ソニーの元VRリーダーが設立したスタジオ「Dream Reality Interactive」のビジョン

ソニーのロンドンスタジオでリーダーを務めたDavid Ranyard氏が,同スタジオの才能を結集して新しいチームを設立した。2017年は新しいメディアの“リバランス(再均衡)”の年になると警告する。

 David Ranyard氏はなにかが起きるかもしれないと私たちに警告する。

 独立系のスタジオ「Dream Reality Interactive」を発表したソニーの元VRエキスパートが,2016年を通しての「VRの期待はずれの結果」について語った。

 Ranyard氏はこれまで,さまざまな会議の場や発表してきた文章の中で,Oculus Rift,HTC Vive,PlayStation VRが公式にリリースされて人々の家庭に設置されると,VRの成長性に懸念が募ると述べてきた。一部の投資家は神経質になり,アナリストは高い予測を拒否し,いくつかのスタジオは自分たちの活動を縮小するかもしれない。

 「SingStar and Wonderbook」や「VR WORLDS」を作ったRanyard氏は,新しいLondonのスタジオからGamesIndustry.bizでこう伝えた。「公表されているさまざまな数字に驚きはありません。クリスマス後に期待はずれの結果が明らかになるかもしれないと昨年言いましたが,実際それが起こっていると思います。ハイエンドなものは大丈夫だと思いますが,モバイルのVRではキラーアプリがまだないようです。しかし今後12か月で動きがあるのは自明でしょう」

 Ranyard氏のVRに対する信念は,ソニーのロンドンスタジオで彼と彼のチームが,当時「Project Morpheus」と呼ばれていた一連のテクノロジーのデモを開始して以来,ぶれることはない。彼は昨年ソニーを辞し(関連英文記事),Richard Bates氏,Artemis Tsouflidou女史,Albert Bentall氏,John Foster氏を含む彼の元同僚や友人のグループでDream Reality Interactiveとして今般ベールを脱いだスタジオを設立した(テクニカルディレクター,ゲームプレイ・デザイナー,プログラマー,プリンシパルデザイナーなど全員が「VR WORLDS」のチームに在籍していた)。

Dream Realityのチームのほとんどは,PS4「VR WORLDS」に関わっていた

 PlayStationにおける最高の20年を過ごしたあとであれば,そこを去りがたいのは当然だろう。それでもRanyard氏は会社から去った。しかもPlayStation VRが発売になる前にだ。

 彼はそれを難しい決断だったと認めるが,他方,多くの投資がマーケットに流れ込んでいるうちに,新しいスタジオをスタートさせたかったのだという。

 「現在,多くの投資家がすでに投資を行っています」と彼は見る。「それが昨年,私の意思決定に大きな影響を与えました。PlayStation VRがローンチして,次の動きがあるまで待つべきか議論しましたし,個人的にはまだソニーにいたいと思っていたのです。しかし状況を鑑みれば,その前に去ったほうがいいことは明らかでした。チームと共にVR WORLDSを完成させたいと思っていたので,それは厳しい決断でした」

 「今は投資している人々がいますが,2017年はもう少しリバランス(再均衡)の年になるでしょう。昨年は皆が「そうさ,ここにみんなが投資しているんだ」という風潮がありましたが,実際はそうではありませんでした。デューディリジェンス(精査)や注意深い思慮がまったくなかったとは言いませんが,それ以上に「行こうぜ」的なノリが多分にありました。でも今は皆「実際に投資効果が出てくるのにどのくらいかかるのだろう?」と考え始めるようになりました」

 「私が要約するとこうです。2016年は『もし』から『いつ』になり,2017年は『いつ』から『どのように』に移り変わる年です。それはVRがどのように世の中に現れてくるのか,という問題です。スマートフォンが広まったときのように,私たちは,人々が家庭用ゲーム機やPCでどのようにゲームをするのかという視点でVRを見ていますが,スマートフォン体験はすぐに変わりました。するとビジネスモデルもまったく異なるものに変化したのです」

「現在では多くの投資家はすでにVRに投資を行っています」

 Ranyard氏がソニーを離れたとき,自分のVRスタジオを設立しようとは思っていたが,実質的な計画は立てていなかった。社内の当事者としてスタジオを運営しなければならないというストレスを感じることなく,彼は自分がやりたいことをきっちりとやるために時間を取りたいと思っていたのだ。数々のカンファレンスを行脚し,同様のことを考えている人たちと対話し,中国,日本,アメリカに4回,イタリア,アイルランド,リスボン,ヘルシンキにも足を伸ばした。それはまだ最初の従業員を雇う前の話である。

 そして現在,Dream Realityは一連のプロトタイプとデモに取り組んでいる。Ranyard氏は,誰にも話さないことを条件に,そのうちのいくつか見せてくれた。同社は,これらのアイデアを形にしょうとパブリッシャやプラットフォーム・ホルダーと話しているが,長期ビジョンは明らかにもっと野心的だ。

 「私たちの計画は,VRという枠の中で,基礎からすべて構築することです」と彼は語る。「まず初めに,比較的小さなものから始めようと思います。おそらくモバイルVRや家庭用ゲーム機のダウンロード版あたりからでしょうか。それから,どんどん大きなIPを作っていくのです。一方で,私たちはほかの面白そうなテクノロジーも検討しています」

 それはどのようなものだろう?

