イギリス労働党はいかにしてゲームで選挙を勝ち抜くか
ゲームデザイナーのRosa Carbo-Mascarell女史はゲームを介して政治へのアクセスを可能にする
英国の政治は,ときにひどく鈍いという固有の問題がある。言い回し,基準の枠組み,政策を取り巻く無数の複雑さ。政治的議論はしばしば不可解で,基礎知識がない人々は完全に取り残されてしまう。
その点で,政治は奇妙なほどゲームと似ている。人は何が起きているのかをきちっと理解しているか,まったく理解していないかのどちらかだ。いずれも明らかに難しいことだが,国全体の未来が宙ぶらりんの状態になっているとき,この近づきがたいという特質は大きな問題だ。そのような中,アクセシビリティ(近づきやすさ)を確保するのは成功への鍵となる。それすなわち,Angry BirdがBloodborneよりもメジャーだったり,テレビドラマMASHのシリーズ最終回の視聴率のほうが2017年の英国総選挙の投票数よりも高かったりしたことの理由だ。
この基本原則を踏まえて「Games for the Many」は創設され,2017年5月にゲーム「走れコービン」(Corbyn Run - コービンはイギリス労働党のジェレミー・コービン党首)が突然現れた。これはAndroidとiOSの無料ゲームは,各政党が夢見ることしかできないようなそこそこの支持を集めた。15万回以上のダウンロードは,モバイルゲームの世界では明らかに小さいが,政治的なものとしては巨大な数字だ。そのうえ,BBC放送やGuardian紙からBuzzfeedやKotakuに至るまで,ほとんどのメディアで紹介された。
比較のポイントとして,政党は選挙戦の間,リーフレットやオンライン広告で何百万もの人々にアピールを試みる。そしてほとんどのリーフレットはたった一つの目標を念頭に置いて作成される。すなわち,注意を引き寄せるにはドアマットからゴミ箱に至るまでの5秒間が勝負なのだ。(※イギリスではドアの郵便受けに郵便物を入れると室内のドアマットの上に落ちる構造になっている)そこを過ぎればリーフレットのことなど忘れられてしまう。
誰に聞いても,「走れコービン」は盛大な成功を収めたと言える。その結果,Games for the Manyは現在,労働党から直接の資金援助を受けている。
「労働党は,少数ではなく多くの人々のために立候補する我々の,国へのメッセージを伝えるための革新的な方法を模索しています。すべての選挙運動の費用は選挙法に則っています」と労働党の広報担当者は我々GamesIndustry.bizに話した。
Games for Manyには,スキルを有する多くの熱心なボランティアがいるほか,ゲームデザインの修士号を取得したばかりのRosa Carbo-Mascarell女史とCrowdPac(より良い政治を目指すイギリスの民間政治活動プラットフォーム)の政治アナリスト,James Molding氏が率いている。
「ほとんどの人は各政党の長大なマニフェストを読むためにオンライン上のサイトにアクセスすることはありません。労働党のマニフェストを一般の人々がアクセスしやすいようなものに変えることが最大の目標でした」とCarbo-Mascarell女史は語る。
もちろん,Many for Gamesは「走れコービン」だけをやっているわけではなく,かといって単なる開発スタジオでもない。彼らの存在は,ほかのデベロッパがより政治的なマインドセットを持って自分たちのゲームについて考えることを促し,他方,政界の人々にゲームの価値を教えることにもなる。
「ゲームがどのように政治に影響を与えるかという点は大きな疑問ですし,完璧な回答をできる人がいるかも分かりません。ですから,私たちは,なるべく草の根的に活動を広げていこうと考えています」とCarbo-Mascarell女史は言う。
「私たちはゲームを作っているだけではないのです。ゲームジャムを開催して,多くの人にゲームの作り方や,発言の機会を与えるというやり方で,ゲームで政治を表現する方法を教えています。政治に対してゲームが持つパワーを理解してもらう一助になると思います」
