連載「五十嵐孝司の思考」第5回:クラウドファンディング


 「Bloodstained」シリーズや「悪魔城ドラキュラ」シリーズなどを代表作とする,ゲームクリエイターの五十嵐孝司氏。五十嵐氏は1990年に社会に出て以来,長らくゲーム開発に携わっており,ゲームファンの間では広く名を知られている。今からゲームクリエイターを目指す人,すでにゲーム業界に入っていて試行錯誤を繰り返している人の中には,五十嵐氏のような存在になることを目指している人も多いことだろう。

 そんな五十嵐氏が今までに何をやってきたか,そして今は何をやっているのかを深掘りすることで,ゲーム業界を目指す人や現役開発者の今後に役立つヒントを見出せるのではないか,というのが本連載の趣旨である。第5回となる今回は,五十嵐氏に「クラウドファンディング」をテーマに話を聞いた。

クラウドファンディングを成功させることで,企画の市場性を示す必要があった


GamesIndustry.biz:
 本日はよろしくお願いします。「Bloodstained: Ritual of the Night」は,五十嵐さんがKickstarterで資金を募って開発したわけですが,今回はクラウドファンディングの経験者だからこそ分かること,今だから話せることなどについてお聞かせください。
 まずは,Kickstarterで資金を募るに至った経緯を整理しておきたいと思います。


五十嵐孝司氏(以下,五十嵐氏):
 きっかけは,稲船さん(ゲームクリエイター 稲船敬二氏)がKickstarterで資金調達に成功したことですね。
 当時のコンシューマゲームはすごく安価で売られていて,ニッチなタイトルだと思うように作れなかったんです。まだ今のようにダウンロード販売が一般的ではなかったですし。とくに北米だと,売るためには小売店の棚を取らなければならない。そのためには価格を安くしなければなりません。フルプライスで売れるのは,大手パブリッシャのAAAタイトルくらいでした。
 また,当時の日本のゲーム市場はソーシャルゲームに流れ,コンシューマゲームにチャンスがもらえないというタイミングでした。

 そんな状況の中で僕は,自分がそうだから分かるんですけれども,コアゲーマーは欲しいゲームがあったらフルプライスでも買うよね,とずっと考えていたんです。僕らの作るゲームは,そういうものでありたいと。そして,それは戦略としてアリだろうと。そこに稲船さんの資金調達成功というニュースが飛び込んできたわけです。

GamesIndustry.biz:
 そこで,同じようにクラウドファンディングを使おうと考えたわけですか。

五十嵐氏:
 すぐ,というわけではなかったんですよ。当時,とある謎の外国人が(笑),僕の耳元で「会社を辞めるなら今ですよ」と囁いたんです。その人が言うには,退社して独立するなら,2014年のGDCでゲームの企画を売り込むことができるし,実はお金を出してくれる会社もすでにあるということだったんです。
 それで僕は会社を辞めたんですが,お金を出してくれるはずの会社でトップの交代劇が発生し,経営方針が大きく変わってしまったんです。そんな状況ですから,その話は流れてしまいました。

 そのあと,いくつかのパブリッシャに企画を売り込みに行ったんです。海外のパブリッシャを相手にプレゼンした人なら分かってくれると思うんですけれど,その場では「最高だね!」「ぜひ,うちでやらせてくれ!」という反応を見せるのに,そのあとパッタリ音沙汰がなくなることが多いんですよ。
 そんな中,企画の市場性を示せるならお金を出してもいいというパブリッシャが現れました。そこで稲船さんの事例を参考に,クラウドファンディングで資金調達を成功させることによって,この企画に市場性があることを証明しようと考えたわけです。

GamesIndustry.biz:
 Kickstarterでキャンペーンを始めたのが,2015年5月ですよね。そのための準備期間はどのくらいだったのでしょうか。

五十嵐氏:
 正直,よく覚えていないんですが,3か月くらいだったと思います。一番最初の仕込みは,「Sword or Whip」というWebサイトでしたね。ドット絵で描かれた僕のような人物が「剣か鞭か選べ」と。
 当時の僕は,Facebookに友達申請が来るとすべて承認していたので,当然ファンの方も友達になっているわけです。そんなファンの方から,「こういうサイトがある。いたずらなら度が過ぎているが,本物か」というダイレクトメールが届いて,「答えようがないな」と(笑)。
 ともあれ,その流れからKickstarterにつなげていきました。