 「そうですね,どうやってVRを使ってAIとインタラクトするかというようなことです。それによりVRはゲームというコンテクストの中でうまく立ち位置をとれるでしょう。ですから,AIを実装すれば,ゲームをプレイするときにただ座ってミッションのブリーフィングを聞く代わりに質問もできます。でもこの機能はゲーム以外,例えばトレーニングの分野などで活用しても面白いものになるでしょう」

 「私たちは人々を360度動画撮影技術で撮ることも検討しています。VRでほかの人々とインタラクティブな体験をすることができて,面白くなると思います」
David Ranyard氏
ソニーの元VRリーダーが設立したスタジオ「Dream Reality Interactive」のビジョン

 Dream Realityの最初のオフィスはほかの会社の間借りだった。彼が最初に雇ったArtemis Tsouflidou女史と一緒に初日に出社したとき,彼はいくつかのことを忘れていたと気がついた。

 「そのときの彼女の顔と言ったら」と彼は笑う。「オフィスには席も配線もなかったのです。かろうじて,PCは持参していましたが,座るところもありません。仕事場らしいものは何もなかったのです。ある意味正しいスタートアップですね。3日めにようやく机とテーブルがきました。チームのJohn(Foster氏)は一家に1台的に重宝な人物で,彼がドリルでテーブルに穴を開けたり,配線をしてくれたりしました。それでようやく仕事ができるようになったのです」

 Ranyard氏は,Dream Realityで最初に雇用したのが女性のコーダーであるTsouflidou女史であることを密かに誇りに思っている。ダイバーシティは彼のスタジオのビジョンの重要なポイントであり,ロンドンに拠点を置くことの大きなメリットの一つであると語る。

 「良いダイバーシティは,より優れたゲームを作るのに役立つと同時に,正しいことでもあると思っています。さまざまな背景からさまざまな視点を得るのは重要なことです。ロンドンは,世界中の人々と出会えるという点で素晴らしい場所であると言えます。地下鉄に乗れば車両の中には数え切れないほどの国籍の人たちがいるわけです。それがロンドンにいて素晴らしいと思えることです」

 Dream Reality は今のところ小さいスタジオだが,VR業界やそのオーディエンスの規模を考えれば理解しうる範囲内だ。新技術に早期に参入するのは重要だが,アプローチの仕方にはまだ注意が必要だ。

「私はこの初期の時点でVRゲームを作りたいと思いました。なぜなら,もはや待っていては遅すぎるからです」

「2018年と考える人がいれば2019年と言う人もいますし,2020年と言う人もいます。いずれにせよ,VRの波がくるでしょう。私はそのときその場にいるためにこの会社を作りました。もし後ろにずれ込めば,その波に間に合わなくなるのです。とはいえ,もし急拡大してしまうとビジネスとしてやっていくのは難しくなり,従業員を食べさせられなくなってしまいます。小さな組織で正しいプロジェクトを選べば,学びながら拡大することができます。それが私たちの狙いです」とRanyard氏は説明する。

 「私たちが進む方向性は,それがゲーム用であろうと技術系であろうと,IPを作ることです。私はそれを『どのように』作るのかについてもっと学びたいと思っています。すでにいくつかのアイデアはあります。今年は二つのプロジェクトを始められそうで,それを通してこのマーケットが人々にどう受け入れられるのか学んでいきたいと思っています」

 「ほかにも面白いことをやっているプレイヤーはいます。King(スウェーデンのKing Digital Entertainment)は何人かのVR開発者を雇っていることからして,モバイルVRを真剣に受け止めているのだと思います。しかし,彼らが市場に参入するタイミングは分かりません。マーケットの創生期か,臨界点か,それは2018年なのか,2019年,2020年なのか?いずれにせよ,市場を眺めているだけでなく,参入準備をしているプレイヤーがいるというのは興味深いことです」

 家庭用ゲーム機ビジネスで打ち立てた歴史や,現在のVRの成功はほとんどPCやPS4を舞台にしているという事実にもかかわらず,Ranyard氏は,バーチャルリアリティの実際の領域はスマートフォン空間にあると考えている。彼が最初のリリースをモバイルのプラットフォーム向けにしようと考える理由はもちろんそれだけではない。

 「初年度では,小さなタイトルにすることは意味があると思っています。なぜなら,とにかくゲームを世に出して,私たちの存在を知らしめることができるからです」と彼は説明する。「これはまた,我々がチームとしてうまくやっていけることを意味します。物事には期限がありますし,QAやその他すべてをこなさなければなりませんから,いつもスムーズで順調というわけにはいきませんが,そういう意味でも,モバイルは小さなタイトルでできますから,便利なのです」

