【ACADEMY】ビデオゲームにおけるフォーリーデザインを分析する

インディーズからAAAまで,サウンドデザイナーがどのように本物の音でプレイヤーを世界観に没頭させるかを探る。

 ゲームのビジュアルはオーディオよりも注目されがちだが,本当の没入感を得られるのは後者であることは間違いない。とくにサラウンドサウンドセットや良いヘッドホンを持っている人ならなおさらだ。そして,PlayStation 5の3DオーディオやXboxのDolby Atmosサポートなど,新世代ゲーム機においてサウンドが重要な要素であると言われていることは特筆に値するだろう。

 オーディオの評価がより難しいのは,気づかないときに最も効果を発揮することが多いことだ。これは逆説的だが,優れたサウンドデザインの証と言える。バリバリの戦闘や大きな爆発音は大きな話題となりがちだが,ゲームの世界を真に生き生きとさせるのは,ちょっとしたディテールなのだ。

 効果音のパイオニアである Jack Foley氏にちなんで名付けられたフォーリー(※後付けの効果音)は,映画のサウンドポストプロダクションでお馴染みの用語だが,ゲームでも同じような役割を担う。サウンドデザイナーは,足音やドアを開けるときのきしみ音など,日常的に聞こえる音を録音して再現している。

 映画制作では,この分野だけを専門にしたフォーリーアーティストもいるかもしれないが,ゲーム,とくに小規模なインディーズゲームでは,サウンドデザイナーが作曲家を兼ねていることは珍しいことではない。そう,UnpackingのサウンドディレクターJeff van Dyck氏のように。さらにユニークなことに,氏の妻であるAngelaがフォーリー制作を担当し,さらに娘のEllaも手伝って,この居心地の良い瞑想的なインディーズゲームを家族ぐるみで作り上げている。

Angela とJeff van Dyck氏, Witch Beam
【ACADEMY】ビデオゲームにおけるフォーリーデザインを分析する
 16ビット時代を彷彿とさせるピクセルアートの美学と,音声がまだサウンドチップから生成されていた時代のゲームからは,何百ものオブジェクトを開梱して配置するたびに本物の音が鳴るというのは,おそらく想像できないことだろう。しかし,むしろリアルなフォーリーは,このゲームのクオリティを高めている。

 「ピクセルアートは印象主義的で,ディテールが欠けていますが,オーディオにディテールがないわけではありません」とJeffは語る。「最終的に,このゲームでは,物を拾ったり置いたりするだけで,他のことはあまり行われません。ですから,ディテールにこだわって,満足度の高いものを作ろうと思ったんです」

 プレイヤーがソーシャルメディアを通じて発見し共有するように,細部へのこだわりは,同じ物でも,木のテーブルや陶器の床など,置かれた表面の違いによって音が異なることにまで及んでいるのだ。そのため,Unpackingには約1万4000ものフォーリーファイルが存在する。

 「フォーリーで一番大変だったのは,データの管理でした」とAngelaは説明する。「プランニングと脚本,そして録音と編集。そのすべてで,本当にしっかりとした計画とプロセスが必要でした。そうでなければ,この巨大なデータは悪夢のようになっていたでしょう」

 このゲームの前提は,新しい生活空間で人の持ち物(個人的なものも多いが,使い慣れた家財道具もある)を開梱するというものだ。Van Dyck夫妻はただ家の中のすべての音を記録したと思われるかもしれないが,実際にはそれ以上のことが行われていた。

 「はっきりしているのは,もし,まったく同じものから音を録音していたら,Angelaはいまだに作業をしてでしょうね」とJeffは説明する。「そこで,いくつかのアイテムを "ヒーローアイテム "と名付けました。そして,ペットボトルなど,同じ音を出すものがたくさんあることに気づいたんです。もしくは,小さい,中くらい,大きいペットボトルといったグループ分けをしました。そうして,モノの素材に基づいたジェネリックライブラリというものを作ったのです」

もし,すべてのまったく同じ物から音を録音していたら,我々はまだ作業中だっでしょう -Jeff van Dyck氏, Witch Beam

 この一般的なアプローチでも,Angelaが「スイートナー(甘味料)」と呼ぶ細かいディテールを付けることは可能だ。「たとえば,貯金箱は陶器の音なので,陶器の媒体で,クッキージャーのような他の陶器のものにも使われています」と彼女は説明する。「しかし,コインは別々に録音してあり,そのアイテムがゲームで使われることで両方がトリガーされ,結合されるのです」

 Unpackingのアクセシビリティは,オブジェクトを1回クリックするだけで拾ったり落としたりできる一方で,それらを保持することで軽くタッチすることができる。水筒を振る動作はゲームに必要ではないが,期待されるインタラクションなので,Van Dycks氏はオブジェクトを振ったときの押しと戻りの違いを表現するために,サウンドを2回編集しているという。


車のサウンドキャプチャ


 予算が少ないインディーズプロジェクトでは,オーディオデザイナーは制限の中でよりクリエイティブになる必要があると思われるかもしれない。しかし,Forza Horizon 5のような大規模なAAA作品であっても,予算は重要な要素になる。しかもそれはコストだけでなく,アートやAIなど,ゲームをスムーズに動かすためのあらゆる側面と共有するメモリや計算能力にも予算がかかるのだ。

