空間を広げるデジタルコンテンツは面積に制約のある施設ビジネスの救世主。「おもちゃのくにとふしぎなかみひこうき」インタビュー
紙飛行機が当たった場所からは,映像の中へ向けて玩具の乗り物が飛んでいき,映像にさまざまな変化を与える。背景に色が付いたり,お菓子の飾りが出現したりするのだ。これはゲームのようでもあり,インスタレーション的でもあるが,未就学児をターゲットとして,ゲームメーカーではない会社が開発したという点もユニークだ。
現在はナムコが展開する遊戯施設「あそびパークPLUS」で稼働する同作に関し,開発を担当したワン・トゥー・テン・ドライブ(以下,1→10drive)と,運営を行うナムコの担当者にその成り立ちを聞いてみた。
プロモーションとして使われていたデジタルコンテンツを,単体の商品に
――本日はよろしくお願いします。ゲームのようでありつつゲームではない「おもちゃのくにとふしぎなかみひこうき」(以下,かみひこうき)についていろいろと話を聞かせてください。
梅田亮氏(以下,梅田氏):
北原妙子氏(以下,北原氏):
「かみひこうき」のプロデューサーをやっております北原です。
白井慧氏(以下,白井氏):
CGアーティストで,「かみひこうき」のアートディレクションをしています白井です。
真辺浩二氏(以下,真辺氏):
真辺です。「かみひこうき」では,テクニカルディレクターとして技術回りを統括するような立ち位置です。
佐藤誠一氏(以下,佐藤氏):
エンジニアの佐藤です。Unityを使って「かみひこうき」の制作をしました。
内藤浩司氏(以下,内藤氏):
ナムコ側で「かみひこうき」を担当している内藤です。
――まずはワントゥーテン(1→10)の概略から教えていただけますか?
梅田氏:
――では,「かみひこうき」の1号機が設置されている「あそびパークPLUS」はどういった施設なのでしょう。
内藤氏:
ひと言でいえば,未就学児に向けて遊びを提供するのが「あそびパーク」です。さらにデジタルとアナログを融合した新しい遊びを提案するのが「あそびパークPLUS」(公式サイト)となります。
ゲームセンター市場は7年前から縮小傾向にあり,「遊びを提供しつつ,新しい業態や遊びを開発する」ということで「あそびパーク」が誕生しました。同様の取り組みは他社さんでもやっておられますから,差別化が必要ということで「あそびパークPLUS」のコンセプトが生まれました。砂場に海をプロジェクションマッピングする「屋内砂浜 海の子」が第1弾,今回のイオンモール富谷店(公式サイト)に設置された「かみひこうき」が第2弾プロジェクトとなります。我々としては,デジタルコンテンツを新業態のキーファクターとして捉えているわけです。
――「かみひこうき」を開発するに至った経緯を教えてください。
北原氏:
梅田氏:
今までは,こうしたインタラクティブコンテンツをイベントなどのプロモーションの一環として展開していましたが,それだけではもったいないんじゃないかという話もあり,単体での製品化がスタートしたわけです。
実際に子供たちと触れあった経験をコンテンツ作りに活かす
――壁面に投影された映像に,実際の紙飛行機を投げると,当たった場所に応じて変化が起こるという遊びが面白く感じられました。
北原氏:
元々,紙飛行機を使うというアイデアは社内に存在していました。壁面の映像に当たると変化するという辺りが,「あそびパークPLUS」のコンセプトと相性が良かったんだと思います。
――このアイデアを最初に聞いたときはいかがでしたか?
