[SIGGRAPH]Electronic Theaterレポート。Pixarの「Purl」が最優秀作品賞に選出

今年のElectronic Theaterは,SIGGRAPHメイン会場となったロサンゼルス・コンベンションセンターにほど近いマイクロソフト・シアターにて1日限定で行われた。ここはE3では,Microsoftのプレスカンファレンスやブース会場としても使われた場所である
[SIGGRAPH]Electronic Theaterレポート。Pixarの「Purl」が最優秀作品賞に選出
 SIGGRAPHにおける看板イベントのうちの一つである「Computer Animation Festival」(CAF)。今年のSIGGRAPH 2019においても例年どおり開催されたのだが,少しだけ,例年とは違う運営方式となったようだ。
 CAFは,プロ/アマ問わず,世界中のCGアニメーション作家達の公募作品から優秀作品を選んで上映するSIGGRAPH映画祭ともいうべきイベントだ。選出された作品は「Electronic Theater」として,従来はSIGGRAPH会場内のシアターで複数日にわたって上映されていたのだが,今年は,SIGGRAPH会場外のマイクロソフトシアターにて1日限定の公開となった。
 また,従来は,Electronic Theater選外作品のうち,魅力的な佳作的な作品については会場内の小さめの部屋で上映が行われていたのだが,これは昨年から行われなくなっており,今年も同様であった。

Electronic Theater上映前の会場の様子
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 この流れは,まるでCAFが規模の縮小傾向にあるような感じだが,実際にはそうでもない。
 実は,VR作品の優秀作を上映する「Computer Animation Festival: VR Theater」というイベントがSIGGRAPH 2017より開催されており,こちらの規模は年を経るごとに拡大傾向にあることから,どうやらSIGGRAPHのCAF実行委員会はこちらのほうに重きを置いているようなのだ。その証拠に,VR Theaterの上映については入れ替え制で,SIGGRAPH会期全日の8:45から17:00までフルで行われおり,その入場のためのチケットは朝8:00からの配布でその日の分が瞬殺してしまうという超人気ぶりだ。筆者は会期中,結局,チケットにありつくことはできなかったほど。VRはどうしても一度に体験できる人数が少ないため,回転率が悪く,その割には装着や安全面の確保にそれなりのアテンドスタッフの人数が必要なため,運営側の負担が大きい。そのために,従来のCGアニメーション上映のイベントのほうには人力を割けなくなったのだと思われる。

 ただ,Electronic Theaterイベントが1日限定上映になったことで,プレミア感が高まり,上映会イベント自体の盛り上がりは例年と比べて遜色はなかったように思える。
 さて,本稿では,Electronic Theater上映24作品の中から,表彰を受けた3作品と,そのほか,筆者が独断で選んだ注目作品達を抜粋して紹介することにしたい。

上映会の前には最優秀作品賞,審査員特別賞,学生最優秀作品賞に対しての表彰式が行われた
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「Game Changer」〜Aviv Mano氏(アメリカ)


 フロリダ州サラソタにある芸術系私立大学,Ringling College of Art and Designの学生,Aviv Mano氏の作品「Game Changer」は,ディズニー/PixarタッチのCGアニメーションで,実際,本作のストーリーも「トイストーリー」と「シュガーラッシュ」からの大きな影響がうかがえる。
 ゲームセンターに遊びに来た少女にはほしいものがあった。それはマッチョなレスラー人形! 彼をゲットするためにはゲームセンター内のゲームの獲得点数に応じてもらえるチケットポイントの合計が500を超えなければならない。しかし,マッチョ人形としては「女の子にゲットされてママごと相手に使われるくらいならば死んだほうがマシ!」と,ことごとく少女のプレイを妨害する。はたして少女はマッチョ人形をゲットできるのだろうか? 
 作品全編は,YouTubeで視聴することができる。また,Aviv Mano氏の公式サイトには,氏のデザインしたキャラクターや過去作品の設定資料などが掲載されている。



「Share Your Gifts」〜Buck(アメリカ)