GamesIndustry.biz:
 2014年のGDCで「Bloodstained」を売り込もうとしていたわけですから,企画自体はそれ以前からあったわけですよね。

五十嵐氏:
 もちろんです。最初は「Dark Ritual」という名前でした。

GamesIndustry.biz:
 ちなみに,数あるクラウドファンディングの中からKickstarterを選んだのには,何か理由があるのでしょうか。

五十嵐氏:
 協力してくれた会社が,Kickstarterでの資金調達のノウハウを持っていたんです。

GamesIndustry.biz:
 その会社と一緒にゴールの設定なども決めていったと。

五十嵐氏:
 そうです。当時 ,稲船さんの成功で盛り上がったあとに,同じように資金調達に成功したゲームのプロジェクトが開発中止になったことがあって,Kickstarterでバッカーがゲームというジャンルに対してシビアになっていたんです。
 そんな状況の中,僕のネームバリューだけでどこまで引っ張れるか考えて,イニシャルゴールは少し抑えめにすることにしました。と言うのもKickstarterの仕組み上,成功しないとお金が1円も入ってこないからです。また成功しないと,僕の企画に市場性があることを証明できないので,パブリッシャからお金を出してもらうこともできません。そのうえ,今までの自分の実績を市場から全否定されたことになります。ですから,あのときは皆かなりナーバスになっていましたね。それでイニシャルゴールは50万ドルに設定したんです。


ストレッチゴールは,バッカーのテンションを維持するための必須項目


GamesIndustry.biz: 
 そこから,イニシャルゴールを超えたあとのストレッチゴールも決めていったわけですよね。

ストレッチゴールの設定はソーシャルゲームの運営やプロモーション戦略に少し似ています

五十嵐氏:
 ストレッチゴールは大変でしたね(笑)。
 今は常識かもしれませんが,Kickstarterは一度プレッジ(支援)したあと,期間内ならキャンセルできるんです。つまり,期間中はバッカーのテンションを維持しなければならないんですね。公開した当初はワーッと盛り上がって,たくさんの人がプレッジしてくれた結果,イニシャルゴールを達成したプロジェクトでも,そのあとに何か変なことをやってしまうと,キャンセルが相次いで一気にマイナスに転じることがあるんです。

 そのバッカーのテンションを維持する戦略の1つが,ストレッチゴールです。だから手堅くと言うよりは,どうすれば興味を持ってもらえるかを考えなければなりません。「この先に,こういうものが待っている」と示して,関心を惹かなければならない。その意味では,ストレッチゴールの設定はソーシャルゲームの運営やプロモーション戦略に少し似ています。
 「Bloodstained」のファンディング期間は1か月でしたけれども,たぶん多くの人が「そこまで考えていたのか」と思うくらい,チーム内でストレッチゴールについて考えていましたね。

GamesIndustry.biz: 
 お話を聞く限り,1人でストレッチゴールを考えるのは無理そうですね。

五十嵐氏:
 無理だと思います。まずクラウドファンディングで資金を調達しようと思ったら,一番良いのはある程度ものを作り,それを見せてプレッジしてもらうことです。僕のように企画だけで何もないところから始めると,最初は「あのゲームを作ったあの人か!」と盛り上がるんですけれど,次第に熱が冷めてしまうんですよね。だからテンションを保つ戦略として,ストレッチゴールの設定を念入りにやらなければならない。これは1人だと難しいです。

 実は,とある映像関係者からクラウドファンディングに関する相談を受けたことがあるんですけれども,彼はそういった戦略に関してあまり考えていなかったんです。結果は,皆さんのご想像通りです。


GamesIndustry.biz:
 その意味では,映像作品よりもゲームのほうがストレッチゴールは設定しやすいかもしれませんね。

五十嵐氏:
 そうですね。ゲームだと分割して,あとから機能やコンテンツを追加できるような仕様にしておけますから。
 ただストレッチゴールを安易に考えていると,あとから大変なことになります。

GamesIndustry.biz:
 何か問題が起きたのでしょうか。

五十嵐氏:
 ストレッチゴールで大変なのは,まずスピード感です。「Bloodstained」は皆さんがプレッジするスピードが想定を大きく超えていたので,当初考えていたストレッチゴールだけでは足りなくなりました。そこで急遽,緊急ミーティングをすることになったんです。海外のチームと一緒にやっているから,日本時間の深夜2時とかに「今からストレッチゴールを考えます!」と(笑)。そういった感じで,ほぼ24時間体制でやっていました。

