世界的な人気を誇る乙女ゲームにおける,徹底したデータドリブンによる物語構築術

GAMEBOOKのChief Business Development Officer,Nico Nowarra氏
 日本で主に女性に人気のある,いわゆる「乙女ゲーム」というジャンルは当然ながら海外にも存在し,その一部は大きな売上を上げる巨大ジャンルとなっている。なかでも有名なのはビジュアルノベル系のゲームで,プレイヤーはゲーム内で提示される選択肢を選ぶことで異なる物語体験ができるというシステムのものだ。
 日本からはあまり見えてこないタイプのゲームだが,このシステムを有するゲームを実際にどう設計し,運用するかにまで踏み込んだ講演がdevcom 2019で行われたので,レポートしたい。


必要に応じてメインプロットも変更


 登壇したのはGAMEBOOKのChief Business Development Officer,Nico Nowarra氏だ。GAMEBOOKは多数の乙女ゲームを制作しているが,最近では2019年4月にiOS版をローンチした「My High School Day」がUSのApp Storeで1位を獲得した。2週間で40万DLという大きな成功を成し遂げている。「My Love: Make your choice」シリーズは同社の中心的な作品群で,多数の作品をリリースするとともに,今も精力的な展開が行われている。

「Choice」という単語が,このタイプのゲームを探すにあたってのキーワードとなる
世界的な人気を誇る乙女ゲームにおける,徹底したデータドリブンによる物語構築術 世界的な人気を誇る乙女ゲームにおける,徹底したデータドリブンによる物語構築術

 ゲームの設計としては「選択肢を選びながらストーリーを読んでいく」スタイルとなっており,選択肢の一部に「課金トークンを消費しないと選べない選択肢がある」というのがマネタイズの柱のひとつだ(もうひとつは「先の章を読むための課金」)。
 ゲームのボリュームとしては1作品あたり10〜13章程度。平均的なプレイヤーは30〜40分が1プレイとなり,これによって2章が「消費」される。ユーザーあたりの1日のアクセス回数は4〜6回,1回のアクセスごとに6〜7分のプレイと,このあたりは懐かしさすら感じる数字となっている。
 ターゲットは14〜24歳の若い女性で,「My High School Day」の場合は「大人になっても高校時代を懐かしく思うような人」を意識したという。

世界的な人気を誇る乙女ゲームにおける,徹底したデータドリブンによる物語構築術

 ゲームデザインの基本は4つ。

(1)「選択肢を選ぶことによって,物語に影響を及ぼした」と思える感覚を惹起する選択肢と,それに伴う変化に富んだ物語展開
(2)魅力的なキャラクターと友人になり,さらにはそれ以上の関係となるのが目的
(3)作品がひとつの「ユニバース」を構成する。ストーリーが分岐したり,ほかのキャラクターと関係を深めたとしても,物語が進行している「世界」は共有されている
(4)自分のキャラクターの外見などをカスタマイズできる

 なかでも重要なのは(1)で,「お金を払った価値のある物語体験ができた」という経験が得られなければ,ユーザーは課金選択肢を選ぼうとはしなくなってしまう。このように「物語を読んでいく」タイプのゲームは,「物語がゲームメカニズムなのだ」とNowarra氏は指摘する。

世界的な人気を誇る乙女ゲームにおける,徹底したデータドリブンによる物語構築術

 また運営という面から見ると,「ユーザーは凄まじい勢いでコンテンツを消費していく」のが大きな課題となる。このためストーリーのアップデートはアプリ本体のアップデートを必要としない構造にしておき,また作家陣も「1週間あたり,1人のライターが,1章を書き上げる」ペースでの執筆速度となっている。
 容易に想像できるように作家陣の負担は高く,「1週間に1回のミーティング」「2〜3か月に1回の全体ミーティング」が必要となる。またGAMEBOOKではときおりワークショップを開き,新たな作家の発掘と育成にも努めているそうだ。
 なおGAMEBOOKでは,作家は原則として「ターゲットとするユーザーと同年代の女性」に依頼するという。Nowarra氏はこれについて「オーディエンスの欲求を最もよく理解できるのは,オーディエンスと同じ年代の女性」だと指摘する。