デベロッパ,政策立案者,Momentum(コービン党首派の政治団体)などの政治キャンペーングループは,ロンドンのレッド・ミュージアムで12月2日と3日に開催される初のゲームジャムに招待されている。次のゲームジャムは来年,マンチェスター行われる予定だ。
Carbo-Mascarell女史によれば,ゲームは複雑な政策にアクセスできないという障害を克服する独自の立場にあり,だからこそゲームジャムは重要な役割を果たすという。
「とくにゲームは,システムの仕組みを教え,非常に複雑なアイデアで遊ぶことを可能にさせるのに適しています。ですから,人々が政治に興味を持つよう助けることは,とても価値があると思うのです」
Games for the Manyは「走れコービン」で強い印象を残したが,労働党を本当に知らしめるのはゲームジャムや将来のプロジェクトであり,それがこのプロジェクトの長期目標にほかならない。
Carbo-Mascarell女史は,労働党は完全に彼らのバックについており,ジェレミー・コービン党首自身が出席したミーティングでは,彼らの提案をすべて承認したと話す。
しかし,政治の動きは速く,ゲーム開発はそうではない。これは,政策にアクセスできるようにするという彼らのプライム・ディレクティブ(主要な指針)に,独特の挑戦が課せられることになる。
「そういう意味では,確かに難しいことですが,今のゲーム開発の良いところは,以前よりもスピード感があることです。政治的なゲーム開発もより簡単にできるようになりました」と,Carbo-Mascarell女史は言う。「一瞬だけ話題になって,一年後にはもう誰も見向きもしないようなニュースに関するゲームを作るのにまるまる1年費やす必要はありません」
現在,Many for Gamesは,特定のポイントではなく「ある一定の感情」を示すプロジェクトを構築しなければならないという。
Carbo-Mascarell女史は次のように説明する。「『走れコービン』の例では,私たちが設計した感情は勢いを増していました。コービンをプレイし,マニフェスト/公約を発表すると人々が加わります。私たちはマニフェスト/公約そのものにはあまりコメントしませんが,プレイヤーは発表時にそれを見ることになります。ただ,力学的の感情としては,プレイヤーがムーブメントを構築しているように感じるのです」
シンプルで,効果的で,魅力的なゲームであること。次のプロジェクトで達成すべきものは,はるかにハードルが高いものになるだろう。多くをシェアしてもらうことはできなかったが,Games for the Manyは2018年5月の地方選挙のために何かを開発している。ただし特定の立候補者や課題を把握できていないわけで,きわめてチャレンジングなものであるはずだ。
メインとなるプロジェクトでは,AR(拡張現実)を使って選挙ボランティアのインセンティブを高める方法を検討している。労働党の影の大臣ジョン・マクドネル氏(※)はこれを「選挙活動のためのPokemon Go」と冗談交じりに呼んでいる。
※イギリスで野党(ここでは労働党)が設置する政策立案機関(対抗模擬内閣)
ゲーミフィケーション(ゲームデザインの技術やメカニズムを異なる分野で利用すること)のシステムは,教育からダイエットまで,数多くの分野で大成功を収めている。バッジやポイントのようなシンプルなインセンティブは,我々の頭の中の報酬体系を活性化させるのに十分なものだが,Carbo-Mascarell女史はそれを取り入れない。
「私たちはゲーミフィケーションから脱却しようとしています」と彼女は語る。「バッジやポイントはとくに有用だとは思いません。なぜなら,プレイヤーが実際に夢中になっていない限り,バッジは意味を持ちませんから。ですから,こういうケースでは,そういう方向に進むべきなのか確信が持てません。私たちはゲーミフィケーションのプールではなく,ゲームデザインや,コンテキストの中でどういうメカニクスがうまくいくのかについてもっと考えてみたいと思います」
