WHOの専門家はゲーム障害の追加を擁護する「モラルパニックは別問題です」
最近の世界保健機構の「ゲーム障害」を含む「疾病及び関連保健問題の国際統計分類」(ICD-11)の最新の草案の決定では,学術的にも業界的にも,さらには消費者レベルでも批判があふれ出した。
あなたがどう聞いているかはともかく,「ゲーム障害」はまだ公式に認定されたものではない。推奨は繰り上げられたが審査プロセスは来年中に行われる。
この決定に対する信頼できる批評家 ―論文「ゲーム障害に対する科学的根拠の脆弱さ:用心で誤らせる」の共著者であるオックスフォード大学のAndrew Przybylski教授のような― も,これが最終決定を意味しないことには同意するだろう。むしろ,「プロセスのもうひとつのステップ」であり,実際のところ,この問題に関する議論と分析の新たな機会を作り出している。
「発表はされました。しかし1月になるまで最終ではありません」とPrzybylski氏はGamesIndustry.bizに語った。「我々はまだこれが明らかに未熟だと考えています。しかし,これはゲーム業界にここでの彼らの役割は何なのかを現実的にする機会を提供してくれます」
「オープンで透明性がありたくましき科学の子として……私はゲームを作る人たちにはここで果たすべき役割があると考えています。我々は本当に業界と協力する必要があります。ゲームメーカーは非常に多くのデータを収集し制御しています。真の問題はそのデータが公開されていないことです」
「我々はまだこれが明らかに未熟だと考えています。しかし,これはゲーム業界にここでの彼らの役割は何なのかを現実的にする機会を提供してくれます」
―オックスフォード大学Andrew Przybylski教授
「データがありません。誰も自分の仮説を事前登録できないのです ―現在の会社を除いて― そして実のところ,この草案の正式化へのステップには新たにしっかりとした研究が要請されています。私は想像できますが,ゲームを本当にこの案件の肯定的な部分にしてしまう人たちがいるのです……。それは,一方でLoot Boxなどのシステムへの反省を含もうとしており,もう一方でそれは冷徹なデータを必要としています。しかし,そのようなデータは本当に入手が難しいのです」これまで,WHOはプロセスを完全に商業的関心から分離してきた。―産業機関,デベロッパ,パブリッシャなど― そしてどの段階でも業界関係者に相談していない。
GamesIndustry.bizとの会話の中で,WHOのメンタルヘルス部門と薬物乱用部門のコーディネーターを務めるVladimir Poznyak博士はとくに業界からの怒りを集めている決定について説明した。
「障害の分類を進めることは,WHOの基幹となる規範的機能です。そして商業的かつプロセスの結果に既得権益を持つ可能性のあるものの影響を排除するために可能な限りのことを行っています」と博士は語る。「そういう理由ですので,これは完全にWHOのルールと手続きに則っており,我々は業界に相談はしていません」
Poznyak博士は,状況に関連した負担軽減で果たす役割などについて,まだ業界と対話する機会はあるという。
「我々はゲーム業界との対話の可能性について考えています。意見の交換や多くのことの明確化などですが,最大の問題は,ゲーム業界がデベロッパやゲームの流通業者としてどんな役割ができるのか,公的な健康問題の軽減でなにができるのかです」と博士は語った。「私はこの可能性を排除しませんが,明確にしておきたいのは,これはWHOの規範的指導につながるプロセスとは切り離されたものだということです」
対立問題は確実に起こるだろう。「ゲーム障害」をDCM-11の草案に含むことはいくつかの疑問を引き起こす。それはニュースの発表直後からWHOに問い合わせて未回答となっているものだ。
「(WHOは)商業的かつプロセスの結果に既得権益を持つ可能性のあるものの影響を排除するために可能な限りのことを行っています」
―WHO Vladimir Poznyak博士
それらの疑問のひとつは「ゲーム障害」の正式化の臨床的有用性としてどんなものが実際にあったのか,なにを成し遂げたのかに関するものだ。「ゲーム障害を分類に入れることは健康の専門家に障害の特定の可能性とそれがあればゲーム障害に関するすべての知識と患者を組み合わせた診断の可能性をもたらします」とPoznyak博士は説明する。「これがあれば,障害の原因を予測し,最も適切な予防と治療介入を特定できるようになります」