 「100%確実だとは言いませんが,モバイルVRは爆発的に流行すると思います。GoogleのDaydreamやそのオンオフの切り替えの簡単さはとてもいいと思います。柔らかくて,快適で軽くて,人々の生活の一部となるのではないかという気がしています。ハイエンドのものは素晴らしいですが,もし私がVRにとって支配的となるプラットフォームを一つ選ばなければならないとしたら,モバイルにすると思います。でも今はまだ一つに決めてしまうのはやめておきます。明確な方向性を持つ必要はあるでしょうが,物事がどのように変化するかによって柔軟に対応できなければなりませんから」

「Pixarの中にVR映画を作りたいと思っている人々がいるだろうことは簡単に想像できるでしょう」

 モバイルVRの成功の秘訣は,人々が使っては置いて,また使ってと継続的に戻ってくるような体験をさせることだ。

 「私たちはまだその点を解決できたとは思いません」とRanyard氏は言い添えた。「ゲームについて言えば,確かに,どのようにセットアップされているかという点では,多くのVRゲームは従来のPCや家庭用ゲーム機のタイトルと大きな違いはありません。しかしモバイル上には何か別のものがあるように思えるのです。例えば,VRでのSnapchatはどのようなものでしょうか? 誰かが作るそういう類のサービスが,人々が継続的に戻ってきて使いたくなるキラーアプリなのです」

 「私の娘は11歳ですが,毎晩のようにアイルランドに引っ越した友だちと電話やビデオチャットをしています。電話を使って毎晩同じ時間を過ごしているのです。Oculusの製品でスペースをシェアするようなものを見たことはありませんか? もし彼女たちがそれを使えるのなら,電話の代わりにそちらを使うでしょう。そういう用途が,VRが爆発的に流行させるのかもしれません」

 「月世界旅行という映画があります(「Le Voyage dans la Lune」1902年に作られたフランスの無声映画で18分の作品。世界初のSF映画)が,媒体としてのVRはまだ当時におけるあの画期性を超えていません。一般に,没頭するのは10?20分です。私たちが今最もフォーカスしているのはVRの体験であり,再現性やプレイヤーがどれくらいとどまるかではありません。伝統的なゲームは一つのものとしてあり,ほかにFacebookや社会的交流とのクロスオーバーが出てくると思います。それがゲーム化されるかどうかは分かりませんが」

 他言しないことを条件にRanyard氏が私たちに見せてくれたもう一つのデモは,HTCがイニシアチブをとるVRアーケード・プラットフォーム「Viveport Arcade」のコンセプトや,英国の小売店 GAMEが展開する有料ゲームスペースBelongに類似した,アーケードゲームでうまくいくと彼が確信するプロジェクトだった。

 「かつては,家ではできないことができるのでアーケード(ゲームセンター)行っていました。今でも同じ状況があります。なぜならほとんどの人はVRのためのスペースを備えたり,設備を買ったりする余裕がないからです。ですからそのためにアーケードに出かけてブラブラするのは当然のことでしょう。それは所有することよりも体験することに重きを置くという,今の30代より下の世代にはやる多くのトレンドと一致します。音楽や映画が現在どのように消費されているかを考えてみると,やはり大いに体験に寄っていると言えるでしょう。よって,VRアーケードが今後数年,もしくはもっと長く,トレンドの中で何かをなす可能性はかなり高いと思います」

 「カナダのIMAXは,VRを体験できる施設を作る予定です。アメリカの映画会社DreamworksやPixarなどはVR専用の映画を作るでしょうし,VR上映を観るための映画館が出てくると思います。ハリウッドがVRでどれほど遅れを取っているかについてはショックを受けました。むしろかなり否定的なのかと思ったほどです。ですから,Pixarの社内にVRムービーを作りたい人がいることは容易に想像がつきますね。Pixarはそういう会社ですから。そして,世間はその新しい体験をぜひしたいと思うでしょう。問題は,それが物語を永遠に伝えるしっかりしたものになるのか,ちょっとしたギミックで終わるのかどうかということです」

 あまりの盛り上がりに,私たちはVRの可能性について何時間もRanyard氏と話せそうであり,実際そうした。しかし,彼の経験やあふれんばかりの思考,予測,洞察力にもかかわらず,彼は自身のことをあまりアイデアマンだとは思っていない。

 実際,Dream Realityを立ち上げることは夢だったが,同社の画期的な成功は社内のほかの誰かがもたらすだろうとRanyard氏は予想している。

 「CFOのKumar Jacobは私に言いました。私はソニーにいる間,人々が最高の仕事をするための環境を作り出したと。私がうまくやったことは,それなんです」と彼は結論づける。「私は「これが成功するゲームだ」と決定するタイプではありません。むしろ皆と話し合い,彼らからアイデアを引き出す人間です。ようやく立ち上げた自分のビジネスでこれができれば,私にとってこの上ない喜びです」

※本記事はGamesIndustry.bizとのライセンス契約のもとで翻訳されています(元記事はこちら

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