[CEDEC 2018]「大規模VRはオンラインゲームに近い」ハシラスが目指す最先端VRの先にあるもの
ハシラスといえば,いわゆるロケーションVR(施設型VR),つまり専用施設用に大型VR機器を用いた体感VRデバイスとコンテンツを提供する会社として知られている。
また,代表取締役社長である安藤晃弘氏の「元マジシャン」という経歴は,VRとは関連が薄いように思えるが,人の感覚をだますことにかけては,実に多くの知見を持っており,VR体験をエンハンスすることにも大いに役立てられている。
実際の同社の過去の作品については,写真とキャプションでまとめておこう。
サンシャイン60から人間大砲で撃ち出されて,東京の空を舞うというVRアトラクション |
自動車の加速度などを再現できるように作られたドライブシム用筐体 |
子供でも使える一眼のVRヘッドセットを使って,水槽を思い思いの水族館に仕上げていくアトラクション。作業内容は,ディスプレイを組み合わせた水槽に反映されるので,外部からも操作が確認できる |
トランポリンで跳ねると前進するシステムを採用したアトラクション。まったく酔わずに移動できるが,ものすごく疲れるのが難点とのこと |
考えてみると,ルームスケールVRが盛り上がっていた時期というのは,VR酔い対策として「プレイヤーを動かすな」というのが徹底されてきた時期と重なっていたかもしれない。
ソロモンカーペットでは,(ロープで囲まれた)カーペット上を動き回りつつ,カーペットごと飛んでいくことでシーンに変化を出せるように工夫されている。
乗り物のギミックを使うことで,場面の変化と歩いての探検を両立させたわけだ。5×5mという空間を利用することで,広さのあるコンテンツを実現する例である。
コンシューマ向け機器では,どうしても価格を低く提供して多く売ることが命題となりがちなので,性能などは妥協せざるをえない。一方,業務用機器では,(青天井ではないだろうが)コストの制約はかなり緩和される。まあ,ハシラスが使っているVRヘッドマウントディスプレイ(以下 HMD,Viveなど)自体は,コンシューマ向け製品なのだが,それ以前に使われていた業務用機器よりも,高性能になっている稀有な例ではあろう。
しかし,それを使ったシステムは両手コントローラの使用がせいぜいで,それ以上の体験は提供できない。歩行デバイスや上下左右360度振り回してくれるデバイスなどは,家庭用では一般的ではない。
また,業務用にはVRへの入り口の役割もあるという。VRを体験してみようと思っても,コンシューマ向け機器を揃えるのは大変だ。専門施設で体験してみるほうが手軽で間違いがない。
いずれにしても,妥協なしで最先端の技術を使いまくれるのは,業務用VRのほうだろう。そして安藤氏は,「VRというのは,まだまだ知見を集積しなければならない分野である」と語る。確かに,入力にしても出力にしても現状のVRデバイスはまだまだ未完成なものであり,コンテンツも手探り状態である。現段階ではデバイスの改善を待ちつつ,知見を集積することは重要になるだろう。そして,VRの知見を得るには,ロケーションVRがまさに最先端であり,同社としてもそこに力を入れるのは当然,というわけだ。
また,そういった知見を集めるためには絶えずR&Dを繰り返していく必要があるわけだが,他部門が稼ぎまくっている余裕のある会社ならともかく,小規模な会社では一般的にはそれは難しい。「ハシラスが採算を取りながら同時に研究を進めていくにも,現状ではロケーションVRが最適なのだ」とも安藤氏は語っていた。幸い,同分野は成長しており,伸びしろが大きい。今後もしばらくは伸びが続くと見られている。
では,そういった知見はなんのために集めるのだろうか? 安藤氏は,現在はエンターテインメント中心のVRがやがて暮らしの中に入ってくると見ている。そういった実用品と化したVR機器で現在集めている知見が大いに役立つのだという。つまり現在のロケーションVRは,未来の世界を先取りしているものだと安藤氏は主張している。
次に,ロケーションVRの潮流として,現在は多人数のフリーロームで広い空間を動き回るゲームが面白いと,注目されているという。ただ,面白いからといってもどこでも見られるかというと,そうでもない。広い空間を扱うのは,ビーコンセンサーなどにコストがかかって採算性が悪いからだという。日本だと床面積の問題もありそうだ。コスト制限の少ない業務用VRであっても,採算性を無視できるわけではない。ハシラスがロケーション型VRの未来形として見ているのは,フリーロームとGold Rush VRのようなライド系筐体を組み合わせたシステムだ。
