【ACADEMY】自閉症にやさしいゲームの作り方
ゲーム業界がアクセシビリティの必要性を徐々に認識するようになる一方で,ニューロダイバーシティに配慮する取り組みは限られている。
以前,GamesIndustry.biz Academyの一環として,自閉症を含むニューロダイバーシティを職場で理解しサポートすること(関連英文記事),アクセシビリティはロケット科学ではないこと(関連英文記事)を取り上げた。
本稿では,これら2つのトピックのギャップを埋めるため,ゲーム内でニューロダイバーシティに配慮する方法,より正確には,自閉症スペクトラムのプレイヤーにとってゲームをより利用しやすくする方法についての指針を提供する。
これは,VRタイトル「Blinnk and the Vacuum of Space」を開発したスコットランドのデベロッパChangingdayの目標でもある。共同創業者のAlison Lang氏とNick Lang氏は,20年間広告クリエイティブ業を営んでいたが,6年前に初めてVRヘッドセットを試した時に,ある啓示を受けたという。
Nick氏とAlison氏の娘が自閉症の診断を受けたのは25年以上前だが,当時は一般的ではなかったとAlison氏は指摘する。アメリカでASD(自閉症スペクトラム)と診断された子供は,2000年には150人に1人しかいなかったが,2018年時点では44人に1人となっている。
「自閉症は,世界的に最も急速に進んでいる発達障害です」とAlison氏は続ける。「それなのに,自閉症市場に役立つものや特別にデザインされたものは,ほとんどありません……それは難しいことで,私たちは誰よりも実感していますが,人々はそれを試してみるべきだと思います」
クリエイティブディレクターのNick Lang氏は,ゲームが自閉症スペクトラムの人々にとって「大きなリソースであり,安らぎの源」であることを考えると,自閉症のゲーマーに対する注目度の低さは驚くべきことだと指摘する。
「ほとんどのゲームには,大きな音や衝撃など,自閉症の人の体験にそぐわない機能がいくつか,いや,ゲームによってはたくさんあります」とNick氏は付け加える。
Alison氏とNick氏はこの4年間,自分たちのアイデアを研究・開発し,先月ついに「Blinnk and the Vacuum of Space」をリリースした。
「私たちの主な目的は,すべての段階で自閉症の人たちが関わり,自閉症の人たちのために特別にデザインされたゲームを作ることでした」とAlison氏は語る。「そして,それを実現したのです」
自閉症の開発者とともに,最初から仕事をする
アクセシビリティに関する以前のガイド(関連英文記事)で述べたように,あらゆるアクセシビリティの取り組みと同様,開発プロセスに初日から取り入れることが極めて重要だ。アクセシビリティは,ただ最後に付け加えればよいというものではない。
「ゲーム業界では最近,これまでとは違って,多様性と包括性がすべての話題の中心となっています。これは本当に良いことです」とAlison氏は語る。「他のスタジオの人たちと話すと,どこから手を付けたらよいのか分からないと言われます。最も良いのは最初から始めることです。アクセシビリティの機能は,ボトムアップで構築する必要があります」
そのために重要なことの1つは,自閉症の人たちを最初から開発に参加させることだ。繰り返しになるが,特定のユーザーに向けてゲームを作る場合,そのユーザーの経験や関心を直接知っているスタッフを常に配置すべきである。
Changingdayには自閉症のメンバーが何人かいて,開発サイクル全体を通して,自閉症のプレイヤーと一緒に仕事をしている。Alison氏は,「他の方法ではやらなかっただろう」,なぜなら「単純にうまくいかないから」と語る。
プレイヤーを設定で圧倒しない
ゲームを自閉症にやさしくするための無数のオプション(詳細は後述)について考慮する時,設定でプレイヤーを圧倒しないように「少ないことは多い」というアプローチを取ることは良い選択だ。
“アクセシビリティの選択肢を増やしたいという思いはありますが,それ自体が負担になります”
Alison Lang氏
「アクセシビリティの選択肢を増やしたいという思いはありますが,それ自体が負担になり,あまり良いことではありません」とAlison氏は語る。「だから,私たちのゲームには,思いつく限りのオプションがあるわけではないです。私たちが経験したすべてのステージで,特別に考え抜かれたものだけがあるのです。巨大なコントロールセンター……自閉症の人にとっては,それ自体が過剰になる可能性があります。そのため,たとえアクセシビリティのオプションという段階であっても,彼らを圧倒することはしません」Nick氏は,VRにおいて「非常に重要」な分野であるサウンドオプションに取り組んだことを振り返る。