 もう1つ,ネタに困ってくると,「過去のタイトルでこういうことができたから,今作でもできるよね」という見込みでストレッチゴールを設定してしまいがちになるんです。僕らが過去に作ったタイトルはシステムから全部開発していたので出来ていたことが,「Bloodstained」で使ったUnreal Engine 4のような汎用のゲームエンジンを使った場合,意外と実現が難しいなんてことが出てしまいます。それを知らずにストレッチゴールだけ先に設定してしまったので,「Bloodstained」は未だに約束した事が終わっていないというわけです。まだ形になっていない,作ってもいないものに対してコミットしなければならないので,そういう事態になってしまうんですよね。

 あとは,例えばプレッジが3億円のストレッチゴールがあったとします。その前のストレッチゴールが2億5000万円だとしたら,その差額は5000万円です。これを専門用語でギャップと言って,その範囲内で追加する機能やコンテンツを作らなければならないんですけれども,多くの人はギャップの5000万円ではなく全額の3億円だけ見て「それだけ予算があれば,これくらい実現できるだろう」と考えてしまうんです。
 加えて,応援してくれるバッカーの期待を裏切りたくないという気持ちもありますから,結構厄介なストレッチゴールを設定してしまいがちになるんですよね。

GamesIndustry.biz:
 実際,深夜に緊急ミーティングをするほど切羽詰まっていたら,あまり検証しないまま勢いだけでストレッチゴールを決めてしまいそうです。

お祭り的なところもあって,勢いで「やっちゃえ!」という感じになりがちです

五十嵐氏:
 そもそも,まだ作っていないですから,検証も何もできません。お祭り的なところもあって,勢いで「やっちゃえ!」という感じになりがちですが,それがのちのち大変なことになると(笑)。

GamesIndustry.biz:
 Kickstarterでキャンペーンを始める前は,ストレッチゴールをどのくらいまで想定していたのでしょうか。

五十嵐氏:
 頑張れば200万ドルにはなるんじゃないかと考えていて,実際には300万ドルくらいまでストレッチゴールを決めていました。ちなみにチームの中で一番高い予想が200万ドルで,僕は一番低い80万ドルと予想していたんです。結果,それを遥かに超えた成功でしたが,そこから先が茨の道になったわけです(笑)。

GamesIndustry.biz:
 あまり高いところまで決めておいて,実際には届かなかったとしたら,結構残念ですよね。

五十嵐氏:
 ええ,高くなったほうが良いのかどうか,微妙なところではあります。ただ,高いところにストレッチゴールがあると,そのぶんバッカーの期待も高まりますから,「行かなければ,行かなくても良いか」くらいの気持ちで,高めに設定しても良いんじゃないかと。

GamesIndustry.biz:
 クラウドファンディングにはバッカーに対して,相応のお返しをする「リターン」がありますよね。今振り返って,リターンの設定について思うところはありますか。

五十嵐氏:
 ミニゲームの製造コストの見積もりが甘かったですね。ギャップに対して,コストがかなり大きくなってしまいました。ああいうのは,もっとしっかり試算をしてからやらないと厳しいですね。

 それに,1万ドル以上プレッジしてくださったバッカーの皆さんとのお食事ができていないんですよ。発売後のDLCなどの開発に手間取って先延ばしにしていたら,コロナ禍になってしまいました。こんな状況になるとは思っていなかったので,もっときちんと計画しておくべきだったなと。今考えると,先に日程を決めておけば良かったんですよね。あまりにもお待たせしてしまっているので,一度,ビデオチャットでお話ししたりもしたんですが,状況が落ち着かないと無理だよねと。

 あとグッズ系は,監修はしますけれども僕らが直接作るわけではないので,大きな負担はなかったです。製造コストはかかるのですが,僕らの開発以外で割かれる時間が少なくなるので,結果良かったですね。


GamesIndustry.biz:
 高額プレッジに対するリターンは難しいですよね。ものや体験の価値が重要になってきます。

五十嵐氏:
 僕と食事するために1万ドルも出してくれるの? って感じですよ(笑)。

GamesIndustry.biz:
 お金を持っていて,五十嵐さんや五十嵐さんの作ったゲームのファンなら,それだけ価値のあることなんだと思います。

五十嵐氏:
 ありがたいお話です。一時期はネタにして,一緒に飲みに行った友達に「これ,1万ドルね」みたいなことを言ったりしていました(笑)。


ネガティブな意見にはQ&Aと24時間体制の返答で対応し,炎上を防いだ


GamesIndustry.biz:
 Kickstarterでキャンペーンを展開したこともあってか,バッカーの大半はアメリカ人でしたけれども,これは狙っていたのでしょうか。

