[CEDEC 2017]社内教育のための教科書作りでゲーム開発知識を共有する

金井 大氏
 国内最大級のゲーム開発者向けカンファレンス「CEDEC 2017」では,各企業が人材育成のためにどのような施策を行っているのかを共有する社内教育系のセッションも多い。先日レポートした「若手育成プロジェクト」もその一つだ。
 CEDEC最終日の9月1日に行われた「ゲーム開発者が作るゲーム開発のための教科書 〜ブラウザ,ネイティブ,コンシューマすべてに共通するゲーム開発技術を書面化するための取り組み〜」は,3Dグラフィックスに関する知識共有を全社的な教育として行った試みについての発表であった。

 登壇したのは,この教育プロジェクトを率いたCygamesの金井 大氏だ。

 同社の「教科書プロジェクト」とは,書籍を出版するというわけではなく,社内の知見をドキュメント化し社内の知識共有を図り,開発スタッフの知識レベルを一定水準まで上げることを目標にしたプロジェクトの名称だ。
 実体は社内用のスライド資料となっており,コンピュータゲームの開発基礎や,3Dの基礎技術などの3部構成に分けて作られている。

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教科書プロジェクトを行った意義


 まずはこのプロジェクトの意義についての説明があった。
 金井氏によると,ゲームの3Dグラフィックスは関連する知識が広すぎて,ひとりで学習していくには限界があると感じていたそうだ。
 現在,同社には1000人ものスタッフがいるが,キャリアもバックボーンもバラバラである。金井氏は大手コンシューマゲーム開発会社から転職したが,同社にはモバイルゲームやブラウザゲーム業界出身のスタッフも多かったため,開発スタッフ全体の3Dグラフィックスへの知識を一定のレベルに引き上げる必要があるという見解に至ったという。
 同社には「Cygames Research」という部署があり,このプロジェクトのドキュメントは最終的にはアカデミックな教科書化まで視野に入れているそうだ。

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資料の一例
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段階的に専門度が上がっていく

 まず金井氏は,「教科書プロジェクト」のゴールとして「3Dグラフィックスの基礎を理解するために必要となる知識を形式知にすること」を設定したという。
 ここで金井氏は「知識とは何か」という話に移る。知識とは,経験や共有を通じて人が獲得した専門的技能だと定義できる。そして知識は,「暗黙知」と「形式知」の二つに分類される。「暗黙知」とは言語化されていない主観的な知識であり,「形式知」は言語化することができ,かつ客観的な知識のことだ。
 形式知化して一度言語にすることで,より効率的かつより多くの人に知識やノウハウを伝えることが可能になる。これがドキュメント化,つまり教科書にする必要性の所以である。

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 次に金井氏は,こうしたプロジェクトを計画したときに必ず聞かれるのは「自社でやる必要があるのか」という問いだと話した。金井氏の意見としては「ある」と考えているそうだ。
 最初は社外から講演者を呼んで講義をしてもらうことも考えていたそうだが,受講者から実際の現場の事例を聞きたい,という意見が多かったため自社で作成することにしたという。

 だが,資料を作ったところで,スタッフに渡してただ「読んでおいてください」というだけでは意味がない。内容をしっかりと説明する講義を行い,理解度の調査をその都度行う必要があると考えているそうだ。実際にどの程度理解が進んでいるのかをチェックしながら教育を行う。最終的に6月時点で,講義を受けた合計人数は450人以上にものぼったそうだ。


このプロジェクトを行ったことによる効果


 金井氏は,このプロジェクト前ではスタッフ間の知識量の差により,「言葉が伝わらない」ということがあったが,プロジェクト後はそのようなことがなくコミュニケーションがスムーズに取れるようになったと語る。
 例えば,プランナーがそういった知識を得ることで,プログラマに相談をするときに「こういうやり方ができたと思うのですが」と自ら提案できるようになり,選択の幅が広がり,単純に「やる」「やらない」の判断基準の助けにもなったそうだ。

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 同社にはPCなどの開発機材を調達・セットアップする専任のスタッフがいるそうだが,彼らが基礎知識を獲得することによって,例えば「なぜプログラマにとってそのツールが必要なのか」といったようなことを理解してもらうことができ,何を優先してセットアップすべきなのかということも言わずと分かるようになったという。