「バキューム音,特定のクリーチャーの音,ゲーム内の特定機能の音など,個々の音をオフにするオプションについて検討しました。しかし,それは非常に複雑で,選択肢が多すぎました」
「鍵となるのは,音と色,そしてゲームプレイです。ゲームプレイは,オンとオフを切り替えることは出来ませんが,適切に設計されています。音と色は,あらゆる方法で調整するのではなく,重要な方法で調整できます」
オーディエンスを調査する
チーム内にASDの知識があっても,Nick氏とAlison氏は開発に入る前に,オンラインリソースや自閉症の人たちと直接話すなどして,このテーマを徹底的に調査することが,いかに重要であるかを指摘する。
Nick氏は,バース大学などで行われた新しいテクノロジー,特にVRが自閉症にもたらす利点と課題に関する興味深い研究を例に挙げる。
また,Alison氏は「自閉症は非常に広いスペクトラム」であるため,Changingdayは調査に長い時間を要したと語る。そのスペクトラムを理解するために時間をかけることは,対象となるオーディエンスを定義するうえで非常に重要だ。
「13歳以上を対象としたのは,ヘッドセットメーカーが13歳以上を推奨しているからです。このゲームは,どの年齢層にも適しています。ただ,自閉症スペクトラムの真ん中あたりで,PCを使うことができ,すでにゲーマーであったり,ゲームに興味があったりする人が,私たちが求めているオーディエンスかもしれませんね」
調査はChangingdayがBlinnkのジャンルを特定するのにも役立ち,Alison氏はスタジオで話を聞いていた自閉症コミュニティの中に,シューティングゲームが好きな人が多いことに気づいた。しかし,中には銃を使うことに抵抗のあるプレイヤーもいた。
「そこで,すべての人に対応するために,グルーブ(ゲーム内で捕まえるクリーチャー)を吸い込む『Vacuumizer 5,000』を作りました。だから,これは銃ではない銃のようなもので,ネガティブな連想の影響はないけれど,楽しさはあるのです」
アイデアを徹底的に検証する
調査が済んだら,自閉症のプレイヤーに自分のアイデアを試してもらうことが基本だ。Changingdayは,この対面調査の結果をもとに,プロトタイプを制作した。
「私たちは,3,4種類のプロトタイプを作り,自閉症の人たちにテストをして,彼らが好むものは何か,また,ゲームや生活全般で彼らが困難やフラストレーションを感じるものは何かを把握し,そのすべてを私たちが行うことに組み込もうとしました」とNick氏は説明する。
さまざまなプロトタイプは,Changingdayのオフィスに集まった約140人の自閉症の人たちによってテストされたと,Nick氏は付け加える。
“私たちの主な目的は,すべての段階で自閉症の人たちが関わり,自閉症の人たちのために特別にデザインされたゲームを作ることでした”
Alison Lang氏
「幸いなことに,仮説の多くを補強してくれたので,私たちの方向性は間違っていなかったと思います。その後,ゲームの種類に関するかなり長時間の意見調査を実施しましたが,これはリモートで行いました。そして,ゲーム制作を開始しました。ゲームを作りながら,どの時点でも,自分たちがやったことをテストしました」Nick氏は述べる。「初日から常にオーディエンスの意見を取り入れ,私たち自身の直観も大切にしてきました」そして,この絶え間ないインプットが,ゲームが発売された今もなお続くことを,チームは強く望んでいる。
「これは,私たちが制作した最初のゲームであり,自閉症のコミュニティや,私たちがまだ到達できていない幅広いコミュニティからのフィードバックを真摯に求めていると伝えることが非常に重要だと思います」とAlison氏は語る。「私たちは,彼らがこのゲームについてどう思うか,どのような変更を望むかを知りたいのです。そして,それが2作目に反映されるのです」
これらの自閉症にやさしいオプションを考えよう
Blinnkに組み込まれた,より自閉症にやさしい実際の機能について,重要なオプションは,新しい状況に対するプレイヤーの準備,リラックスできるエリアを含むこと,プレッシャーが少ない,もしくは無いこと,そしてすでに述べたように,圧倒されない形で音や色を調整するオプションを提供することだと,Nick氏とAlison氏は述べている。
●想定外の事態を抑える