 2018年の年末商戦向けに制作されたAppleのMacBookプロモーション映像だ。制作を担当したのはCGプロダクションスタジオのBuck。プロデュースはアメリカの広告代理店TBWA/Media Arts Labである。
 日々のパン屋さんでの仕事に追われながら帰宅後の自由時間に趣味でアートデザインに没頭する女性。彼女の溢れんばかりのクリエティビティは,日常の業務にも支障を来すほどである。そんな彼女の才能に気が付いた愛犬は,彼女の作品をより多くの人々に見てもらおうと機転を利かし,北風が吹き荒ぶ夕暮れ時に窓を開けて彼女の作品群を街中に放ってしまう。風に舞う彼女の作品達は町の人々の元に降り注ぎ……。「あなたの才能(Gifts)をシェアしよう〜Apple」というメッセージと共に作品は終幕する。


 一見すると,全編CGのように見えるこの作品。実は,CGなのは人間や動物などの動的キャラクターだけで,建物,自動車といった背景物はすべて実在のミニチュア模型だ。発光表現もCGではなく実体物としてのLEDギミックだ。これを知ってこの作品を見ると,CGキャラクター達が実にうまく実在模型に溶け込んでいて,ちょうどいい感じにクレイアニメっぽく動いていることに驚かされる。メイキング映像も公開されているので,合わせての視聴をお勧めしたい。
 ちなみに,この作品の音楽を担当したのは弱冠16歳の女性シンガーソングライターBillie Eilishさん。彼女が作曲を始めたのは11歳からだそうで,その頃からMacを使って音楽創作を行っているのだとか。



「BEST FRIEND」〜Nicholas Olivieri氏(フランス)


 今よりも携帯情報端末が進化した近未来。最新のARアプリ「BEST FRIEND」が流行していた。このARアプリは,その人が望む完璧な友達を作り出すもので,人付き合いが苦手な青年,アーサーは,このBEST FRIENDが作り出す友達と過ごす毎日を送っていた。このBEST FRIENDは課金アプリであり,継続的に利用するには課金をし続ける必要がある。当然,支払いができなければ,仮想の親友は目前から消えてしまうことになる。たまたま課金が切れてしまったこのアプリの依存症であるアーサーは,BEST FRIEND継続手続きのために街中にある支払いスポットを探しさまよい歩くことに。やっと見つけた支払いスポットで支払いを済ませたアーサーだったが,そこで思わぬトラブルに巻き込まれることとなり……。
 作品は,フランスの芸術系専門学校,Gobelins, L'Ecole de L'Imageの学生,Nicholas Olivieri氏が制作している。CG作品ではあるが,2Dの作画ベースのアニメーション作品と説明されている。実際,動きは,わざとコマ割りを粗くしたようなリミテッドアニメーション手法が採用されている。
 なお,Nicholas Olivieri氏の公式サイトには,彼の2Dスケッチ作品が多数投稿されているので,本作が気に入った人は訪れてみるといいだろう。



「Kinky Kitchen」〜Bea Hoeller氏(ドイツ)


 今回のElectronic Theater入選作で最大級の笑いをかっさらったのがこの作品。制作はCAF常連として有名なドイツの映像専門学校,Filmakademie Baden-Wurttembergの学生,Bea Hoeller氏だ。
 本作は,ドイツのコンピュータエンタテイメント系カンファレンス「FMX」の宣伝映像として制作されたものになる。カンファレンス自体は,かなりマジメなものなのに,この予告映像は,ある種,シモネタ系であり,そのギャップが面白い。
 作品は全部で3編あり,Electronic Theaterではまとめて3作が連続上映されて,笑いが途切れることはなかった。少しでも説明するとネタバレとなるため,解説はあえてしない。職場や学校で再生する際にはなるべく音声音量は控えめで再生したほうがよいかもしれない。
 ちなみに,「Kinky」とは,日本語に意訳すると「変態」である(笑)。
 作者のHoeller氏自身も相当にユニークなアーティストのようで,氏の公式ホームページは,まさに「Kinkyの宝庫」のサイトとなっている(笑)。
 念のために補足しておくが,SIGGRAPHのCAFは,歴史的にシモネタには寛容であり,男性器そのものをカウボーイに仕立て上げた「Wanted Melody」(参考URL)がElectronic Theater入選作となったことがあるほどである(関連記事)。





