[CEDEC 2017]会社員からフリーランスになるという選択は正しいのか

 国内最大級のゲームカンファレンスCEDEC 2017には,ゲーム産業に関わっているクリエイター達が最新情報を得るために集まっている。ここ数年は,中〜大規模の開発会社から独立して自分の会社を立ち上げる起業スタイルもよく見かけるように思う。それはオリジナルタイトルの開発であったり,特定ジャンルに特化した技術の提供であったりと形態はさまざまだ。

 1年と少し前に独立・起業したロジカルビートの代表取締役,堂前嘉樹氏は,「会社員からのフリーランス・法人設立!〜その選択は本当に正しかったのか?〜」というタイトルで自身の経験を振り返るセッションを行った。
 このセッションでは,堂前氏の経営をサポートしている税理士法人タカイ会計の高井 興氏も同席した。高井氏は以前,ゲーム開発会社にサウンドクリエイターとして在籍しており,その後税理士に転換したという異色の経歴の持ち主だ。

[CEDEC 2017]会社員からフリーランスになるという選択は正しいのか
堂前嘉樹氏
[CEDEC 2017]会社員からフリーランスになるという選択は正しいのか
高井 興氏

 堂前氏が率いるロジカルビートは,2016年5月に設立された若い会社だ。前職では某大手ゲーム会社に勤務していた堂前氏だが,最終役職は「課長補佐」であったそうだ。そこではプログラマーのセクションリーダーのような立ち位置だったという。チームの作業管理こそしていたものの,人員のアサインや予算周りには触れていなかった。
 そのため堂前氏は,独立当初では初めてのことが多く手探り状態だったと語る。


独立のきっかけ


 堂前氏が独立したきっかけは,在籍していた会社の早期退職制度だったという。加えて,前職の現場で個人事業主のエンジニアを見ており,「こういう仕事のしかたもあるのだな」と以前から考えていたこともあったそうだ。

 さて「会社員」は安定しているというイメージがあるが,逆にどうしても不安定なイメージが付きまとってしまうのが「独立」だ。独立には2種類あり,個人事業主として個人で活動する場合と,起業して会社法人を立ち上げる場合がある。
 堂前氏の場合,独立当初は個人事業主となり,そのあとに起業したケースになる。個人事業主になることは起業するよりもハードルは低いが,会社と比較して多少信用度が低くなってしまうという。ちなみに個人事業主であったとしても「社長」と名乗ってはいけないというわけではなく,法律ではとくに定められていないようだ。

 堂前氏によると,個人事業主になったあとは会社に縛られることがなくなり気楽になった半面,ふと怖くなる瞬間もあったそうだ。具体的には健康面で,個人事業主の場合,病欠したら無収入になってしまう。さらに,「今後も仕事がもらえ続けるのか?」という恐怖もあったという。

 高井氏は,個人事業主として独立するか,会社法人を立ち上げるかという問題について「一人で回せる程度の事業であれば,個人事業主から始めるほうがよい」とコメントした。自分の仕事のスタイルを探る期間があるなら,まずは個人事業主として独立したほうがよいということだ。
 堂前氏は個人事業主の期間を経て法人化をしたのだが,法人化したきっかけはシンプルで,「某ロケットを飛ばすドラマに影響され,会社っていいなと思った勢い」なのだと語った。

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 法人化に対し,堂前氏は税金や申請などのハードルが高そう,という思いもあり多少の抵抗感も持っていたという。そして,「起業後1年後に残るのは数パーセント」といったようなよくある話から,「倒産」というネガティブなイメージもあった。
 その代わりに法人は,社会的に信用されやすくなり,さらに組織を作りやすいほか,税金面などで利点があり,堂前氏は法人化に踏み切ったと述べる。堂前氏は「勢い」であったと振り返るが,まずは個人事業主で事業を進めて商流を確保するのがよいという。