 シリーズのリードオーディオデザイナーであるFraser Strachan氏は,「私は,不要なものを取り除き,その瞬間のゲームプレイに本当に必要なものに焦点を当て,予算内ですべてを実現するために,(オーディオ)全体像を大きくとらえる必要がありました」と語る。

 リリース時には約500台の車が登場するため,各車の本物のサウンドを得るには,各車のエンジンや排気管の横にマイクを置くだけでは難しいのだ(それでもある程度はいけるのだが……)。

Forza Horizonでのフォーリーの焦点は,エンジンやエキゾーストではなく,シャシーにあるという
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 「トヨタのGT 86とスバルのBRZのように,エンジンメーカーが同じ車種もあります」とStrachan氏は続ける。「もし,英国で入手困難なクルマがあれば,同じメーカーの同じエンジンを搭載したクルマを探すことができるかもしれません。とくに電気自動車では,モーターが同じであることが一般的になってきています」

Fraser Strachan氏, Playground Games
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 チームが,車の金属製のボディがきしみ,ぐらつき,移動する環境と相互作用する様子を録音していると,そのフォーリーの核心の焦点は車のシャーシにあることが分かったという。「また,クルマに装着された4つのタイヤは,走行する路面によってそれぞれ異なる動きをします。雪の上を走っているかもしれませんし,砂利の上で石を蹴っているタイヤがあるかもしれません。同時に,その車には,その車のキャラクターを構成する,さまざまなダイナミックサウンドもたくさん付いています」

 Forza Horizon 5のフォーリーに対するアプローチは,2つあった。まず,実際の車のサウンドを忠実に再現することだ。実際のサーキットに持ち込んで,いろいろな技をかけさせる。しかし,それだけではなく,部屋の中で断片を集めて,いろいろなものを分析していく作業もあるのだ。後者のほうが,より正確にフォーリーらしさを表現していると思う。なぜなら,物や動作の自然な音をとらえるのではなく,観客のためにそれを強調するのがこの技術の目的だからだ。

 「サウンドデザイナーが苦労するのは,実際に録音したものが期待したものと一致しないことがあることです」とStrachan氏は語る。「シャーシの音やタイヤの音のフォーリーに関しては,その多くが非常に強化されたサウンドデザインである一方,車の実際のエンジン音や排気音に関しては,非常に本物らしくありたいと考えています」


架空の生き物のフォーリー作成方法


 もちろん,サウンドデザイナーは自分たちで音を調達し,創作していると自負しているが,常に限界が出てくる可能性がある。VRの先史時代サバイバルゲームSong in the Smokeでは,サウンドデザイナーのAlly Mobbs氏が,石を叩いたり木の棒をこすり合わせたりといった,原始人のアバターがゲーム内で行う一瞬一瞬の動作を,実生活で同じ動作をすることによって忠実に再現することに成功したという。

運よく京都動物園に行ったのですが,1匹たりとも有益な鳴き声を出す動物はいませんでした。丸1日,そこにいました -Ally Mobbs氏, 17-Bit

 一方,野生動物との戦闘を撮影したり,動物のいろいろな部分を破壊する際には,野菜(とくにキャベツ)を叩き割るという古典的な方法で,ゴアなサウンドを出していた。野獣自体の録音はそう簡単ではなかった。彼らは進化の過程で生まれた架空の動物なので,現実は必ずしも味方してくれないからだ。

 「幸運にも京都動物園に行くことができ,このレコーディングセッションを行うことをとても楽しみにしていたのですが,1匹たりとも有益な鳴き声を出す動物はいませんでした」とMobbs氏は語る。「丸1日そこにいたんですが,ライオンやトラがいて,すごいことになると思っていたのに,ただ寝ているような状態だったんです。それから象の鳴き声が聞こえてきたので,それを録音しようと駆け寄ったら,私が到着する頃には象は鳴き止んでいました」

 幸いなことに,サウンドデザイナーが頼れる外部のサウンドライブラリもたくさんある。

 Song in the Smokeの没入型オーディオにとってもう1つ重要なのは,基本的に屋外の野生にいるゲームであるため,自然の雰囲気作りだ。Mobbs氏は,フィールドレコーディング(スタジオ環境外で制作されたオーディオ)に興味があり,京都の山奥(開発元の17-Bitの本拠地)に住んでいるため,これは比較的簡単に収録できたという。

 「夏に昆虫採集に行き,その後,プロジェクトが長かったので,季節を変えて再び行き,ゲームに使用する木々の風や夜の雰囲気を得ようとしたのです。難しいのは,街から十分に離れて,間違った種類の環境音を出さないようにすることでした」

Song in the Smokeの架空の生き物のサウンドを作るには,想像力と,予想以上に大変な動物園通いが必要だったという
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 確かにアンビエンスとフォーリーは相性がよく,オーディオにこだわる人は前者をゲームに不要なノイズと考えるかもしれないが,世界に没入するためには微妙ながらも重要な要素なのだ。Unpackingへの実装は,この微妙な例と言えるかもしれない。