五十嵐氏:
 最初から狙っていました。チームのスタッフの多くがアメリカ人だったので,アメリカの人達が喜ぶ施策をメインにしていました。また当時は,Kickstarterが日本語に対応していなかったんです。日本の皆さんがプレッジしてくださったら嬉しいけれど……というスタンスでしたね。

GamesIndustry.biz:
 アメリカの人達が喜ぶ施策ですか。

五十嵐氏:
 その1例が,DLCの「Iga's Back Pack」です。このDLCには,僕がモデルになったボス・IGAが登場するんですが,僕としては本当に嫌でしたね。例えば現代をモチーフにしたゲームなら,僕が出て来ても構わないんですよ。でも17世紀とか,中世に僕がいたら不自然じゃないですか。それがすごく嫌で,僕はずっと反対していたんですけれど,最終的にはアメリカのファンが喜ぶという理由で入れることにしました。「絶対にアメリカの人は喜ぶから」と熱弁されて,「じゃあいいよ,オレは嫌だけど」って(笑)

GamesIndustry.biz:
 先ほどの映像関係者の話もそうですが,クラウドファンディングに興味のあるゲームクリエイターが,五十嵐さんに相談することもあるかと思うのですが,どんなアドバイスをするのでしょうか。

ネガティブな意見に対して,1つ1つ返答していったからです

五十嵐氏:
 まず「ストレッチゴールはできる範囲内」ということですね。あとは「返金があるので,テンションを維持するための運営施策が重要」という話をします。

 もう1つ,皆に言っていたかどうかは記憶が定かではないんですが,「ネガティブ意見はスルーしない」というのもあります。
 日本語には対応していないんですけれども,Kickstarterの各プロジェクトについて,1日に何人が見たのか,どのくらいプレッジされたのかなどさまざまな情報を確認できる「Kicktraq」というサイトがあるんです。
 プロジェクトごとの掲示板への投稿内容や頻度も確認できるんですが,「Bloodstained」は投稿頻度が異常なほど低かったんですね。

 と言うのも,Kicktraqの掲示板に書き込む人達は,僕の作ったゲームや僕自身のファンなんです。そういったファンの皆さんはネガティブな情報に対して過剰に反応し,ボジティブに捉える人との間で口論のような投稿をするので,掲示板の投稿頻度が異常に上がるんですよ。
 ところが「Bloodstained」では,それがほとんど起きなかったんです。最初に盛り上がって以降はチョロチョロ投稿があり,最後にワッと盛り上がるという,当時は理想的と言われる形になりました。
 その理由は,ネガティブな意見に対して,1つ1つ返答していったからです。例えば「Bloodstained」は3Dグラフィックスを採用しましたが,ファンからは「なぜドット絵じゃないんだ」というネガティブな意見が出ることが予想できたので,あらかじめQ&Aで回答しています。また掲示板にネガティブな意見が投稿されたときも,速やかに回答を示しました。


GamesIndustry.biz:
 まさに運営ですね。

五十嵐氏:
 そうなんです。言い換えると,プロモーションや株主総会の対応策みたいなものなんです。最初からネガティブに捉えられるだろうと予想できる部分には,Q&Aを作って回答を示しておき,想定外の意見にも迅速かつ適切な対応を取るという。

GamesIndustry.biz:
 返答の仕方にも気を遣いますよね。

五十嵐氏:
 そうですね。その辺りは,チームがうまくやってくれていたと思います。ほぼ24時間体制で,深夜も対応していました。

GamesIndustry.biz:
 ただ,炎上したほうが話題になって良いと考える人もいるのではないでしょうか。

ネガティブな意見を放置していたせいで,プレッジがマイナスに転じ,フォロー施策を展開せざるを得なかったタイトルもあります

五十嵐氏:
 一度プレッジしたらキャンセルできない仕組みだったら,そういったやり方もアリでしょう。ただ,Kickstarterはキャンセルできるので,炎上したら皆キャンセルし始めるんですよ。実際,ネガティブな意見を放置していたせいで,プレッジがマイナスに転じ,フォロー施策を展開せざるを得なかったタイトルもあります。また炎上中は,ネガティブな意見とボジティブな意見がぶつかり合う,言わば口論の状態になります。その口論を見るのが嫌でキャンセルしてしまうという人達も少なからずいます。だからネガティブな意見はスルーしないで,きちんと対応しないといけません。