「ほかの側面もあります。コードを割り当てることで治療需要の傾向をモニタリングできる可能性があるなどです。もちろん,臨床的有効性に関連して,同じ概念について話すことで医療従事者とのコミュニケーションが改善されます― とくに(※アメリカやイギリス以外の)いろいろな国で―」
本質的に「ゲーム障害」は,徐々に世界集の医療関係者の間で認知された症例となりつつある。このように,治療プログラムは国際的監視なしに整備されてきた。WHOの症例としての正式化決定は,この障害がどのように定義され治療されるのかに対して,結束と一貫性を加えることを意図して行われてきた。
WHOは「ゲーム障害」に,一般的に1年以上続く行動パターンという非常に厳格な定義を与えている。それは,個人的な健康状態に負担を与えるゲーム習慣で制御を失った個人として見られており,『個人的,家庭的,社会的教育的,職業的、その他,機能の重要な部分での著しい減損』を招きかねないものとされている。
明文化された定義は「ゲーム障害」の最も極端な症例しか含んでおらず,Poznyak博士は批評家の主張に対して,「ゲーム障害」の正式化はモラルパニック(※この場合はゲームを危険視することでの弾圧など。ゲーム業界的に最も懸念される部分でもある)を招くだけでなく,Przybylski氏とその同僚が異常行動ジャーナルで示唆しているとおり,それ自体がその産物であると反論している。
「モラルパニックは別問題です。現在正式化が進められているガイドが臨床的症例となったときのモラルパニックは別問題です」
―WHO Vladimir Poznyak博士
「マスメディアを見れば分かるように,ときおり非常にスキャンダラスな話が出てきます」とPoznyak博士は説明する。「しかし同時に,ICD-11の結論を導くプロセスで,我々は科学的証拠,臨床記録,さまざまな国での治療需要傾向から分かったことをもとに審議を行っています。メディアの報道については我々の考慮するところでありません」Poznyak博士はアメリカ精神医学会による決定を強調した。それは,精神疾患の診断と統計マニュアル第5版ですでに「臨床的事実」として示唆しつつ今後の課題としてトピックが挙げられた「インターネットゲーム中毒」を含んでいる。
「モラルパニックは別問題です」とPoznyak博士は語る。「現在正式化が進められているガイドが臨床的症例となり,ヘルスケア従事者用の診断分類となったときに起こるであろうモラルパニックは別の問題です。ですので,ICD-11の作成に含まれるプロセスでの,モラルパニックと形容されるものへの影響は私には分かりません」
決定に対する別の立場として,「ゲーム障害」はその他のメンタルヘルスと同様に症例や対処メカニズムが少なく,「ゲーム障害に対する科学的根拠の脆弱さ:用心で誤らせる」で示唆されているように,ゲーム障害と薬物乱用を混同することは,「大衆へのミスリーディングや根拠のある証拠の欠如になぞらえることができる」。
「何人かの人々は,その他のメンタルヘルス問題への対処法と同様に,プレイしすぎているかもしれません」という。「その他の人々にとって,ゲームは,その人の人生の方向性に関する実存的危機の一環としての不愉快な活動(仕事や学校など)を避ける方法になりえます。もし我々が,精神的障害の問題への対処や対応を同一視した場合,これは精神医学的診断の柔軟な境界を拡大することになります。それは無意味さを拡大し,おそらくは行動中毒研究の否定的見解に帰結します」
Poznyak博士とWHOは,新たな症状の評価では,ほかの症例や正常状態との識別診断には細心の注意を払うことが要求されていると反論している。加えて,WHOはゲーム障害とそれ以外のメンタルヘルス問題(抑鬱や不安症のような薬物乱用での有病率)との並存疾病(主要な障害・疾病と同時に発生した障害・疾病の存在)の有病率にはとくに注意を払っているという。
「もし我々が,精神的障害の問題への対処や対応を同一視した場合,これは精神医学的診断の柔軟な境界を拡大することになります」
―異常行動ジャーナル「ゲーム障害に対する科学的根拠の脆弱さ:用心で誤らせる」より