実生活で記録したものが,期待したものと一致しないこともあります -Fraser Strachan氏, Playground Games

 Jeff van Dyck氏は,「家の中の各部屋の音を思い浮かべてください」と説明する。「キッチンにはキッチンの音があり,ベッドルームにはベッドルームの音があり,バスルームにはバスルームの形やそこにあるものによって,別の音があります。ですからUnpackingでは,それぞれの部屋に部屋の音があるんです」

 さらに微妙なのは,今いる家やアパートがどこにあるのかを示すかすかな背景音だ。1つめの部屋は郊外の学校の近く,2つめの部屋は都会で,外の交通量や近くや上階のルームメイトやテナントの騒音が聞こえる。

 「実際にAngeに2階を歩き回ってもらい,1階にはマイクを設置して,誰かが上を歩く実際の音を収録しました」とJeff は付け加える。

 これは,空間内にある物にも及ぶ。ある部屋で音楽プレイヤーの電源を入れると,別の部屋でも(音は小さくなるが)聞こえるので,一見2Dのゲームに別の次元を提供しているような感じになる。

 Forza Horizon 5では,メキシコの自然環境のサウンドも同様に重要で,とくに天候のエフェクトでは,熱帯雨林や砂嵐などの極端な状況下で,より特徴的なサウンドスケープを実現することができたという。暑い季節,雨の季節,乾燥した季節,寒い季節など,耳で聞いただけで本当に区別がつくのだ。しかし,Strachan氏は,プレイヤーが時速200マイルで疾走しているときに,自然の野生動物や街の喧騒がミックスされて失われる可能性があっても,それをシンプルに捉えることの重要性も強調している。

 「車で目的地まで行き,車を停めて景色を楽しむのが好きな人が増えれば増えるほど,その音を楽しむことなしに,景色を楽しむことはできなくなります」と説明する。
「アグアアズールの滝のように,フラミンゴや滝,南国のパラダイスのような風景を,オーディオのサウンドスケープとビジュアルスケープで表現することは,我々が本当に実現したかったことなのです」


ゲーム用フォーリー


 AAAとインディーズでは,オーディオデザインに対するアプローチが異なるが,EAとCreative Assemblyで前者を経験していたJeffは,後者のほうがよりクリエイティブな満足感を得られると考えている。たとえ,予算が少なくてもだ。

 「それは私が一緒に働いている人々との個人的な経験であり,企業的なものがあります。 ― マーケティングや幹部が影響を与えようとしてきて,自分が取り組んでいるものが,ある意味,委員会によってデザインされたものになるんです。政治的な要素が多く,そんなことにかまっている暇はありません」

Unpackingのフォーリーエフェクトのレコーディングは,AAAゲームのそれよりもはるかにクリエイティブなプロセスだったとJeff van Dyck氏は語る
【ACADEMY】ビデオゲームにおけるフォーリーデザインを分析する

 しかし,この2つの共通点は,Strachan氏とMobbs氏がそれぞれ過去に携わっていたような映画やアニメーションといった他のメディアにおける音声とは大きく違うということだ。これらの分野では,仕事はポストプロダクションであり,成果物に相当するものだ。

 「あなたはサウンドを作り,それを他の誰かに渡して,その人がすべての実装を行います」とStrachan氏は語る。「つまり,ブラックボックスに押し込んで,思い通りの音になることを祈るわけです」

 当初はサウンドエフェクトの制作を請け負っていたMobbs氏だが,最終的には17-Bitにフルタイムで雇用され,UnrealとWwiseミドルウェアの使い方も学んで,自分でサウンドをゲームに実装し,最終クオリティをより自在にコントロールできるようになったそうだ。

 ゲームオーディオは,同じサウンドを複数のバリエーションで録音し,出力をランダムにするのが一般的なので,より「生きている」印象を与えることができる。これはとくにUnpackingで顕著で,たとえ同じ表面であっても,物を取って置くたびにまったく同じ音がするのは不自然だ。

 ゲームのインタラクティブ性を考えると,音で自由に遊べるというか,プレイヤーがどう表現したいかに音が応えてくれるのは,とても良いことだと思う。道路をゆっくり走っているときや,ジャングルの中で藪をかき分けながら走りたいときなど,ゲームならではのフォーリーが味わえる。

 「我々は,映画やテレビの制作に携わる多くの人たちと一緒に音を作り,録音していますが,それを最終的なマスタートラックに厳密にミックスすることはありません」とStrachan氏は語る。「個々のサウンドは,複数のレイヤーでさまざまな方法で再生できるよう,残しておきます」

 「ポストプロダクションからゲームオーディオに移ったときに,すぐに学ばなければならなかったことは,サウンドデザインをより区分けして,より小さなオーディオピースを同時に再生して作業しなければならないことでした。これは非常に異なる世界です」

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※本記事はGamesIndustry.bizとのライセンス契約のもとで翻訳されています(元記事はこちら