世界的な人気を誇る乙女ゲームにおける,徹底したデータドリブンによる物語構築術

 ちなみに物語全体のプロットは最初に存在する(半年分のプロットがある)が,ゲームがリリースされてからプロットを変更することは「あり得る」という。
 メインプロットが途中で変更されるというのは一般的な感覚から言えば一大事だが,GAMEBOOKでは「ゲームがリリースされてからも,ドラマや映画などの影響を受けて,トレンドは変化し続ける。その変化に対応しなくてはならない」ため,メインプロットの中途変更を前提としているという。


「なぜその選択肢は選ばれないのか」をデータから突き詰める


 GAMEBOOKの運営スタイルにおいて特徴的なのはもうひとつ,徹底的なKPI重視の姿勢がある。

世界的な人気を誇る乙女ゲームにおける,徹底したデータドリブンによる物語構築術

 現在世界で流行している乙女ゲームの基本スタイルは,前述のとおり,選択肢を選びながら物語を読みすすめるスタイルだ。したがって,開発者側には「ユーザーがどこでプレイをやめたか」はもちろん,「どんな選択肢を選んだか」の情報も蓄積される。ここにおいて「選ばれる課金選択肢」と「選ばれない課金選択肢」は,明確に数値(KPI)として表出するのだ。

 例えば「More Than Friend」という作品においては,あるシーンではもともと3つの選択肢が提示されていた。このうち1つを取り除き,選択肢が表示される順番を変更したところ,課金選択肢が選ばれる率が30〜50%上昇している。Nowarra曰く「課金選択肢を上に,普通の選択肢を下に置くと,課金選択肢が選ばれやすい」とのこと。
 もちろん文書表現も選択に影響する。「Mermaid Undercover」では,ちょっと鬱陶しい感覚があった選択肢の表現を,より親密度を感じさせる表現に変えたところ,その選択肢が選ばれる率は倍に上昇している。

世界的な人気を誇る乙女ゲームにおける,徹底したデータドリブンによる物語構築術 世界的な人気を誇る乙女ゲームにおける,徹底したデータドリブンによる物語構築術

 だがこれだけでは解けない「選択の謎」もあったとNowarra氏は語る。同じく「Mermaid Undercover」では衣装を選ぶ選択肢があったのだが,ここの課金選択肢は滅多に選ばれなかった理由は,「髪の色と衣装がマッチしていない」からであったという。アンケート調査などによってこの原因を突き止めたNowarra氏は,より髪の色にマッチした衣装にグラフィックス差し替えを命じ,その結果,課金選択肢が選ばれる確率は20%上昇している。

 ……が,最後の事例は「キャラクターはカスタマイズできねばならない」という原則と合わせて考えると,非常に厄介な問題を発生させる。プレイヤーはキャラクターの髪の色をある程度まで自由に選べるため,選択できる色すべてにマッチした衣装をデザインする必要があるというわけだ。

世界的な人気を誇る乙女ゲームにおける,徹底したデータドリブンによる物語構築術

 そのうえで,やはり「物語としてその選択肢を選びたくなること」「選んだことによって納得できる結末が得られること」はとても大事だという。
 なんらかのイベントストーリーにおいて中心的なキーワードとなる場所があるなら,イベントストーリーではそのキーワードを多用してユーザーにその存在と意義をきちんと理解させ,そのうえで最後の選択として「その場所に行く」という選択肢を提示すれば,多少高額でもその選択をするユーザーは多いそうだ。