デベロッパとしてまだまだ初期のステージにいるにもかかわらず,Games for the Manyはゲームの応用で未踏の道を切り開いた。明らかに,かつてゲームは政治的なものだった。「Papers Please」「This War of Mine」や「Bury Me,My Love」のようなゲームタイトルは,難しい事実や,きわめてリアルな問題をあえて避けていない。しかし,Games for the Manyは,苦しみの微妙な差異を描こうとしているわけではない。複雑で不透明な政治の織物をほどいて,誰でも理解できるように編み直しているのだ。
英国の政治は,ときにひどく鈍いという固有の問題がある。言い回し,基準の枠組み,政策を取り巻く無数の複雑さ。政治的議論はしばしば不可解で,基礎知識がない人々は完全に取り残されてしまう。
その点で,政治は奇妙なほどゲームと似ている。人は何が起きているのかをきちっと理解しているか,まったく理解していないかのどちらかだ。いずれも明らかに難しいことだが,国全体の未来が宙ぶらりんの状態になっているとき,この近づきがたいという特質は大きな問題だ。そのような中,アクセシビリティ(近づきやすさ)を確保するのは成功への鍵となる。それすなわち,Angry BirdがBloodborneよりもメジャーだったり,テレビドラマMASHのシリーズ最終回の視聴率のほうが2017年の英国総選挙の投票数よりも高かったりしたことの理由だ。
比較のポイントとして,政党は選挙戦の間,リーフレットやオンライン広告で何百万もの人々にアピールを試みる。そしてほとんどのリーフレットはたった一つの目標を念頭に置いて作成される。すなわち,注意を引き寄せるにはドアマットからゴミ箱に至るまでの5秒間が勝負なのだ。(※イギリスではドアの郵便受けに郵便物を入れると室内のドアマットの上に落ちる構造になっている)そこを過ぎればリーフレットのことなど忘れられてしまう。
誰に聞いても,「走れコービン」は盛大な成功を収めたと言える。その結果,Games for the Manyは現在,労働党から直接の資金援助を受けている。
「労働党は,少数ではなく多くの人々のために立候補する我々の,国へのメッセージを伝えるための革新的な方法を模索しています。すべての選挙運動の費用は選挙法に則っています」と労働党の広報担当者は我々GamesIndustry.bizに話した。
Games for Manyには,スキルを有する多くの熱心なボランティアがいるほか,ゲームデザインの修士号を取得したばかりのRosa Carbo-Mascarell女史とCrowdPac(より良い政治を目指すイギリスの民間政治活動プラットフォーム)の政治アナリスト,James Molding氏が率いている。
「ほとんどの人は各政党の長大なマニフェストを読むためにオンライン上のサイトにアクセスすることはありません。労働党のマニフェストを一般の人々がアクセスしやすいようなものに変えることが最大の目標でした」とCarbo-Mascarell女史は語る。
もちろん,Many for Gamesは「走れコービン」だけをやっているわけではなく,かといって単なる開発スタジオでもない。彼らの存在は,ほかのデベロッパがより政治的なマインドセットを持って自分たちのゲームについて考えることを促し,他方,政界の人々にゲームの価値を教えることにもなる。
「ゲームがどのように政治に影響を与えるかという点は大きな疑問ですし,完璧な回答をできる人がいるかも分かりません。ですから,私たちは,なるべく草の根的に活動を広げていこうと考えています」とCarbo-Mascarell女史は言う。
「私たちはゲームを作っているだけではないのです。ゲームジャムを開催して,多くの人にゲームの作り方や,発言の機会を与えるというやり方で,ゲームで政治を表現する方法を教えています。政治に対してゲームが持つパワーを理解してもらう一助になると思います」
デベロッパ,政策立案者,Momentum(コービン党首派の政治団体)などの政治キャンペーングループは,ロンドンのレッド・ミュージアムで12月2日と3日に開催される初のゲームジャムに招待されている。次のゲームジャムは来年,マンチェスター行われる予定だ。
Carbo-Mascarell女史によれば,ゲームは複雑な政策にアクセスできないという障害を克服する独自の立場にあり,だからこそゲームジャムは重要な役割を果たすという。
