[CEDEC 2020]AniCast Makerが拓く少人数アニメ制作という選択肢
AniCast Makerはエクシヴィが開発しているVR系アニメーション作成ツールだ。Oculus Rift(とTouchコントローラ)を用いてVR空間内でキャラクターを動かしそれを撮影するといったツールである。もともとあったVtuber向けの配信システムAniCast Liveをアニメーションツールとして大拡張した感じのシステムだ。
このツールのPVを見ればワクワクしてくる人も多いと思う。もしかして簡単にアニメを作れるのではないかという気がしてくるだろう。
で,このツールを実際にプロっぽい人が使ってみるとどんな作品が作れるのか? エクシヴィと共同でAniCast Makerを推進するエイベックス・テクノロジーズの酒井氏がアニメ「彼女は歌う、だから僕は。」の制作での知見を語った。
ゲームにアニメーションを入れたいといった場合,壁にぶつかることが多いと氏は語る。予算の問題であったり,納期の問題であったり,アニメーションの需要は増加しているにも関わらず,その制作環境は需要にまったく追いついておらず,むしろ悪化しているくらいだという。
そのような状況を(だいたい)解決するのがAniCast Maker(などのツール)であると酒井氏は語っている。AniCast Makerは,VR空間内をスタジオに見立てて映像の部隊を設定し,VRヘッドセットを付けてその中で演技を行い,カメラを設定し,撮影するといった一連の動作を行えるツールだ。現在試験提供が行われており,詳細は不明だが今年の後半以降に大きな動きがあるのではないかとのことだった(すでに今年の2/3は終わっているが)。
さて,一般のアニメ制作は,関わる人が多く,シナリオを中心とした設計図がないと進まない。基本的に修正ができないウォーターフォール型開発だという。どこにコストがかかっているのかというと,監督のイメージを書き起こして伝える部分にあるという。その変換作業が効率を落とし,変換作業を繰り返すほどコストがかかる。
それに対してAniCast Makerは,シナリオを描いたあとは,絵コンテをそのまま動画にした動画コンテを作り,セリフは先録りで,それに合わせて絵を作ることになる。キャラクターや3Dアセット,背景などの材料を作ったら,AniCast Makerでキャラ動画の制作に入る。この部分は何度でもやり直せるので,細かくトライ&エラーのできるアジャイル型開発だ。
作られたのは7分の短編アニメーションである。登場人物は2人だ。制作に関わったのは西友などを含め,全部で9名(メイン4名)で,時節柄かリモートワークでの作業が中心となったようだ。制作期間は約2か月である。
その進行過程を比較する動画が紹介された。5月3日の動画コンテの時点から,5月19日,6月18日,そして完成版となる6月30日の映像を並べたものである。
5月19日の時点ではアニメーションは最低限で,絵コンテの構図のレンダリングを並べてアタリを取っているような感じだ。6月18日になると基本的な動きはできており,完成版に向けて試行錯誤している過程が見える。止め絵では分からないが,タイミングを変更している部分もあった。最後はエフェクトなどを加えて仕上げている。
氏は,AniCast Makerを使ってよかったこととしては,絵の品質が一定に保たれることや,気軽にリテイクを頼めるところなどが挙げられていた。イマイチだったところとしては,AniCast Makerの制限で上半身以外が使いにくいことや,オペレータ任せになるので,予想外のものが仕上がってくることがあること,直感型のツールであるため,精密性はトレードオフになってしまうことなどが挙げられた。
では,アニメに精密性は必要なのか? 本当は必要だが,実はそれほど必要ないところもあるのではないかと氏は語る。
ではAniCast Makerですべて問題ないかというと,これ1本ではきついという声があがっているという。
まあ,必要に応じてAfterEffectsやPro Tools,Photoshopなどを使うのは当然のことであろう。その3つのツールの機能をカバーしたツールを作れる人などいるわけがない。
酒井氏は端的に,AniCast Makerは上半身専用のお手軽キャプチャツールだとかたる。これまでありそうでなかったジャンルだ。一般のアニメでも上半身だけでこと足りるシーンは多く,簡単に試行錯誤できる環境は代えがたいものがあるという。トゥーンシェーダなので,セル調のアニメにも合う。
とはいえ,長編アニメを作るようなツールではない。Web広告や短尺アニメ,ドラマCDをちょっと動かす,ゲームの立ち絵のモーションといったちょっとしたところに使える,ちょっと上質な「隙間家具的存在」なのだという。低コストですぐに使え,そこそこのクオリティのものが手軽に作れるという便利ツールなのだ。
おそらくゲームで言えばプロトタイプツール,映像ではプレビズ用のツールに相当するものなのだろう。しかし,そのクオリティでも十分使える用途はある。ゲームでキャラクターを使ったちょっとしたムービーを作りたい場合などで使えそうなツールである。おそらくもうじきされるのであろう,なんらかの発表が楽しみだ。