物理ベースでおバカ系 〜 「Goat Simulator」作者によるコメディゲームという新しいジャンルの創出
「Goat Simulator」は,世界のどの基準で見ても,おバカなゲームである。Coffee Stain Studiosが,このヤギのサンドボックス型シミュレーションゲームを考案したとき,彼らは「Grand Theft Auto」や「Skate」をお気軽なジョークでアレンジしたような,ちょっとした楽しさを感じられるようなゲームとして捉えていたようだが,開発チームのジョークだけでは終わらないような潜在性を秘めていたことが発表直後から明白になった。
GDC Europe 2014で,ゲームデザイナーでもあったArmin Ibrisagic氏がその開発経緯を話したことがある。
「最初はゲームにさえなっていたかったのです。開発者の1人がヤギに夢中になっていただけでした。次に“キーボードを使ったツイスターゲーム”といった感じの,すべてのキーボードのキーに何かしらの意味を持たせるという奇妙なゲームに進化しました。このキーを押すと頭が動き,このキーだと背筋が上下し,このキーなら腰が動くといったような感じで,草を食べさせるだけでもありえないような操作を要求する内容だったのです。まあ酔っぱらっていれば5分くらいは楽しめたでしょうが,ゲームにするにはそれ以上の何かが必要でした」
続けてIbrisagic氏は,「もし,Skateみたいにおバカなことをやったときに得点が入るようにすればどうかと考えました。それを人間ではなくヤギが,スケーティングの代わりにやるのです。頭から窓や車に突っ込んで,その反応を見るだけでも楽しいんじゃないかと考えたわけです」と,そのコンセプトが変化していく経緯を語った。
アイデアの種ができたとき,ほかのメンバーはもう少しマシなプロジェクトに取り掛かっていたので,Ibrisagic氏を含める5〜6人の少人数チームで手早く構築が進められ,「インターネットからダウンロードした」アセットで作り上げたα版を使って,YouTubeに映像をリリースしたのです。
次の朝,Ibrisagic氏が目を覚ますと,ファンやメディアが早くも食いついて,8万ヒットほどの視聴を稼いでいたという。その数時間後には,500万ヒットに成長した。その後,2014年の3月にカリフォルニアで開催されたGDC 2014にゲームを初出展すると,とあるファンから「ゲームを買いたい」と17ドルが送られてきたというのだ。それが,この「Goat Simulator」の初めての収益になったわけだが,それは始まりにすぎなかった。GDC 2014の講演においてIbrisagic氏は,どれほど簡単に開発費を回収してしまったかを話し,「開発費はビックリするくらい早く回収できましたね。正式ローンチから10分くらいで」と豪語していたのだ。
実際,「Goat Simulator」は現在までにリリースした四つのプラットフォームで250万本ほどのヒットとなり,1200万ドルの収益を上げている。これはもう“おバカ”などと呼んでいる場合じゃないだろう。
(※実際はPC/PS3/PS4/Xbox One/iPhone/Androidの6プラットフォーム)
「コメディというジャンルはゲーム業界にとっては新しいコンセプトです。ハリウッド映画では,非常に大きな需要があるのですが,ゲームでは過去にほとんど広がりを見せていません。正直,私もいろいろと考えてみたこともあるのですけど,その理由は分かりません」
それから2年半後,Armin Ibrisagic氏はCoffee Stain Studiosから円満に退社し,DoubleMooseという新しいスタジオを設立した。彼は一人ではなかった。Midway,Electronic Arts,Ubisoftといった数々のスタジオを渡り歩いてきたベテラン業界人のTrevor Snowden氏がCOOとなり,さらにはYouTubeで人気の“PewDiePie”ことFelix Kjellberg氏とも提携しているという。PweDiePieは,そのゲーム動画での「Goat Simulator」に対するリアクションで,その人気に大きな影響を与えたとされる。CEOとなるIbrisagic氏の開発チームは本国スウェーデンの首都,ストックホルムとヨーテボリの中間ほどにあるシェーブデという小さな街にあり,Snowden氏はアメリカ,そしてPewDiePieは現在,イギリスのブライトンという別々のロケーションに住んでいる。わずか25歳のIbrisagic氏は,こうした地理的な問題は解決できると考えているが,Goat Simulatorのようなゲーム開発はもうできないかもしれないと感じている。