内藤氏:
北原氏:
弊社でも,昭和初期にあるようなプリミティブな遊びのほうが,デジタルコンテンツとの相性が良いんじゃないかという話がよく出ていました。メンコや紙相撲,けんけんぱ,影踏みなどいろいろな案が出ましたが,クオリティアップしやすいのが紙飛行機だったんです。
内藤氏:
小さなお子さんが対象なので,HMDを装着してもらうなど細かい説明ができませんし,なにより親御さんと一緒に遊んでいただきたかったんです。
――私のような大人からすると,現在の子供たちはTCGなどバトルっぽいものを好んでいるという先入観があったのですが,「かみひこうき」にはこうした要素を取りいれなかった理由はどういったものでしょう。
北原氏:
個人的に休日には駄菓子屋をしており,そこで子供たちを観察した結果です。実は,「あそびパークPLUS」の対象年齢である4〜5歳のお子さんは,駆け回るなど身体を動かすことが楽しくて仕方ない年代なんです。
――バトル的な要素を好むのは,もう少し成長してからということなんでしょうか。
北原氏:
そうですね。小学校に入学してからのことではないかと見ています。そこで,「かみひこうき」では,バトルなどゲームっぽい要素は入れないほうがいいんじゃないかと思いました。
――なるほど。実際に子供たちと触れあった経験があるからこそ,私のように先入観に囚われることがなかったわけですね。
北原氏:
ゲーム的要素があるとルールが発生してしまいます。4〜5歳の子供にルールを押しつけると,飽きてしまいやすかったり,なかなか理解できないといった問題が出ますので,自由に遊んでもらえる現在の形となりました。
ただ,「繰り返し遊んでもらうにはどうすればいいか」ということを突き詰めた結果,最終面だけは「囚われた玩具たちに紙飛行機を当てて解放する」という目的を導入しています。
合宿を行い,連絡に使っていた時間をクオリティアップに充てる
――男児と女児では好みも違うと思いますが,一つのコンテンツで両方をターゲットにするうえで気を使ったところはありますか?
北原氏:
「男女ともに楽しめる絵作り」を心がけました。例えば,紙飛行機が当たったところから出てくる乗り物玩具も,男児の好む飛行機から,女児が好きな木馬やアヒルの人形まで揃えています。また,ステージの背景も男の子向けの「ジャングル」,女の子向けの「お菓子の国」そして両方に向けた「子供部屋」と,どちらの性別にもアピールできるようにしました
――男児も女児も,好きなものが出てきて満足できるわけですね。
北原氏:
男児は,お菓子の国など女児っぽいものに抵抗があるんじゃないかと思いましたが,乗り物玩具が出てくるというところで受け入れてもらえたようです。
――稼働前にフォーカステストは行われましたか?
北原氏:
はい。難度と絵に対する反応を見ました。「身長が低いと,紙飛行機は思ったより低い位置にしか当たらないから,遊びの部分は画面のこの辺りに集中させよう」といった気づきが得られました。
――では,「かみひこうき」を開発するうえで技術的に苦労された点はありますか?
佐藤氏:
――遠隔地であっても,今回のようにWebカメラを使ったTV会議や電子メールがあればプロジェクトを進められるんじゃないか,という意見もありますが。
佐藤氏:
やっぱり,作業者が目の前にいないとやりにくいですね。
――では,合宿状態の中で印象に残った出来事などありますか?
北原氏:
アナログな話ではあるんですが,しょっちゅうご飯を一緒に食べるなどで皆の距離が縮まった感じがありますね。今回のプロジェクトは体験型の遊びですから,言葉にしづらい部分も多く存在していましたが,距離が縮まってからはやり取りもよりスムーズになりました。
――クオリティの面ではいい影響がありましたか?
北原氏:
はい。開発者同士の距離が縮まることで,感覚的なところでクオリティがぐっと上がった印象があります。例えば,紙飛行機が映像に当たったときのリアクションや判定の大きさ,お客さんがもう一度遊びたくなるというのはどういういうことか……といった部分です。とくに佐藤はこれまでソーシャルゲームの開発に携わっていて,「かみひこうき」とは違った層をターゲットにしていたんですが,効果も大きかったようです。
佐藤氏:
作業時間がぐっと短縮できたので,その分の時間を面白さのアップに使えました。僕が東京にいたときなんかは,連絡を取るためだけに一日中slack(ビジネス向けチャットツール)を打っていたことがあったりもしましたから。
――ソーシャルゲームに携わっていたときのと違いはありましたか?
佐藤氏:
プレイヤーが何を面白がってくれ,何をつまらないと感じているのかといった反応がすぐに見えるという点が違いますね。ソーシャルゲームはログといった形で反応が分かるのは確かですが,自分の目で直接見るとモチベーションも上がりますし,凄くいい経験だと思いました。
――大人が未就学児向けのコンテンツを作るにあたり,感性の違いなどを感じたことはありますか?
佐藤氏:
最終面で「ふうせんかいじゅうプカゴン」が怒るシーンですね。吠える感じにブラーっぽいエフェクトをかけたり,画面を揺らしているんですけど,お子さんから「怖い」という反応が出て驚きました。
――ゲームにはよくある効果なので,大人としては何とも思わないんですが,お子さんはそうではない。
北原氏:
泣いてしまうところまではいかなかったんですけれど,怖がっていたり,立ち向かったりといろいろでしたね。
白井氏:
ビックリさせようと狙って実装した効果ではあるんですが,バランスが難しいですね。
北原氏:
細かい点になりますが,紙飛行機を投げるペースや飛んでいく速度も,大人の自分と未就学児ではまったく違いました。
――子供に向けて作ったつもりではあっても,実際に反応を見てみないと分からないところも多いわけですね。では,開発に当たって苦労された点はありますか?