新しいことにトライするために


 運営という面から見ると,「飽きられる」のは最大の敵と言える。
 この対策として掲げられているものとしては,デイリーログインボーナスのような一般的なものもある(ちなみにGAMEBOOKではログインボーナス対して「チャットによって提示されるストーリーを提供する」という工夫をしている)。

 また,これは「洋の東西を問わない」と思わざるを得ないところだが,このスタイルのゲームの場合,「ちょっとだけ登場した脇役」に強い思い入れをするユーザーが,無視できない規模で発生することがあるという。この欲求に対応するにあたって,ミニストーリーやスピンオフを提供するというのも「飽きられる」ことへの対策となる。
 ただしそれらのサイドストーリーは「ユニバース」の内側でデザインされねばならないため,「このサイドストーリーに登場したキャラクターは,同じ時期にまったく別の場所で監禁されていたはずなんだけど」といった整合性問題を起こさないようにするためには,相当苦労するそうだ。

世界的な人気を誇る乙女ゲームにおける,徹底したデータドリブンによる物語構築術

 そのうえで「新しい物語展開」を目指すことも重要だという。
 だがどうしてもマンネリ化しがちで,かつマンネリが良いとされることもあるジャンルなだけに,迂闊な冒険は危険だ。このためGAMEBOOKではキャラクターの設定や,誰が誰と出会って何が起こるかというシチュエーションなどについて,作家陣が集まってブランクカードにアイデアを書き,それをランダムに拾って可能性を討議するといったことも行っている。

世界的な人気を誇る乙女ゲームにおける,徹底したデータドリブンによる物語構築術

 さて,しかしながら「KPIに支配された『作品』が本当にウケるのか?」という批判は,当然生まれてくるだろう。
 Nowarra氏は「本当にすべてをうまくセットアップできたときは,最終章をリリースした瞬間に,『最終章を読む』ための課金がその日の全売上の25%を占め,『最終章までを読み直す』ための課金がその日の全売上の25%を占めるところまで行く」と語る。ユーザーはただ単に「最後まで読む」だけでなく,「読み直す」ことにも課金するくらい,「ハマる」のである。

 ただしそこまでヒットするものを作るためには,「KPIを見ながらイテレーションするだけでなく,施策の検証が非常に重要になる」とNowarra氏は指摘する。
 例えばユーザーの選択肢ピックの傾向として,個別の選択肢だけを見ていては見えなかった傾向もある。代表的なのが「ユーザーは他人に親切にする選択肢を選びたがらない」というもので,「ほかのキャラクターのために何かをしてあげることで,物語が大きく変化するという構図は,これは私のゲームだという意識と相性が悪い」のだとNowarra氏は分析する。
 この仮説に基づき,個々のシチュエーションに応じて選択肢を変化させるのではなく,「他人に親切にするという選択肢自体をやめる」という大方針に従った変更を行った結果,選択肢のピックに大きな変化が表れたそうだ。

 この講演を聞きながら筆者は,Web小説をデータドリブンで書いている知人(作家)のことを思い起こさずにはいられなかった。なるほど,歴史に残る文学作品を作るのが目標なら,データドリブンはあまり役に立たないかもしれない。けれど「いまちょっと楽しい」エンターテイメントを提供するにあたっては,漫画週刊誌がアンケート至上主義を採用するように,データドリブンは十分に有効なのだ。
 むしろ本講演で紹介されたような,「どの選択肢を選んだか」というデータを大規模に蓄積できるシステムは,データドリブンで物語を作るにあたって極めて強力だと言わざるを得ない。

世界的な人気を誇る乙女ゲームにおける,徹底したデータドリブンによる物語構築術

 Nowarra氏は「このスタイルのゲームは,男性にもヒットしうるものであり,もっと年齢が上のユーザーにもヒットし得る。それぞれの層が持つ『刺さる弱点』を見つけられれば,どんな人にだって刺さる」と語った。そしてその予測は,日本におけるWeb小説の隆盛を見るに,否定し難いように思える。