「NVIDIA Pro VR Day 2017」開催,ゲームとは違う次元のVR最新情報
「Pro VR」「プロフェッショナルVR」というのはゲームなどのエンタテインメント市場向けではなく,産業向けのバーチャルリアリティ技術を示すものとしてNVIDIAがよく使っている言葉だ。建築や工業設計,医療などその範囲は幅広く,産業向け3Dグラフィックス分野が適用されていたところはすべてPro VRの対象になると考えてもいいだろう。
コンシューマ向けVRとPro VRとでなにが異なるかというと,難しいところもある。現在実用されているPro VRはRiftやViveなどコンシューマ向けの機材を利用したものが多く,結果として見栄えはコンシューマ向けVRとあまり変わらなかったり,場合によっては非常に単純化されていたりするからだ。しかし,ハイエンド領域は一味違う。ある程度描画を簡便にしても高いフレームレートを市場とするコンシューマVRに対し,高額な機材を使ってもフォトクオリティのVRを目指す部分まで含むのがPro VRだともいえる。ある意味で,Pro VRはコンシューマVRの未来の姿を垣間見せるものでもあるのだ。
当日はNVIDIAをはじめ,実際にVRを産業で利用しているパートナー企業が講演と展示を行っていた。
現在,NVIDIA製GPUは世界で約1億個が使われており,以前はゲーム分野が中心だったが,現在ではそれのみならず日々の生活に関わるところにVRが使われるようになってきていると氏は語る。VR市場は2015年には800億ドル(約9兆円)規模になると見られており,そのうちコンシューマ向けのパーソナルVRが10%,残りはエンタプライズVR市場であるという。
映画制作や建築などは現在でも盛んにVRが使われている分野だが,氏が今後伸びるであろうと考えるのは,製品デザインと建築の分野だという。ただし,モノを作る部分ではなく,モノを売っていくマーケティングツールとして大いにVRが活用されるようになると予測している。
今後のVRにおける4つの課題
まず,VRヘッドセットで使われるディスプレイについては,すでに一部達成されているとの見方を示した。
VRでどれくらいのグラフィックス性能が要求されてくるのかという話では,これまでの映像(2Dディスプレイ)では1920×1080ピクセルの30fps(60M Pixel/s)でよかったものが,VRでは要求が高くなることが数字を使って示された。フレームレートに「?」と思った人はいるかもしれない。ゲームの場合は30fpsが使われることはまずないので,60fpsの120M Pixel/sが妥当なところであろうが,データが重いことが分かりきっているCADなどではフレームレートに比較的寛容である。30fpsなら実用になるということであろう。
しかしこれがVRになるとフレームレートはまったく妥協できなくなる。1512×1680×2ピクセルの90fpsという妙に具体的な数字は,自然に扱えるVRヘッドセットの最低限のスペックとして挙げられていたものだ。要求されるフィルレートは450M Pixel/sとなる。これは24bit換算すると10Gbpsとなることから,HDMI 1.2クラスのインタフェースでの送信を念頭に割り出したものなのだろう。いずれにせよ,要求スペックはかなり高くなる。単に高速なGPUが要求されるというだけではなく,VRの処理自体でも効率化が求められてくることになる。
そうした処理の例として,NVIDIAが進めている周辺部の解像度を下げてレンダリング負荷を低くするMalti-Resレンダリングや,左右の目から見た物体の情報をまとめてセットアップし,ジオメトリシェーダで左右の目ごとにフィルタリング表示するSingle Pass Stereoなどの手法を改めて示していた。
オーディオ情報もまた重要であるという。正しい位置から音が聞こえてこないとプレイヤーの脳は混乱してしまうからだ。そこで紹介されたのが,レイトレーシングのアルゴリズムを使って音響処理を行うVRWORKS AUDIOだ。壁による遮蔽や反射,音の回り込みなどがリアルに再現される。
Physxをはじめとした物理演算系のNVIDIA製ミドルウェアについては,かなり有名なのでお馴染みの人も多いだろう。
キャプチャというのはちょっと分かりにくい言葉だが,360度映像の素材を取り込むことを指している。たくさんのカメラで撮影された映像をつなぎ合わせて360度映像をリアルタイムに生成するシステムをNVIDIAは用意している。
このように,要求されるすべての分野においてNVIDIAはSDKやミドルウェアを提供しており,次世代のVRの実現に向けて動いているわけだ。