 加えて,このプロジェクトの発表者側としては,明らかにスライドの作り方や講演の作り方のスキルが上がったそうだ。例えばスライド資料の下にページ番号を出すなどの工夫が身についたという。

 さらに金井氏は,プロジェクトによる学習の結果をアンケートとして収集した。セミナー理解度の評価軸にはよく5段階評価がとられるが,金井氏はその慣習をやめ,「人に説明できる」「理解できた」「理解できなかった」の3段階にし,より正確に理解度を測定できるように工夫した。

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 このプロジェクトは最初,プランナーとディレクター向けにやっていたが,これが各部署に伝わり,最終的には全スタッフが受講する形になり,組織を横断する形にまで発展したという。


なぜ教科書プロジェクトはうまくいったのか?


 金井氏はこのプロジェクトが成功した理由には三つのポイントがあったと振り返った。

 一つめは,まず聴講者がしっかりと理解できることを目指したことだ。さまざまなバックボーンを持った対象スタッフに,ゼロから3Dグラフィックスを学んでもらうために,資料を3段階に分けて作ったことが功を奏したという。

 実は,このプロジェクトが始まる前,同社には資料作成のノウハウが少なく,最初はマンツーマンに近い形で教育を行っていたそうだ。このプロジェクトでも最初は少人数を対象に行い,講演練習やレビュー改善を繰り返し,改善を続けながら段階的に参加人数を増やしていく手法を取った。

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 二つめに重要だったのは,プロジェクトの運営者のモチベーションを保つことだという。プロジェクトのスタッフは基本的にボランティアであり,通常業務をやりながら進めていたので,当然業務の優先度のほうが高い。そのため,初めから長期的なプロジェクトになることを予想し,モチベーションの維持がより重要になると金井氏は考えていたそうだ。
 モチベーション維持のために,進捗がなかったとしてもオフラインミーティングを必ず毎週行い,何かできたら「ほめる」ことを実践していった。金井氏はこの「ほめる」ことがとても重要だと強調し,地道にほめ続けることで,プロジェクト運営者たちのモチベーションを維持することに成功したと語った。

 三つめの成功のキーは,講演後は必ずアンケート集計を行い,聴講者の意見を必ず聞いたという点だ。
 例えば,グラフィッカーが「アプリにおけるファイルの取り扱いが分かった」とアンケートに書いたことで,プログラマが指定をした形式に合わせることの意義を知らせることに成功したのだと分かった。

 逆に,リグやボーンについて説明の資料を作ったところ,プランナーが書いた「リグという言葉の意味が分からなかった」という意見を見て,「リグ」という用語がそもそも一般的にはまったく知られていない用語だということを初めて知った,ということもあったという。その用語を理解している前提で資料を作っていたが,新たに説明を加えるなど,細かな改善を繰り返していったそうだ。


今後の課題


 現在,この社内勉強会自体の運営は人事部へ移管し,さらに新卒研修のカリキュラムへの組み込みも行われた。今回はプロジェクトの最初のゴールを尊重し,3Dグラフィックスのみに絞ったが,今後の課題として,3Dグラフィックス以外の分野への拡大と,講義資料の保守があると金井氏は語った。また,資料をどの程度のレベルまで,そして誰が作り,誰がメンテナンスをするのか,という問題もあるそうだ。

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 まとめとして,社内教育のプロジェクトは欲張らずにゴールを明確にすることが重要であるという。そして成果を出し続ければ,組織を横断するプロジェクトだとしてもうまいくとのことだ。

 Cygamesは巨大な組織であるため,こうした施策によって知識レベルの引き上げが作品のクオリティアップに大きく貢献するのだろう。
 また,教材を他社から購入するのではなく,自らまとめて知識を伝えていくことで,実感と当事者意識が湧くという付帯効果もあるように思えた。プロジェクトを指揮する人間の主体性が重要そうであるため,すぐに真似できるものではないかもしれないが,試みが大きな成功を収めた事例は確立された。規模が大きくなりつつある開発会社の皆様においては,成長過程においてこうした教育の取り組みも視野に入れてみてはいかがだろうか。