北原氏:
「あそびパークPLUS」に設置するに当たっては,「何分くらい遊んでもらいたいか」ということを考えないといけないので,そこが苦労しました。単に「紙飛行機が映像に当たって,そこから玩具の乗り物が飛んでいく」だけだと,お子さんが飽きてしまって滞在時間が短くなってしまいますから,そこから先を考えないといけなかったわけです。そこで,玩具の乗り物から背景に色が付いていったり,お菓子のトッピングが出てきたりといったさらなるリアクションを考えました。「テンポが悪くなってしまうんじゃないか」「何もないのに背景に色が付くのはおかしいんじゃないか」といった議論がありましたが,紙ベースの議論ではなかなか落とし所がなかなか見えなかったことにも苦労しました。
――では,白井さんはいかがでしょう。
白井氏:
北原氏:
お子さんはゲームをしていてもその瞬間の体験の楽しさで,話を追うことを忘れてしまうんです。「お子さん向けにゲームを作るときはストーリーから作ってはいけない」わけですが,今回はその逆をやりました。つまり「子供の考え方や動きを基に,彼らが喜ぶことに起承転結を付け,これを言葉にしてつなげていった」わけです。白井さんを悩ませてしまったところはありますが,結果としていい体験になったなら良かったです。
――真辺さんが苦労された点はどこですか?
真辺氏:
そこで,ある程度より小さいものには反応しないようにしたんですが,あまり厳しくすると紙飛行機を検知しなくなりますし,甘くすると小さなお子さんの手でも反応してしまいます。ちょうどいい具合にしないといけないんです。ただ,お子さんの反応を見るのは楽しかったですね。普段はWebサイトの制作が中心なんですが,リアルな反応を目の前で見られるのは幸せなことだと思いました。
――佐藤さんの場合だと,どういった点に苦労がありましたか?
佐藤氏:
僕がコンテンツ作りをしていると,最後にはいつも「これは本当に面白いのだろうか?」という疑念が湧いてきてしまうんです。今回のプロジェクトでは,周囲の人達が軌道修正してくれたのがよかったですね。
北原氏:
制作が進むと初見の人の感覚が分からなくなるんですね。ただ「これは本当に面白いのだろうか?」という疑問は大事です。
白井氏:
弊社では,コンテンツの流れを作った後,「魂入れ」という段階を経ることで面白いものに仕上げていきます。佐藤さんが京都に来てこれを体験してくれたのが良かったですね。
――いろいろな意味で距離が縮まったといえそうですね。
デジタルコンテンツの可能性は,面積の制約を越えて楽しさを提供できること
――ここからは「かみひこうき」が実際に稼働してからの話を聞たいと思います。1号機は宮城県のイオンモール富谷に設置されたわけですが,ここが選ばれたのはなぜですか?
内藤氏:
その時点で一番早くオープンする新店舗だったからです。1→10driveさんには「お客様が8分以上滞留していただけるコンテンツを作ってほしい」というオファーを出しましたが,それ以上の成果を上げていただいていますね。
――滞留時間を伸ばす上で,デジタルコンテンツは有効なのでしょうか。
内藤氏:
そう考えています。こうした施設は,遊びのバリエーションが多ければ多いほど滞留していただける時間も長いことが分かっています。イオンモール富谷の「あそびパークPLUS」は他店舗よりも面積が小さいので,普通なら遊びのバリエーションも少なくなってしまうところですが,実際にはほかの大きな施設と変わらない滞留時間を実現しています。
――普通なら「面積が大きい→遊びが多い→滞留時間が長くなる」となるところが,イオンモール富谷の「あそびパークPLUS」では「面積が小さけれど滞留時間は長くなっている」と。
内藤氏:
デジタルコンテンツが持つ「空間を広げてくれる」という良さですね。普通,紙飛行機遊びは飛ばす空間が広いほど楽しさが増します。しかし,「かみひこうき」の場合だと,デジタル技術によって紙飛行機が実際よりも遠くに飛んでいるように見せられます。施設ビジネスを進めている我々としては,空間の有効活用という観点からデジタルコンテンツに注目していますし,継続的に取り組んでいきたいですね。
――実際に運用に当たる現地スタッフからの反応はいかがですか?