まず,Nick氏は,ゲームで何が起こるのか,予測させることの重要性を指摘する。
「私たちは,自閉症の人たちが新しい状況に入ることは難しいと知っています。そこで私たちは,ゲームのシナリオにこの要素を組み込んでみました。私たちのゲームでは,新しいステージに行く前にロボットからブリーフィングがあり,どこに行くのか,どう見えるのか,そこで誰と会うのかが示されています」
「例えば,オフィスの正面,エレベーターで上がるところ,彼らが座るデスクをビデオに撮って,彼らの周りに座ることになる人たち全員を見せるのです。これは推奨されている方法です。そのため,私たちはそれをゲームに取り入れましたし,多くのゲームもそれを必要としています」
●安全な休憩スペースの提供
VRであろうとなかろうと,より激しいセクションの間にプレッシャーの少ないエリアを設けることで,プレイヤーに心地よい休憩を与えることができる。特に,自閉症の人にとっては,圧倒された時に気持ちを切り替えられる場所を提供することが重要だ。
「プレイヤーにスマートウォッチを持たせて,もし刺激が強すぎたら,スマートウォッチを押すことで,ゲームからまっすぐリラックスできる空間に移動して,落ち着けるようにしています」とNick氏は語る。「また,アクセシビリティメニューでは,ゲームの色や音を細かく調整することができます」
「そして,スマートウォッチを押して,中断したゲームにそのまま戻ってくるのです。ただし,その準備ができた時だけです。ペースを決めるのは彼らです。何が起こるかは,彼ら次第なのです」
●失敗を回避する
プレイヤーにかかるプレッシャーを抑えて,ペース配分を任せるという考え方から,Blinnkには失敗やゲームオーバーの画面が一切ない。
“ペースを決めるのは彼らです。何が起こるかは,彼ら次第なのです”
Nick Lang氏
「自閉症のプレイヤーが過敏になったり,コントロールを失ったりする原因の一つに,10秒以内にやらなければならない,5分以内にやらなければならないという締め切りがあるので,これは重要な検討事項です」「特定のポイントをとるまで,あるいは悪役を全員倒すまでゲームを進められないというのは,プレッシャーにしかなりません。だから,私たちはそのようにせず,私たちのゲームにはどんなポイントもありません。今やっていることをやめて,別のステージに行けば進められるし,過去のものもできます。ポイントを集めるのは,それはそれで楽しいです。でも,そうしなくてもいいし,ポイントを集めるかどうかを選べるから,より楽しめるんです。私たちはプレッシャーをなくしましたが,他のゲームは最低でもプレッシャーを任意にすることを考えるべきでしょうね」
「Blinnk and the Vaccum of Space」は1月17日にSteam VRでリリースされて以来,非常に高い評価を得ているが,Alison氏とNick氏,そしてChangingdayチームのメンバーにとっては旅の始まりに過ぎない。
Alison氏によると,このゲームについて「文字通り世界中から」メッセージを受け取っており,チームはMeta,PSVR,Pico,HTCヘッドセット用のバージョンをリリースしたいと考えているとのことだ。また,すでに2作目のスクリプトにも着手しているという。
「1作目から続いていくのは明らかです」とAlison氏は微笑む。「ゲーム内で使える領域はたくさんあります。セラピーではありませんが,このような体験をさせることで,素晴らしい効果が期待できます。そのためのチャンスはたくさんあり,今すでに取り組んでいるところです」
“私たちはプレッシャーをなくしましたが,他のゲームは最低でもプレッシャーを任意にすることを考えるべきでしょうね”
Nick Lang氏
最後に,Nick氏は技術の進化が自閉症のプレイヤーに興味深い機会を提供することに言及している。「VR技術の進歩は非常に速いので,次のゲームを作る頃には,フェイストラッキング,アイトラッキング,ハンドトラッキングなどの可能性が出てくるでしょう」
「最初のゲームから得られるフィードバックをできるだけ多く集め,それを自閉症の人たちのための新しい技術に組み込んでいくつもりです。例えばアイトラッキングについて考えてみてください。まだどうするかは決まっていませんが,私たちにとってワクワクするような使い方になることは,なんとなく分かっています」
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※本記事はGamesIndustry.bizとのライセンス契約のもとで翻訳されています(元記事はこちら)