The Heretic (PART1)〜Veselin Efremov氏(デンマーク)


 「The Heretic」は,「Adam」や「Book of the Dead」などのダークで独特なSF世界観の作風が魅力的なデンマークのVeselin Efremov氏をリーダーとするUnity Technologiesのデモチームが手がけたリアルタイムシネマティックショート作品だ。
 なお,この作品はゲームエンジン「Unity」で制作され,2560×1440ピクセルの30fpsでリアルタイム動作することがアピールされていた。


 こうしたノンゲーム映像制作に関しては,Epic GamesのUnreal Engineのほうが有名だが,Unityのほうでも,こうした用途に向けての機能拡張がなされており,本作はまさにUnreal Engineに対抗しうるノンゲーム映像制作向け機能のショーケース的な作品となっている。具体的にはUnity 2018より搭載された「HDレンダーパイプライン」(HDRP)を駆使して制作されている。
 HDRPとは,Unityにおける従来のゲーム制作用途ではパフォーマンス重視の見地からは制限されていた仕様要素の制限をすべて取り払って品質重視で制作,あるいは描画できるパイプラインのこと。基本的には物理ベースレンダリング(PBR)が基軸となっており,例えば点光源だけでなく,面光源なども利用できたりする。ちなみに,DirectX Raytracing(DXR)のショーケースデモとしてEpic GamesのUnreal Engineベースで制作された有名なリアルタイム「スターウォーズ」デモにおいて採用された面光源ライティングは,まさにUnityのエンジニアであるEric Heitz氏が開発したものを移植したものであり(関連記事),最近では,フォトリアル表現向けの機能において,Unityは一部,Unreal Engineを凌駕している部分もあったりするのだ。
 本作の作中で最も印象的な表現である,フクロウ型のナノマシンロボットが出力する生物のようなワイヤーセンサーの表現は高次曲線とフラクタルノイズを組み合わせたもので,この作品のために開発されたものだとのこと。
 なお,この作品のメイキングセッションは,今年のGDC 2019で公開されているので興味がある人はぜひともチェックしていただきたい。



【最優秀学生作品賞】「Stuffed」〜Elise Simoulin氏(フランス)


 「Stuffed」は,SIGGRAPHのCAF入選常連校であり,最優秀学生作品賞を手がけた学生を何人も輩出しているフランスの映像専門学校の名門,Supinfocom Rubikaの学生,Elise Simoulin氏(参考URL)の作品だ。


 動物たちを形取ったぬいぐるみが住む不思議な森の世界。主人公の猫は,感情が高ぶると中の「ワタ」がモンスター化して周囲を破壊してしまう厄介な特異体質の持ち主だ。この体質が災いして友達ができず定住がままならないため,安息の地を求めてこの森の中を一人旅している。そんな旅の道中で,知性の感じられない昼行灯的なキリンのぬいぐるみと出会う。どういうワケか,このキリンは主人公の猫につきまといだし,旅の困難に際して意図してか気まぐれなのか,ことごとく助け船を出してくれる。旅を続ける中で猫はキリンに対して友情を感じだし,心も穏やかとなり,厄介な特異体質「ワタの暴走」と決別できたのかもしれない……と思い始めたある夜,猫とキリンは「恐ろしい敵」と出くわして……。
 こちらも「Share Your Gifts」に近い,ストップモーション的な作風だが,本作は実体ミニチュアとの合成ではなく,CG100%の作品だ。ただし,「ぬいぐるみ感」を出すため,全方向から光を当てたような拡散反射主体のシェーディングを採用している。影もあえてほとんど出ないように調整され,コントラスト感を曖昧に調整しているのがユニークだ。パステルカラーの色調にフェルトや毛糸主体の材質表現は,名作ゲーム「毛糸のカービィ」や「ヨッシー ウールワールド」を彷彿とさせる。
 Electronic Theaterでは物語全編が公開されたが,ネット上には予告編とメイキング映像のみが公開されている。また,「Stuffed」公式サイトには設定資料やコンセプトアートが公開されているので興味がある人はチェックしてみよう。