「たとえば,あなたが賭博障害か薬物誤用障害になった場合。あなたはほかの症状との非常に高い並存疾病を有しているでしょう」とPoznyak博士は語る。「50%以上かもしれません。しかしそれは病型自体が存在しないということを意味するものではありません。たとえば,並存率が非常に高い賭博障害とアヘン使用障害ではこれは確実に正しいことです。まったく同じことがゲーム障害についてもいえます。はい。実際に同じ人にほかの症状が診断されます(いつもではありませんが)。同時に,それはほかの症状と分別・診断できる非常に明確な病型なのです」評価プロセス自体が有識者や学会から透明性や学術的厳密さないし科学的方法の遵守が,Przybylski氏がいうところのWHOの手厳しい起訴には欠けていると批判された。
「多くのものと同様に,新しい障害を識別することは人間的に大事業ですので,政治的関心や研究的関心も出てくるでしょう。我々が認めたいかはともかくとして,助成金や論文,学会の流行という面での関心も出てくるでしょう」と氏はGamesIndustry.bizに語った。
「いまいましいことですが,現実的でもあります。ですので,もし私がこの問題を指摘する30人以上の同僚に加わってもコンセンサスは得られないでしょう。しかし,WHOのプレスリリースではコンセンサスがあったとなっており,明らかな食い違いがあります。問題になるのはこの食い違いがいいものか悪いものかです。問題は,その食い違いでなにをしようとしているのか? それは本当に我々が進めるべきやり方なのか? です。私は,正しい人がいて間違った人がいると考えるのはあまりに危険だと言いたいのです。起こるべきことは開かれるべきですし強力な科学であるべきです。なぜなら,我々はなにが事実に納得して初めて,本当の意味で意見を上げることができるのですから」
「起こるべきことは開かれるべきですし強力な科学であるべきです。なぜなら,我々はなにが事実に納得して初めて,本当の意味で意見を上げることができるのですから」
―オックスフォード大学Andrew Przybylski教授
結局のところ,透明性の欠如は最大の問題のひとつになっている。とくに公的な談話に関しては。WHOのプレスリリースでは討論による科学的なコンセンサスがあったと主張して,―全会一致の決議だったとしているが,それはWHOの専門家仲間の内部だけでのことだ。さらに同組織がGamesIndustry.bizに認めているとおり,ゲーム障害に対してなんら新しい研究を実施していなかった。「知見を得た研究はありませんでした」と博士は語る。「我々は(すでに)発表されている研究をもとに審議しました。我々はとくに世界のさまざまな地域での臨床的記述を調べることに注力してきました。我々は,グループの専門家に審議を通知できるように,文献の体系的なレビューを委託しました」
「我々の専門家内ではコンセンサスがありました。しかし強調しておきたいのは,WHOの専門家間のコンセンサスはこの問題に取り組むすべての研究者のコンセンサスを意味しないということです。どのような症例であれ,研究者や臨床医と100%のコンセンサスを得ることはないでしょう」
「これはきわめて当たり前のことです。なにも異常ではありません。しかし,我々の専門家の決議は全会一致でした。我々はゲーム障害を特定の臨床的症例として議論するための十分な証拠を持っていたのです。臨床例には特定の特徴と特定の原因がありました。世界中の医療関係者は,この症例を認識する能力を持って,必要な場合には予防と治療を行えなくてはなりません」
「ゲーム障害」が最新版のICD-11に追加されたとしても,それは草案にすぎないことは繰り返し述べておく必要があるだろう。このように,これは今後,WHOの2019年5月のWHO総会で認証される前に1年間行われる公開諮問プロセスで引っくり返すべき主題である。
その時点でもICD-11は2022年1月1日までは正式に認可されない。そして国々が健康管理にこの変更を適用するまでにはさらなる年月がかかるだろう。
UKIE(※英国インタラクティブエンタテイメント協会)などの産業貿易機関はWHOの決定に対して迅速な言及(関連英文記事)を行っている(※UKIEやESAのWebページではWHOの決定をトップのトピックで扱っている)。我々の同僚であるRob Faheyが示唆しているように(関連英文記事),WHOがプロセスを次のステップに進めるのに対して,ゲーム業界はよりいっそう結束を強める必要がある。
※本記事はGamesIndustry.bizとのライセンス契約のもとで翻訳されています(元記事はこちら)