DoubleMooseの地元で開催されたゲーム開発者イベントSweden Game Conferenceで筆者との単独インタビューを快諾したIbrisagic氏は,「Goat Simulatorの開発の体験は,私にとっては本当に新鮮でした」と語り始め,「ほかのプロジェクトに参加した経験もありますが,あのようなおバカなゲームを作るときの開発プロセスは,ちょっと普通とは異なる過程を踏むものです。あのゲームは私を甘やかしてしまったかもしれません。作ってて楽しかったですし,それで売れたんですからね。もっとそのあたりを追求したいという気持ちはあるのですが」と続けた。
また,「コメディというジャンルはゲーム業界にとっては新しいコンセプトです。ハリウッド映画では,非常に大きな需要があるのですが,ゲームでは過去にほとんど広がりを見せていません。正直,私もいろいろと考えてみたこともあるのですけど,その理由は分かりません。ゲーム業界そのものがまだ新しいもので,我々はすべてを試してみたわけではありません。続編を作るのが最良とされているような状態ですからね。私は,まだ多くの人が挑戦していない新しい方向性で何かを試してみたいのです。それが新しいスタジオを設立することにした理由なのです」とIbrisagic氏。
「自分で新しいスタジオを設立しようと決めたとき,私はいろんなところを駆けずり回って資金をかき集め,経営のすべてを自分でやらなければならないだろうと覚悟していました。最初に独立のことを話したのはFelixです。彼とは,Goat Simulatorが大きな話題になってからはずっとコンタクトを取っていました。彼に,私はどのジャンルにも属さないコメディゲームを作りたいという話をしたのですが,彼はそれに興味を示し,一緒にスタジオを作ることになったのです」
「私は自分にも良い部分があると思いますが,同時に自分の弱みを持っていることも知っています。25歳のCEOで経験はほとんどありません。ですからTrevorは,我々のスタジオにとっての保険のような存在でもあるのです」
「そうしてTrevor Snowden氏も我々のチームに引き入れることになりました。彼はもう23年もゲーム業界におり,Ubisoft Entertainmentでは上級幹部レベルの高いポジションにもついていました。私は自分にも良い部分があると思いますが,同時に自分が弱みを持っていることも知っています。25歳のCEOで経験はほとんどありません。ですからTrevorは,我々のスタジオにとっての保険のような存在でもあるのです。彼は本当に経験豊富で,あらゆることに正当性をもたらしてくれました。ですので,私とFelixがただ遊んでいるのではないとわかってもらえています」とIbrasigic氏は率直に語った。Snowden氏も,その“保険”であることを理解しており,寛大な監督であることを自認しつつも,DoubleMooseが行おうとしていることの避けられない問題についてもしっかりと指摘する。
Snowden氏は,「彼らの挑戦に私は好感を持っていますし,スタジオの最初のゲームプロジェクトとして開発しようとしているコメディジャンルがどれほど難しいものになるのかという現実についてArminが語っていたことにも共感を受けました」と,筆者とのメールインタビューで語る。また,Snowden氏は「これまで成功するのが難しいとされてきた,新しいエリアのジャンルにゲーム開発やストーリーデザインを広げていくという素晴らしい機会が目の前に広がっているのです。我々は,使いまわしでもなく特定のキャラクターやシナリオに依存したものでもないユーモラスさを製品の前面そして中核に据えるというユニークな戦略をとっています」と続ける。
「多くのゲーム開発者は,コメディジャンルを成功させるのは非常に難しいと考えており,無難なアプローチを行うことによって,キャラクターの1人にすべてのユーモアを被せるとか,ストーリーの一片だけに混ぜ込むようなことをしがちです。映画や舞台劇などのエンターテイメントは,その歴史でギャグやジョークを織り交ぜるタイミングなどを磨いてきましたが,ゲームはプレイヤーが時間のペースをコントロールするメディアであることもあり,その構造はまったく違うものになるはずです。我々のスタジオには,まだ今後数か月にわたって磨いていくべき非常に面白いアイデアがいくつもあり,必ず達成できるという自信も持っています。笑いに挑戦するというのは,本当はとても真剣なことなのですよ」をSnowden氏は記した。
実際,面白おかしいゲームというのは非常に稀有な存在であり,Ibrisagic氏はインタビューの間,かなりの時間にわたって消費者の動向やメディアに対する期待,そして開発におけるチャレンジなどについて語っていた。ゲームは笑いを誘うコメディになるのは間違いなところで,その笑いが多くのファンを魅了していくのであれば,どうしてコメディゲームはこれまで存在してこなかったのだろうか?