内藤氏:
見た目に新しく分かりやすいので「お客様に声が掛けやすい」という評判ですね。機材トラブルもないですし。
――なるほど。すでに1→10driveが知見を持っている技術で作ったことが運用面で功を奏したと。
内藤氏:
実はオープン前日の夜8時に測域センサーの一つが動かなくなり,急遽東京から持ってきてもらうという事件がありましたね。同時に真辺さんにも対応を進めていただき,センサー一つだけでも稼働できるようにしたりもしました。
真辺氏:
今でこそ笑い話ですが,当時は顔面蒼白でしたね。
梅田氏:
再発防止として,どんな人でも扱えるように,センサー設定用アプリの開発が別途進んでおります。
――新システムにトラブルはつきものとはいえ,さすがにヒヤヒヤしますね。ただ,オープン後は順調に動いているので結果オーライといったところでしょうか。
内藤氏:
ほぼメンテフリーといっていい状態です。真辺さんに取説を作ってもらったので現地でも困ることはないですし。ナムコとしては凄くありがたいと思っています。
真辺氏:
現地の運営スタッフさんに負担がないよう,自動化には気を使いました。PCの電源を入れるだけで,測域センサーのキャリブレーションも含めてすぐに動くようにしてあります。
内藤氏:
さも簡単に扱えるように見えるんですが,実際にはそんなことはなく,1→10driveさんの腕があってのことだと思います。お願いして良かったと思いますね。
依頼があってコンテンツを作る受け身ではなく,プロトタイプで仕事を提案する攻めの姿勢へ
――2017年7月の「BitSummit」では,名刺からドラゴンを生み出して戦わせる「メイシタイセン」や,小さな水槽に浮かせた船をゴールへ導くため,HMDを装着したプレイヤーと,船に風を送るプレイヤーが協力し合う「GOD BREATH YOU」といったユニークなコンテンツを送り出されていますが,こうした発想の源はどこにあるのでしょう。
梅田氏:
弊社の「1→10drive試作室」の取り組みの一環です。クライアント様からの依頼があってからコンテンツを作るのではなく,自社でプロトタイプを作って情報発信し,ビジネスにつなげていく。ここ半年ほどの取り組みなんですが,最新技術に強くなるなど,メリットが多いですね。今後はプロトタイプを出しつつ,クオリティを上げていける体制を作っていきたいです。
――プロトタイプ作りにはどれくらいの人数が携わっていますか?
梅田氏:
α版だとプロデューサー1名+エンジニア数名ですね。プロトタイプ作りは業務の一環になっています。ブレーンストーミングからアイデアが出ることもありますし,イベント出展のために期限を切って作り始めたり,新技術を見て発想したりと,制作のきっかけはいろいろです。
――実際にプロトタイプを見た企業からの反応はありますか?
梅田氏:
ありますね。社内のプロデューサーたちからも,企画書を持っていくよりは現物があったほうが外部へ紹介しやすいという話を聞いています。また,今までつながりがなかったような企業様からお問い合わせをもらったりもしていますし。
北原氏:
ネタを求めておられる企業様も多いですし,これまで以上に注目度が上がった感覚があります。
梅田氏:
ゲーム会社ではない弊社がナムコさんとお仕事をさせてもらうなど,ゲーム業界は面白いことになっているんじゃないかと思っています。ゲーム以外の領域でゲームが作られているというか。今後も,ゲーム会社ではないんですがゲームにもチャレンジしたいですし,ほかのものを作るときにもゲーム要素を参考にしていきたいと思っています。
――ありがとうございました。
1→10driveはメカトロニクスとプログラムでさまざまなインタラクティブコンテンツを作る会社だ。表現方法は多岐にわたっており,最近ではゲームエンジンも活用されている。
コンテンツの多くはプロモーションに使われているようだが,なにかと「目新しいネタ」に敏感な業界でもあり,面白そうなデバイスが開発されると真っ先に取り寄せてなにに使えるかネタを探してストックしているようだ。ゲーム開発の経験も生かせるなかなか楽しそうな業界だと感じた。
これまでゲームメーカーの独壇場であったインタラクティブコンテンツ作りだが,Unityや安価なセンサーの登場によってこの図式が崩れつつある。ゲームメーカーではない1→10driveが「かみひこうき」を作り,ナムコと協業するというのは象徴的な出来事と言えるだろう。こうした中から,ゲームメーカーからは出ないようなアイデアが生まれ,新たな可能性を作り出す日も遠くはないのかもしれない。