法人にまつわる事務業務と「先生」との付き合い方


 法人を興した堂前氏だが,独立してからは請求書や見積書作成などのペーパーワーク,採用,経理,営業などといった活動が増えてしまったことに苦心した。プログラムの仕事のほかに,全体の約30%はそういった事務作業に取られることになってしまったのだ。

 解決策として,堂前氏は事務作業を肩代わりしてくれるアルバイトを週1日で雇うことにしたそうだ。例えば,何かを郵送で発送してもらうなどの細かい業務を任せられるようになり,プログラミングの仕事に専念できる時間を取り戻すことができた。
 ここで堂前氏は,会社は内政が非常に大事だ,ということを学んだのだそうだ。

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 この意見については高井氏も大いに同意した。高井氏が言うには,起業する人には「職人系」の人か,「営業系」の人のどちらかに分かれるパターンが多いのだそうだ。そしてゲームクリエイターの場合,自分達がいいと思うものを作りたいと考える「職人系」が多い。こういうタイプは事務作業の部分がおざなりになり,会社が回らなくなるケースが見られるそうだ。
 堂前氏の場合はここにいち早く気付き,ヘルプスタッフを入れた点について高井氏は高く評価した。

 次に堂前氏が話したのが法人化後の「先生」達との付き合いだ。具体的には税理士,司法書士,社労士,弁護士などがその「先生」にあたる。

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 堂前氏によると,とにかく税理士を雇うことは必須であり,最初に探すべきだという。税理士からは必要なタイミングで司法書士も紹介して貰えるケースが多いそうだ。
 次に社労士だが,彼らは就業規則の作成や助成金申請などで重要な役割を担う。助成金には地域に関連したものもあるため,登記住所の地元の先生を見つけたほうがよいそうだ。
 弁護士については,起業直後にはあまり必要ではないが,会社組織が大きくなるにつれて必要になる。例えば従業員とのトラブル,取引上でのトラブルでスポット的な対処がある。加えて契約書のチェック,有利不利などの検証で後々必要になってくるというが,軽いリーガルチェック程度であれば税理士が弁護士を紹介してくれるケースもあるという。高井氏も,とにかくまずはいい税理士を見つけることだと強調した。
 そして,そのような「先生」と契約するときに重要となるのは「フィーリング」である。いきなり顧問契約をせず,まずは単案件で相談に乗ってもらい,「この人でいけるな」と感じたら改めて長期の契約にするとのことだ。

 高井氏はさらにゲーム業界における税務業務の特殊さについても触れた。高井氏は過去にゲームのサウンドを作っていた経験を生かし,サウンド系の会社からの税務業務も受けている。その会社では,前任の税理士の業種理解が足りなく,かなり間違いが多かったようだ。コンテンツの制作においては,どんなものをどういう機材を使って作っているのか,という説明をしっかりとして,税理士に理解してもらうことが重要となる。税理士に間違った理解されていると,税的に不利な内容で処理をされてしまう可能性があるからだ。

 税理士は,なにも法人化した場合に必要なのではなく,個人事業主にも強力な手助けになる。具体的には青色申告の手間が大幅に減らせることが大きい。税理士に任せれば提出したあとも心配する必要がない。堂前氏は「とにかく事業をやるなら税理士さんを見つける!」というのがセオリーだと再度強調した。


仕事の取り方と対価の悩み


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 さて,次に気になるのが「独立後は,どうやって仕事を取るのか?」ということだ。会社員の場合,仕事は目の前に積まれており,待っていれば自動的に仕事がくる。独立すれば,当然ながら自分で仕事を取りにいかなくてはならない。

 堂前氏の場合はこれまでの人脈を生かしてきたため,さして営業活動をしていないと断りつつ,自分なりに気を付けたことについて紹介した。
 まず堂前氏は,「なんでもできます」という会社か,「ネットワークが強いです」という2つの会社があったとき,どちらに仕事を依頼したいかと聴講者に投げかけた。堂前氏によれば,仕事を振りやすいのは断然後者だという。「なんでもできます」と言われると,何が得意なのか分かりづらく,そうした会社は器用貧乏になっている可能性もある。
 つまり,仕事を取るには会社の「キャラ設定」が大事というわけだ。例に挙げた「ネットワークに強い」など,相手から見て分かりやすい特徴を挙げたほうが,仕事を振ってもらいやすいのだという。