GamesIndustry.biz:
 バッカーは,掲示板の投稿を細かくチェックしているものなんですね。

五十嵐氏:
 海外の人はきちんとチェックして,結構キャンセルしているみたいですね。僕自身は寄付だと思っているので,一度プレッジしたら降りることはほぼないんですけれども。
 それは,アメリカで返金制度が一般的になっていることとも関係があるんじゃないかと思います。

GamesIndustry.biz:
 確かにそうかもしれません。アメリカのお店は購入した商品が使用済みでも,アッサリ返金してもらえるんですよね。

五十嵐氏:
 文化の違いなんでしょう。

GamesIndustry.biz:
 日本とは違うということに注意しないといけませんね。

五十嵐氏:
 僕自身,Kickstarterを使ってみて,キャンペーンの最終日までゴールの目標金額を維持しなければならない仕組みなんだと知りましたから。

GamesIndustry.biz:
 我々メディアも「最初の3日でゴール達成!」と記事にしたら,そこで一旦ニュースとして追いかけるのを止めてしまいますしね。

五十嵐氏:
 実はそのあと大炎上してプレッジがゼロになってしまい,プロジェクトが失敗になることもあり得るんです。

GamesIndustry.biz:
 なるほど,知らないところで大変なことが起きているかもしれないと。


クラウドファンディングに向いているのは,「大きなチャレンジをしない」ゲーム


GamesIndustry.biz:
 それでは,五十嵐さんが再びクラウドファンディングで資金調達を試みるとしたら,どんなことに気を付けますか。

五十嵐氏:
 コミットはもっと慎重にしないといけないと思いますね。バッカーの皆さんとの約束をもっと抑えめにしないと。「Bloodstained」のときは喜んでもらえることを前提にしていたので,そういう部分をもう少し絞ることは絶対必要になります。

GamesIndustry.biz:
 実際,何度もクラウドファンディングを使う人はあまりいないですよね。

五十嵐氏:
 大変ですからね。それにクラウドファンディングには,良いところと悪いところがあります。
 良いところは,それ自体がプロモーションになることです。月に1回,バッカーアップデートをしますから,それをメディアが拾って記事にしてくれるだけで,毎月プロモーションを打っていることになるんですよね。それが一番大きな効果です。
 そしてゲームをバッカーと一緒に作っていけること,バッカーの意見をいち早く採り入れられることもメリットです。

 逆に悪いところは,まだ作ってもいないのにコミットすることです。ゲーム開発の現場にいた人なら分かると思いますが,最初に大風呂敷を広げて企画を立てて,実際にゲームを作っているうちに「意外と面白くない」となることがあるんですよ。そうなると,大鉈を振るって企画自体を変えたり,そもそもの骨子を変えたりしなければなりません。今あるものをどこまで残し,どこを変えるか考えていくんですけれども,そこは表舞台に出ない部分で,皆さんはあとから変わった部分だけを見ることになります。結果,皆さんは良い部分しか見ないわけです。

 ところがクラウドファンディングの場合は,最初に「こういう仕組み,こういうストーリーのゲーム」ということを皆さんにコミットするので,開発中に変えることができないんです。もちろん,どうしてもできないことに関しては謝って変えたりもしますが,さすがに骨子まで変えるのは無理です。例えば最初は探索アクションだと言っていたのに,途中からステージクリア型に変えることはできません。そういうデメリットがあります。

 また,メリットとして挙げたプロモーションにも,デメリットがあります。通常,ゲームは発売の1年から半年前くらいからプロモーションを打ち始めますよね。その計画は,ゲームの開発が進んで都度素材がそろうことを前提に立てられています。
 しかしクラウドファンディングの場合は,何もない状態で始まり,並行してプロモーションもするという話になります。そうなると素材がどんどん枯渇していくんですよね。例えば3年間かけて開発するのであれば,プロモーションも3年間続けなければなりません。これはすごく大変でした。

 話をクラウドファンディングを何度も使う人がいないというところに戻すと,良い面と悪い面があって,良い面が少しだけ勝っている場合に,多くの人は悪い面にばかり目がいきがちなんですよ。なので良いと分かっていても,「あの苦労をもう一度するのは大変だよな」と思ってしまい,再チャレンジになかなか踏み切れないのかなと。