「とくにゲームは,システムの仕組みを教え,非常に複雑なアイデアで遊ぶことを可能にさせるのに適しています。ですから,人々が政治に興味を持つよう助けることは,とても価値があると思うのです」
Games for the Manyは「走れコービン」で強い印象を残したが,労働党を本当に知らしめるのはゲームジャムや将来のプロジェクトであり,それがこのプロジェクトの長期目標にほかならない。
Carbo-Mascarell女史は,労働党は完全に彼らのバックについており,ジェレミー・コービン党首自身が出席したミーティングでは,彼らの提案をすべて承認したと話す。
しかし,政治の動きは速く,ゲーム開発はそうではない。これは,政策にアクセスできるようにするという彼らのプライム・ディレクティブ(主要な指針)に,独特の挑戦が課せられることになる。
「そういう意味では,確かに難しいことですが,今のゲーム開発の良いところは,以前よりもスピード感があることです。政治的なゲーム開発もより簡単にできるようになりました」と,Carbo-Mascarell女史は言う。「一瞬だけ話題になって,一年後にはもう誰も見向きもしないようなニュースに関するゲームを作るのにまるまる1年費やす必要はありません」
現在,Many for Gamesは,特定のポイントではなく「ある一定の感情」を示すプロジェクトを構築しなければならないという。
Carbo-Mascarell女史は次のように説明する。「『走れコービン』の例では,私たちが設計した感情は勢いを増していました。コービンをプレイし,マニフェスト/公約を発表すると人々が加わります。私たちはマニフェスト/公約そのものにはあまりコメントしませんが,プレイヤーは発表時にそれを見ることになります。ただ,力学的の感情としては,プレイヤーがムーブメントを構築しているように感じるのです」
シンプルで,効果的で,魅力的なゲームであること。次のプロジェクトで達成すべきものは,はるかにハードルが高いものになるだろう。多くをシェアしてもらうことはできなかったが,Games for the Manyは2018年5月の地方選挙のために何かを開発している。ただし特定の立候補者や課題を把握できていないわけで,きわめてチャレンジングなものであるはずだ。
メインとなるプロジェクトでは,AR(拡張現実)を使って選挙ボランティアのインセンティブを高める方法を検討している。労働党の影の大臣ジョン・マクドネル氏(※)はこれを「選挙活動のためのPokemon Go」と冗談交じりに呼んでいる。
※イギリスで野党(ここでは労働党)が設置する政策立案機関(対抗模擬内閣)
ゲーミフィケーション(ゲームデザインの技術やメカニズムを異なる分野で利用すること)のシステムは,教育からダイエットまで,数多くの分野で大成功を収めている。バッジやポイントのようなシンプルなインセンティブは,我々の頭の中の報酬体系を活性化させるのに十分なものだが,Carbo-Mascarell女史はそれを取り入れない。
「私たちはゲーミフィケーションから脱却しようとしています」と彼女は語る。「バッジやポイントはとくに有用だとは思いません。なぜなら,プレイヤーが実際に夢中になっていない限り,バッジは意味を持ちませんから。ですから,こういうケースでは,そういう方向に進むべきなのか確信が持てません。私たちはゲーミフィケーションのプールではなく,ゲームデザインや,コンテキストの中でどういうメカニクスがうまくいくのかについてもっと考えてみたいと思います」
デベロッパとしてまだまだ初期のステージにいるにもかかわらず,Games for the Manyはゲームの応用で未踏の道を切り開いた。明らかに,かつてゲームは政治的なものだった。「Papers Please」「This War of Mine」や「Bury Me,My Love」のようなゲームタイトルは,難しい事実や,きわめてリアルな問題をあえて避けていない。しかし,Games for the Manyは,苦しみの微妙な差異を描こうとしているわけではない。複雑で不透明な政治の織物をほどいて,誰でも理解できるように編み直しているのだ。
※本記事はGamesIndustry.bizとのライセンス契約のもとで翻訳されています(元記事はこちら)