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 また,起業して大変だったこととして,仕事の対価の決め方を挙げていた。高い請求をして相手から信頼を失っているのではないか,と心配したこともあったそうだ。
 対価については,同業者や取引先へ直球に聞けば,よっぽどのことがなければきちんとした相場を教えてくれるのだという。仕事を取っていくにあたって,自分なりの価格設定を作っておくが大事であり,会社員時代にこの感覚をつけることができるなら一番良いだろうと堂前氏は語った。

 これに対して高井氏は,対価の設定はどの業界でも普遍的な悩みであると補足した。よく言われているのが,自分の給料の3倍程度が粗利益で,売上の1/3が人件費,というものだ。だがゲーム業界で言えば,エンジニアを出向させる場合などはこのルールには当たらなくなる。

 高井氏が仕事対価の相談を受けて最終的に答えるのは,「社長がそれでいい,と思った金額が正解にしかならない」ということだそうだ。万が一それで数字が足りなかった場合,経費を削るか,数量を増やすか,といった経営課題が生まれる。


資金繰りの悩み


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 資金繰りとしてはまず,毎月の額を黒字にしなければ,何のために事業をやっているのか,という話になってしまう。そのため,とにかく黒字をキープすることを目指し,最初に最低限の簡単なシミュレーションをやっておくべきだと話した。

 高井氏は創業支援として,2期目3期目の予算を社長と一緒に立てる,ということをやっているという。例えば「請求書を出してお金が入ってくるのは2か月後であるが,給与は今月払う」などといったお金の出入りにズレがあるため,期が始まる前にシミュレーションしておくことが重要となる。財務面から見た事業計画がないと設備投資すらできなくなり,オフィスを引っ越して2か月後にまた引っ越すといったような悲惨なことも起こりうるのだ。
 先に述べた「内政が大事」というのはここにもつながり,「数字を見てビビるセンス」が必要だと高井氏は話した。そのためには,まず事業計画を税理士に助けてもらうことが何よりだという。
 堂前氏の会社は受託開発事業のため収入が確保しやすいが,「ゲームを自ら作って独立したい」という場合は資金の工面がとても大変になり,何らかのお金を借りることになるだろうとも語った。

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 有名なクリエイターならばクラウドファンディングを活用することもできるだろうが,無名の新人では難しいだろう。すぐに実のなる受託業務と並行して,自分のタイトルを開発したほうがよいと堂前氏は勧めた。
 堂前氏は最近,資金繰りとしてお金を借り,事務所を移転したそうだ。お金を借りないことがかっこいいと思うかもしれないが,借金経験をするのもよいと述べていた。

 これについて高井氏は,日本の経営者は借入金を作るのを怖がる傾向にあると補足した。早く返したいと思ってしまい,例えば一千万円を3年で返済しようとしたがるのだそうだ。
お金は「入りは早く,出は遅く」というのが鉄則であり,状況が許すのであれば伸ばせられるだけ伸ばしたほうがよいという。
 多くの金融機関では運転資金は5〜7年が最大のため,その最大年数で借りるのがベストだそうだ。

 会社というのは先に何があるか分からない。資金が足りないときに銀行がお金を貸してくれない,といったことが起きることもある。経営を続けていくにあたって,通帳にお金が入っていたほうが圧倒的に強い。借りられるときに多めに借りて,返済期間は長くというのが鉄則だと高井氏はアドバイスした。さらに今は低金利時代であるため,このスタイルが合っているのだという。

 堂前氏は会社の最大の課題として,中途採用をするのが非常に難しい事にも触れた。中途はまず母数が少なく,さらに優秀な人はすでに他の会社に所属しているからだ。そのため,会社を辞めるときは同僚と一緒に辞める,という方法も有効だそうだ。
 また,新卒ならば母数が多く採用がしやすいため専門学校とのつながりがあるとよいと話した。


独立はオススメか?