狭い空間でフリーロームの豊かな体験をということで,ハシラスの集大成的なシステムを,東京ゲームショウ2018に出展予定だという。
それは,Gold Rush VRを発展させたようなシステムで,VR空間内でミニゲーム的に別のVRアトラクションを体験するといった構造のコンテンツになっている。揺れるライド系デバイスで移動感を演出し,さまざまなコンテンツを内部で起動するようなものか。
ポイントとなるのは,外目にはひとつのアトラクションだが,内部にはたくさんのアトラクションがある点だ。これまで複数のVRアトラクションを体験する場合,それぞれで係員が付き添ってVRヘッドセットを装着するといった手順が必要だったが,この方式なら1回で済む。つまりオペレーションは格段に楽になるわけだ。さらに,操作方法を統一してアトラクションの説明もVR内で済ませることで,運用コストを大きく下げることもできるという。さらに,アトラクションでは避けられない待ち時間も,楽しめるものにできる。
このシステムで提供されるのは,VRロビー的な空間と,その内部で起動されるVRアトラクションだ。これは,OSとアプリ的な関係とも言える。VRでの実行環境内で,さまざまなアトラクションアプリが展開可能になるわけだ。
「これは遊園地の未来なのか」という問いに対して,安藤氏は明確に否定し,「これはすべてのレジャーの未来形なのだ」と答えていた。ゲーム的なものだけではなく,あらゆる種類の娯楽を扱えるものとしてシステムを構築しているという。
ここで安藤氏は,そもそも人々がVRに求めているものは何かについて端的にまとめていた。曰く,
- 別の自分になって
- 別の世界に行って
- 仲間と過ごすこと
であるという。
「映画もマンガもラノベも,すべてVRに求めているモノは同じだ」と安藤氏は指摘した。そのようになるのはもう既定路線であり,それを体験できる場をハシラスが提供していくという。
最初に示されたのは,ハシラス社内の開発環境だ。Viveのベースステーションが設置された部屋に,机とPCがある……というか,Viveのプレイルームに机が設置されている。つまり,開発中にViveをかぶれば,すぐに動作確認ができる環境だ。スペース的には贅沢な使い方だが,これも必要上からやっているとのことだった。
2018年8月24日10:45頃追記:初出時に古林克臣氏のお名前を誤って記載しておりました。お詫びして訂正いたします。
なお,ハシラスにおける開発は,ほぼUnityで行われている。Unreal Engineでの開発実績もあるが,エンジニアの数的にも,Unityが多く使われているとのこと。ネットワークプログラムには独自開発の「HNET」が使われている。これは,UDP通信を主としたライブラリのようだ。
フリーロームVRということもあってか,使用するVR HMDは,ほぼVive系だそうだ。将来的には,スタンドアロン型に置き換わるだろうと予測しているそうだが,Inside-Out型のポジショントラッキングは,VR HMDが1台ならよいものの,マルチプレイヤー環境だと収拾が付かなくなるらしく,当面は,時代に逆行してもOutside-In型のトラッキングを使い続けるという。
講演の中で古林氏は,「VRアトラクションには大きな特徴がある」と述べる。それは,サーバーとクライアントがあることだ。起動するアトラクションそれぞれにサーバーがあり,サーバーそれぞれがクライアントを2台ないし4台抱えるといった図式であるためだ。つまり,これらのVRアトラクションは,本質的にネットワークゲームであるという。同時に古林氏は,「ネットワークゲームは,単体ゲームの5倍難しい」という言葉を引用して,開発の難しさを強調していた。
また古林氏は,今後のVR開発を「VR HMDやデバイス関連のなにかを作ること」だと思い込んでいると,間違える可能性があると注意を促していた。VRがVRMMOに進むことが必然であるなら,それも当然なのだろう。それゆえに,オンラインゲーム開発の経験が重要とのことだ。
VRやARの未来については,「SAO(ソードアート・オンライン)か電脳コイル,またはまったく違う何か」になるだろうとの予測が示され,とくに「まったく違う何か」を推していた。ハシラスのシステムからして,「Ready Player One」における「OASIS」や,「サマーウォーズ」における「OZ」のような例が出なかったのは,ちょっと不思議だったが。
なんにせよ,一般的なVRゲーム開発よりもリッチな体験を扱っている人たちは,VRの未来を見据えていた。それが遠い未来なのか,それとも近い未来なのかは不明だが,誰もがVRに期待したモノが,少しずつ形作られているのは間違いないようだ。