【審査員特別賞】「The Stained Club」〜Melanie Lopez氏(フランス)


 審査員特別賞を受賞した「The Stained Clubの制作は,これまたフランスの映像専門学校の名門,Supinfocom Rubikaの学生であるMelanie Lopez氏が手がけている。
 主人公の少年は顔に痣(アザ)がある。そのアザは不思議な輝きを有していて顔の目立つところにあるが,それほどその存在を気にしてはいないのであった。それはなぜかといえば,こんなアザに気を留めない,仲良しの悪ガキグループの友達が近所にいて仲良くしてくれていたから。気になることがあるとすれば「いつなぜこのアザはできたのか」というところくらい。
 ある日,少年は,グループのメンバーのリーダーや紅一点の女の子にも自分のようなアザがあることに気が付く。彼らはそのアザを恥ずかしがっており,アザをまじまじと見つめる少年と距離を取ろうとする。その日の出来事を母親に語る少年。しかし,母親はその少年の言葉には耳を傾けず,冷たく突き放すのだった。そう,主人公の少年,そしてその友達の面々についていたこのアザの正体とは実は……。



 審査員特別賞は例年「暗い雰囲気の世界観で,かすかな希望が輝く」みたいな作風が選ばれがちなのだが,今作はまさに「その典型」に当てはまる作品だ。やや難解なストーリーの本作だが,学術界からの評価は高く,2018年の6月に発表されて以降,世界のCG映像コンテンストで17もの賞を獲得した。この中には,昨年,東京で行われたSIGGRAPH ASIA 2018 TOKYOにおけるElectronic Theater入選も含まれる。


【最優秀作品賞】「Purl」〜Kristen Lester氏(アメリカ)


 ディズニーやPixarの作品は,いっとき,Electronic Theaterにおける最優秀作品賞の常連となるも,あまりにも強すぎるので(笑),一時期は実質的な「殿堂入り」とみなされていると思えた時期があった。圧倒的なCGの美しさ,物語構成力を有するためElectronic Theaterに入選はするも,賞レースからはあえて除外されている節がある年が最近はずっと続いていたのだ。しかし,今年は,Pixar作品が普通に最優秀作品賞を獲得。もしかすると「殿堂入り」扱いが解除されたのだろうか。
 「Purl」の物語の舞台は成長著しい「男性の人間」ばかりのベンチャー企業。ここに新入社員として人間ではなく「ピンクの毛玉の女性」のPurlが入社する。やる気だけはあったPurlだったが,(人間の)男性社員達との会話や会議,アフター5にもあまく馴染めない。彼女が得意とする「編み物ワードのジョーク」と「毛糸風ユーモア」はダダスベり。そこで,彼女は自分のアイデンティであったはずの毛玉の格好をやめて,黒服のジャケットベースのスーツ姿に変身。性格も意識して男性的な攻撃的なスタイルにイメチェンした。これが功を奏し,いつのまにか段々と男性社員達に馴染めていけるように。そんな,ある日,扉の開いたエレベータから出てきたのは,かつての自分のような,黄色の毛玉,Lacyだった。かつての自分のように浮いた存在となっていたLacyに対して,Purlの取った行動とは!?


 さて,本作「Purl」は,Pixar Animation StudiosのKristen Lester氏の監督作品で,同スタジオとしては珍しい女性監督作品となる。また,本作はLester氏として最初の監督作品だとのことだ。また,本作プロデューサーを務めたGillian Libbert-Duncan氏は「WallE」「インクレディブル・ファミリー」「インサイドヘッド」「リメンバーミー」といったPixar名作の数々の制作に携わった女性スタッフである。
 女性監督×女性プロデューサーの女性コンビで制作された本作「Purl」はまさに,「男性ばかりの職場にやってきた女性」をテーマにした作品なのであった。実際,監督のLester氏はインタビューの中で「この作品はかつての自分の職場での実体験を盛り込んでいる」とコメントしていて興味深い。なお,Pixarは女性スタッフが多いため,本作で描かれているような,男性に気を使うような局面はないそうである。