Pro VRのさまざまな事例
NVIDIAの取り組みが紹介されたあとは事例紹介となった。
●日産の赤い車
さて,速度第一のゲームとは違い,建築にせよ工業デザインにせよ,プロの現場で使うデータは詳細で膨大だ。会場にはBIMデータ(ビルの建築で使うありとあらゆるデータをセットにしたもの)をもとにVR映像を作るソリューションや,クルマのCADデータで同様なことを行うソリューションが展示で紹介されていたのだが,どれもVR表示用にはデータコンバートを行って軽量化して表示していた。
これはある意味当たり前の流れなのだが,事例紹介で最初に紹介された日産自動車の「赤いクルマ」の映像は,自動車を構成するすべての部品データをそのままにビジュアライズするというものだった。ネジの1本1本まで省略されることなくデータ化されており,クルマの内部を球状にえぐりとったような断面表示で内部までリアルタイムの表示されていた。撮影禁止だったので想像してもらうしかないのだが,エンジンの断面からあらゆるものの内部構造がすべて3D表示されるのだ。見たところVRではなかったが,VR化すること自体は難しくないだろう。データ量は6700万ポリゴンだそうだ。そういうレベルの精密さが要求される現場があり,それがちゃんとリアルタイムで表示されているのはちょっとした感動である。
●建設物の事前確認&コラボレーション
VRの例では,シンガポールに建設される高層ビルの様子を複数人で確認するというものが示された。別の場所にいる人たちがVR空間に集まり,ビルの概観を細かくチェックしたり,周囲との融和性や交通量の変化などもシミュレートされるという。建設前にVRで細かくチェックできるのだ。
●Deep Learningによるレースカーの自動設計
AutodeskがSIGGRAPHで発表していたAIによる設計例も紹介された。レースカーの設計にDeep Learningを利用しており,パラメータを入れれば,あとは重量,強度,空力などを鑑みて自動でレースカーのフレームをデザインしてくれるのだという。ちょっと前なら遺伝的アルゴリズムとかでやってた類の処理なのだが,スライドにある「Genarative Design」は,やはり遺伝的アルゴリズム系のものではあるようだ。
こうして自動でデザインを行い,VRで確認もできる。さらにそのまま3Dプリンタでクルマを作ってオースチンでレースを行う予定とのこと。チタン粉末焼結型の3Dプリンタは,小さなものでも1億円くらいしたと思うのだが,レースカーを出力できるサイズとなるといったいいくらするのだろう。
●IRAY VR
NVIDIAが進めているPro VRの代表例ともいえるのがIRAY VRだ。これは目に入るすべての光の情報(ライトフィールド)を事前計算で算出しておき,きわめて自然な映像を作り出す技術である。
ライトフィールドは膨大な情報量となるのだが,これを圧縮してQuadro P6000が持つ24GBのVRAMに格納しておき,頭の方向から左右の目に入るべき映像をリアルタイムに構築していくというソリューションだ。昨年10月に体験したときには頭の位置を動かすと映像がズレていたりしたのだが,本日見た映像では,一定のバウンディングボックス内であれば自由に動ける仕様となっていた。どんどん進化しているようだ。
また,SDKなどで公開はされていないものの,NVIDIA社屋のデータでは熱のシミュレーションも行われており,社内のホットスポット改善などで活用されているとのこと。実際に,シミュレーションでロビーの一部に熱が集まることが分かり,屋根の形状が変更されたこともあるという。
こういったPro VRをちゃんと成立させるには,ハードウェアとソフトウェアが正しく整合性が取れていることが重要だとPette氏は語る。実際,NVIDIAでは,VR Readyの認定プログラムを進めている。ワークステーションではすでに多くの例があるが,最近になってPro VR向けのノートPCとしてDELL Precision M7720がVR Ready認定されたことが紹介されていた。 詳細は見つからなかったのだが,Pascal世代のQuadro系モバイルGPU搭載した製品と思われる。
Pascal世代のQuadro製品はMaxwell世代のものと比べて1.5倍以上の性能を有しており,Pro VRに最適であることなどが示されていた。
最後にPette氏は,日本の企業はいろいろと無茶な要求をしてくると半分ぼやきつつも,それに挑戦して解決していくことで製品のクオリティアップが図られてきていることに言及し,むしろこれからも無茶な要求を出し続けてほしいと締めくくった。