


給与の透明化のメリットと課題


 Lightforgeの給与体系の長所と短所についての議論で,Schembari氏は求職者から透明性の高さが魅力だったと言われ,採用が大幅に増加したと語った。また,Schembari氏が“信頼関係の構築”と言うように,将来的に会社での役割を受け入れるための“主な要因”としても挙げられた。

 「疎外された背景を持つ人たちは,このような方針に感謝しています。また,“もっと女性を雇いたいのに応募してこない”という古い考えと戦いながら,女性の応募率を高めていくことにもつながると考えています。昨年の多様性と雇用のレポートでは,応募者全体の約41%が女性,トランスジェンダー,ノンバイナリー,その他であることが判明しています」

 「要するに,オープンな給与体系のおかげで,より大きく,より信頼できる,より多様な採用プールを手に入れることができたということです」

“もし,あなたが報酬について正しい選択をしていると信じているのなら,憶測や作り話に対抗して,事実を伝えたいと思わないのでしょうか”

 前述したように,昇進への道筋やキャリアへの期待も明確になり,スタジオの説明責任も強化される。

 「周囲を見渡しながら,隣の人は何を得ているのだろうと考えるのが人間の性です」とSchembari氏は語った。

 「オープンな給与体系では,人々は情報を持っているので,そのギャップをでっち上げの情報で埋める必要はないのです。もし,あなたが報酬について正しい選択をしていると信じているのなら,憶測や作り話に対抗して,事実を伝えたいと思わないのでしょうか」

 しかし,これらのオープンな会話は,困難の一部にもなりうる。

 「オープンサラリーが,より難しい会話を強いることは間違いありません」とSchembari氏は言う。「特に本当に厄介なのは比較の会話です。時には,“この人はあなたよりレベルが高いと思いますか,低いと思いますか”というようなことを言わなければならないことがあります。そして,もちろんこれは“この人はあなたよりお金を稼ぐべきだと思いますか”ということの代弁に過ぎません。しかし,このような会話は,私たちが公平であることを確認するために重要なことなのです」

 こうした会話は厄介かもしれないが,オープンな給与体系がやろうとしていることの核心は,報酬に関する会話を正常化することだ。

 「もうひとつ,会話が難しいのは,交渉と仕事という考え方です」とSchembari氏は語る。「先ほど,ジョブレベルシステムによって,仕事の期待や責任など,さまざまなことを話しあえるようになったという話をしました」

 「しかし,正直なところ数時間の面接だけで,その人が3.2なのか3.3なのかを客観的に知るのは,とても難しいことなのです。正直,これまでに何度かジョブレベルシステムを代用として,交渉の会話をしたことがあります。しかし,私たちが持っている慰めは,正当性を主張し,その理由をチーム全体で共有し,結果を見ることになるため,満たさなければならない一定のハードルが設定されることです」

 そして,Schembari氏は移行期の課題を認めた。Lightforgeにはオープンサラリーの会社としてスタートした利点がある。給与の秘密主義から給与の透明性への移行は困難なことだ。

“現在,人に知られたくないような報酬の問題があるのなら,なぜその問題に向き合わないのですか”

 「私にその経験はありませんが,提供できるのはこの考えです。誰かがあなたの会社全体の給与明細をすべて漏らしてしまったとして,何が怖いですか。不当な給与でしょうか。本来もらえるはずの給料より多くもらったり,少なくもらったりしている人がいるのでしょうか。報酬の低いハイパフォーマーでしょうか。もしかしたら,あなたの最善の努力にもかかわらず,実際には偶発的な不公平が存在するかもしれない?」

 「さて,なぜあなたはそれについて何もしていないのですか。現在,人に知られたくないような報酬の問題があるのなら,なぜその問題に向き合わないのですか。あなたが思っているほど秘密ではありません。人は話すものです。だから,今すぐその問題を解決してください」

 最後に,Schembari氏は“次の段階に進むために,もっとこのトピックについて調べてみてください”と呼びかけた。

 「旅の途中だと考えて,赤ちゃんのように少しずつ歩みましょう。学び,話し,振り返り,共有し,給与明細を掲載する。自分が怖いと思うことを見つけてそれを解決しましょう。そしてアクセスを徐々に広げていきましょう。あなたがチームメンバーなら何ができるでしょうか。自分自身,同僚,人事部,CEOを教育することから始めましょう」

 「自分の権利について知りましょう。全国労働関係法のもと,従業員は自分の職場でほかの従業員と賃金についてコミュニケーションをとる権利があります」

 彼はこう締めくくった。「私は純粋に,これは従業員と雇用者の両方にとってよいことだと信じているので,ぜひ実現してください」

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