「ゲーム業界には,皆が楽しんでいるジャンルに傾倒してしまう傾向にありますよね。このイベントに集まったゲーム開発に興味のある学生たちに話を聞いたら,彼らは自分たちがプレイしているRPGやMOBAゲームを作りたいというのです」
このことについてIbrisagic氏は,「それって,本当に答えのない議論ですよね」と語る。「ひょっとしたら,パブリッシャにコメディを理解してもらうのが難しかったからでしょうか? ゲーム業界には,皆が楽しんでいるジャンルに傾倒してしまう傾向にありますよね。このイベントに集まったゲーム開発に興味のある学生たちに話を聞いたら,彼らは自分たちがプレイしているRPGやMOBAゲームを作りたいというのです。私も学生の頃はそう思っていました。ニワトリと卵のような話になってしまいますが,ゲーム開発というのは非常に技術的なことでもあるのです。Trevorが『SouthPark: Stick of Truth』の開発に関わった経験を話してくれたのですが,テレビでお茶の間を大笑いさせているコメディ作家たちでさえ,ゲームでコメディを表現し,しかし同時にプレイして楽しいゲームを作るというのは難しいと実感していると言います。しかし,我々のゲーム業界が30歳ほどでしかないことを考えると,時間が解決していく問題ではないかとも思えるのです」と話す。「クレイジーなゲームを作ってよいという状況であれば,新しいジャンルそのものを作ってみたいと思うのです。ゲームプレイとしては実験的で奇妙なゲームになるかもしれませんが,コメディという枠にしっかりハマると思います。Goat Simulatorのようなゲームはもう作りましたし,もうあれはあれで一つの完成形として繰り返される必要もありませんので,そこからそれほど大きなインスピレーションを受けたいとは思っていません。しかし,同時にGoat Simulatorからは多くのことを学んでおり,一つ大事なことはゲームデザインについて考え抜いても仕方ないということだったのです」
「私はテレビっ子として育ち,Cartoon NetworkやNickeledeonのような子供向けのコメディアニメ専用のチャンネルを見ながら大きくなりました。今考えると,彼らが今でも次々と新しいIPを生み続けていることに大きな敬意を払います。インスピレーションを引き出すなら,そうした部分からでありたいと思っています。私はごちゃごちゃな状態が大好きで,バカバカしいのにどこか考えさせられるような,サウスパークのようなアプローチを好みます。Trevorがあのプロジェクトに参加していますし,FelixはYouTubeにおいて笑いを追求しています。彼は我々が作るゲームのクリエイティブディレクターのようなポジションで関わってもらえると思っています」
Ibrisagic氏は,彼の最新プロジェクトについてまだ具体的に話せるような段階ではないとしながら,複数のプロジェクトを素早いイテレーションで手掛けていくというDoubleMooseの開発スタイルについて言及していた。ゲーム市場ですぐに生まれてしまうようなゲームが多い中,それほどゲームを磨き上げることなく,ラフな状態であっても許されてしまうような魅力。そして,YouTubeのようなゲーム動画やストリーミング放送にも相性が良いゲームコンセプトを練っているらしい。
「まだ企画もでき上がっていない段階で,我々が現在,何をしているのかは詳しくお話ししたくはないのですが,物理ベースでおバカ系のゲームになります。それが我々の熟知していることですからね。それから遊んで楽しいだけでなく,誰かがプレイしているのを見ても面白いゲームを作りたいと思います」とIbrisagic氏は抱負を語った。
※本記事はGamesIndustry.bizとのライセンス契約のもとで翻訳されています(元記事はこちら)