 堂前氏は,社長業とプログラミングの実務のバランスで悩んでいたとも語った。独立したことについては,とても充実感はあるものの,ストレスはずっと溜まっているのだという。独立して感じたのは,「会社は社員を守ってくれていた」ということだ。

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 独立の道を目指すなら,「自分がしたいことが独立しないと本当にできないことか?」と問い直す必要がある。例えば,プログラミング技術などを極めたい人は会社を出ないことを堂前氏は勧めた。
 高井氏も全面同意で,独立しないと自分のしたいことができないのか,独立してやったことが仕事相手に評価されるのか,というところまで考えないといけない,と語った。

 「仕事」というのは,自分が仕掛けたことが相手に評価され,お金という数字でドライで出てしまうものだ。自分がしたいことが独立しないと本当にできないものなのかはもちろんのこと,その活動が世の中に受け入れられるのか,ということを考えなくてはいけない。

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経営の作法


[CEDEC 2017]会社員からフリーランスになるという選択は正しいのか
 セッションの最後には進行が高井氏にバトンタッチされ,クリエイターが独立するときの経営の作法について紹介があった。

 「経営者」になるだけなら,会社を登記するだけでいい。しかし,経営者というのは国家資格があるわけでもなく,作法を知っておかないと大変なことになるという。
 まず,法人とは未来永劫続く組織にすることが使命である,という基本原則がある。経営学の考え方でいう「going concern」だ。良い仕事,良いサービスを提供することだけが重要なのではない,と高井氏は強調した。

 高井氏は「経営の作法」として,まず経営の結果は必ず決算書などの財務諸表で数値化されるものだと語った。
 次に,経営の目標となる企業理念,経営計画を立てることが重要だと述べた。ただ理念だけでは絵に描いた餅になってしまうので,いわゆるPDCAサイクルを回していく必要がある。
 目標設定,実行,問題点認識,改善をし,チェックする機能ないと,絶対に目標は達成できない。月一回のペースで見直しをやっていくべきだと主張した。

 「自分はいい仕事をしているから満足だ。赤字でもいい」という考えではだめだという。「良い仕事をした」というのが,それは世の中に認められていることになるのか,と高井氏は問いかけた。「やりたいことをやっている。結果はあとからついてくる」ではだめで,なぜ,自分たちが仕掛けたことによって稼げるのか,ということを徹底的に考えるべきなのである。

[CEDEC 2017]会社員からフリーランスになるという選択は正しいのか


独立開業の道を示した本セッションと,CEDEC参加者の内訳


 本講演では,「独立を目指している人」の質問を聴衆に投げかける場面もあった。
 会社の一員としてCEDECに来ている参加者が多いためか,手を挙げる人はいなかったが,堂前氏のようにプログラマー出身の技術者が独立して仕事をしていくパターンは今後増加方向にあると筆者は考えている。

 ただ,これも関東・関西では回っている開発案件数が多いからこそ成り立つことかもしれない。例えば,CEDECで毎年行われている「ゲーム開発者の生活と仕事に関するアンケート調査2017」に触れておくと,今年は有効回答数は1936件で,今回初めて地域別集計が行われている。ニュースリリースのタイトルが「北海道が,ゲーム業界の就業年数と年収で,全体平均を上回る」という見出しになっていたのだが,実態は北海道の回答件数が15件で,全体の1%にも満たないものだ。これではサンプル数が少なすぎ,"北海道が平均を上回る"という見出しには疑問がある。
 CEDECはどうしても関東を中心とした開発者が集まる傾向にあり,このアンケートも80%が関東圏からの回答だ。より正確に全体像が分かるような実施の仕方が望まれるだろう。今後,独立開業のセッションで地域の差についても包括したセッションやパネルがあれば,さらに聴講者に有効な情報共有になるのではないだろうか。