GamesIndustry.biz:
 今の五十嵐さんが過去の五十嵐さんにアドバイスするとしたら,「止めておけ」となるのでしょうか。

五十嵐氏:
 あのときの選択肢としては,やるしかなかったんですよね。だから僕自身よりも,お金を出してくれる人達に「これくらい売れるから」という話をしたいです(笑)。
 過去の僕自身には,繰り返しですが「ストレッチゴールはもっと慎重に考えたほうが良い」「ミニゲームの配布は,コストの試算をしたうえで」と言いたいですね。

GamesIndustry.biz:
 今のKickstarterはプロモーション色がどんどん強くなっている印象で,予約キャンペーンくらいの位置付けになっていると感じます。

五十嵐氏:
 その側面は確かにあると思います。そういう使い方は,それはそれで良いんだろうと。

GamesIndustry.biz:
 そのほかクラウドファンディングについて,思うところなどはありますか。

五十嵐氏:
 悪いところばかりに目がいきがちですが,新しいお金の集め方としては素晴らしい仕組みだと思っています。この連載の第2回で「経営者は過去を見る」という話をしましたが,経営者は儲かるという軸でしかものを見ないので,挑戦的な商品になかなかお金を出しません。しかし,クラウドファンディングは主役がお客さんで,その人達が「ほしい」と思うものに対してお金を集められる仕組みですから,今までのお金を出してもらうスタイルとは大きく違います。その仕組み自体は,本当に素晴らしいと捉えています。

 ただ,クラウドファンディングをうまく利用するには準備をしっかりしなければならないし,資金調達に成功したあともアップデートを続けなければならないので,そういう人材をそろえなければならない。そのための予算も,すべてクラウドファンディングで集めた資金から出さなければならないので,実は開発に充てられるお金はそんなにないということは,知っておいてほしいですね。


GamesIndustry.biz:
 あまり夢を見ていると,痛い目に遭うと。

五十嵐氏:
 そうなんです(笑)。表に出る額面が,そのまま全部ゲーム開発に使えるわけではないんで。

GamesIndustry.biz:
 「Bloodstained」に関しては,「五十嵐さんだから,面白いゲームを作るだろう」という信用をクラウドファンディングを介してお金に換えたわけですよね。

大きなチャレンジをするゲームは,クラウドファンディングに向いていないと言えます

五十嵐氏:
 そうですね。だからこそ,「裏切ったらまずい」というプレッシャーのもと,開発を進めました。
 あと「Bloodstained」はクラウドファンディングで大きな成功を収めた部類に入ると思うんですけれども,そうなった理由に「大きなチャレンジをしない」ということもあったと思います。ここで言う大きなチャレンジとは,新しいゲームシステムなどを指します。僕らの中で新しいゲームシステムとは,本当に面白いかどうか分からない,ドキドキするようなものなんですよね。でもクラウドファンディングでは,作ってみて面白くなかったからといって,作り直すことができない。だから大きなチャレンジをするゲームは,クラウドファンディングに向いていないと言えます。

 ただ,すでにモックができていて,新しいゲームシステムの面白さをバッカーに伝えることができるなら,クラウドファンディングで資金調達するのはありだと思います。まだ企画段階の大きなチャレンジをするゲームの場合,クラウドファンディングを使うのは避けたほうがいいということですね。

 「Bloodstained」の場合は,ユーザー視点に立って僕の作るゲームとはどうあるべきか考えながら企画を立てていきました。その過程では,今まで僕らが作ってきた仕組みを分解し,そのうえで少し複雑になるように再構築していったんです。その形だと,ある程度面白さが保証されるので,大きく外すことはないですから,クラウドファンディングとうまく噛み合ったと捉えています。

GamesIndustry.biz:
 バッカーに見せられるところまで開発が進んでいなければ,冒険はしないほうがいいと。

五十嵐氏:
 ええ。1回,大鉈を振るう権利がもらえれば,冒険しても良いんですけれども(笑)。僕らの作っているものは成功が確約されたものではなく,僕らの考える面白さとユーザーの考える面白さが合致したときに初めて成功したと言えるものなです。成功の確率をなるべく上げようと考えると,クラウドファンディングを使う場合には,冒険は避けるべきなんだろうなと考えています。

GamesIndustry.biz:
 クラウドファンディングを使った資金調達に興味があるゲームクリエイターにとって,成功事例の裏にある貴重なエピソードや留意点を知ることができるお話担ったと思います。本日も長い時間ありがとうございました。

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