[JVRS2]「VR/ARはゲーム/エンタメから各産業へ花開く」レポート。VR/AR技術は生活をどう変えていくのか
そのなかの,セッション「VR/ARはゲーム/エンタメから各産業へ花開く」では,ゲーム産業の中で培われてきたVR/ARの技術がほかの産業分野に波及していく可能性について,VR/ARルに深く関わる面々によるパネルディスカッションが行われた。
VR/ARの普及をさまざまな面で牽引する5人
パネラーとしては,VR/ARの昨今に詳しい4人の識者が登場した。まずは,お馴染みユニティ・テクノロジーズ・ジャパン日本担当ディレクターの大前広樹氏。言わずもがなだが,ゲームエンジンUnityは多くのVRシステムが最初にプラグインを作るプラットフォームであり,ゲーム以外のVR/ARコンテンツ開発においても多く利用されている。
2人めは海外から,Little Star MediaのCEO,Tony Mugavero氏が参加した。Little Star Mediaは,社名を冠した「Little Star」という360度動画の配信プラットフォームを運営している。ABC,NBC,ディスカバリー・チャンネルといった大手コンテンツホルダーの360度動画を,同社のビューワアプリを通してOculus Rift, HTC Vive, Gear VRなどさまざまなVR対応機器に向けて配信している。米国ではPS VR向けにも展開しているそうだ。日本ではソニー・ミュージックと提携し,Little Star Japan(http://jp.littlstar.com/)としてコンテンツの配信を行っていくのだそうだ。
野村氏によると,Nianticが掲げるビジョンは“Adventures on foot”なのだという。「いかに人を外に連れ出して,外で冒険をさせるか?」ということを目標に置いていており,会社の成り立ちから一般のゲーム開発会社とは異なっている。そのため,ゲームは社のミッションを達成する「手段」として意識しているそうだ。
4人めはコロプラの代表取締役社長 馬場功淳氏だ。同社もまた位置ゲーから事業をスタートさせている。のちにスマートフォンに事業を展開し,昨今のVR展開につながった。現在のコロプラ社内には,VRコンテンツを開発するための100人規模のチームがあるそうだ。
また馬場氏は360度動画コンテンツの企画・作成・配信すべてを担う会社として,360Channelも立ち上げている。加えてコロプラには「Colopl VR Fund」というVR専門のファンドがある。現時点の総額で100億円,世界各国で30社ほど投資を行っており,これからVRで革命を起こそうとしているベンチャーを支援している形だ。
各社のゲーム以外分野への関わりとは
初めに登壇者それぞれにおけるVR/ARのゲーム以外分野への関わりについて,順番に紹介が行われた。
Unity大前氏は,Oculus DK1が世の中にリリースされた際にUnity向けプラグインを同梱していたことを挙げ,近代VRの黎明期からゲームにかかわらずクリエイターを会社全体としてサポートし,大きく投資をしてきたことを紹介した。結果,Unityはすでに医療,建築,自動車,教育など,さまざまな産業で活用されている。大前氏によれば,全体の1/4ぐらいはゲームではない分野で使われているそうだ。
Ubisoftの「Eagle Flight」 |
PDトウキョウの「CIRCLE of SAVIORS」 |
大前氏はUnityの活用事例でシリアスな分野の例として,「VRを使った手術の計画作成」を挙げた。HMDを実際に手術室に持ち込み,あらかじめスキャンした患者の罹患部分をVRで表示し,体の中を3Dでビジュアライゼーションして確認を行うものだ。モデルをつまんで引っ張ったり,切るところにポイントをつけたりして計画を立て,実際にお腹を開ける前に十分確認してから手術に取り組むことができる。こちらはコンセプトの段階ではなく,すでに現場で実際に活用されていることが重要なポイントだと述べた。
360度動画の面からは,Tony Mugavero氏が360度動画をジャーナリズムに活用している例を紹介した。地震などの天災の様子は360度動画になることで,テレビなど通常のモニターで見るより遥かに強いインパクトを与えることができる。またTony氏は教育分野にも展望を持っており,ナショナル・ジオグラフィックスが提供している360度動画は,子どもたちが多くの動物を学ぶことに非常に適していると話した。震災のレポートについては,馬場氏が実際の例として,360Channelで配信している熊本地震の動画コンテンツ(関連URL) を紹介した。
VR/ARを使ったノンゲーム進出へのきっかけ
続いて,各社がノンゲーム分野のVR/ARへ展開したきっかけに話題が移った。
野村氏によるとPokemon GOの場合は元から人を外に連れ出すという「手段」としてゲームを選んでおり,どのようにすれば人がいろいろな場所へ行くようになるのか,考えた末にゲームをとった形なのだそうだ。AR要素については,企画の最初からあったそうだ。しかし野村氏はARについて,マーカーとカメラを使った3Dオブジェクトの合成という一連のものを指すのではなく,Augmented Realityの言葉が示すように,Pokemon GOが現実を拡張していることそのものについて注目してほしいと話した。ARカメラの仕組みは言ってしまえばトリックの一つであり,Pokemon GOを通じて新しい発見があったり,友達が増えたりなど,ゲームの外にあるプレイヤーにとっての現実が拡張されたことが大事だと主張した。
大前氏はノンゲーム分野でVR/ARのUnity事例が広がっていることについて,VR/ARで「インタラクティブ性」が絶対に必要であることから,ゲームを制作できるツールが選ばれているのではないかと述べた。また,Unityはコンテンツの開発そのものにVR技術を応用する「Editor VR」も開発中だ(こちらは当日の展示コーナーで日本初の展示されていた)。
こうした取り組みによって,VR空間内で直感的に3Dオブジェクトを作ったり配置したりできるようになることで,教育者やアーティストでもコンテンツを作っていけるようになるだろうと話した。
また,コンテンツが遊びに近い形で誰でも作れるようになったとき,「体験」と「作る行為」が混ざっていくかもしれないと考えているそうだ。それを踏まえて,Unityは500万人が使っているが,現在世界で最も使われてるゲーム構築ツールは「Minecraft」だと考えることができるという。
馬場氏がこのアプリを通じて提供したかったのは「手触り感」なのだという。何もない空間にブロックを置いていくだけでも楽しく,感覚でステージを作っていく行為そのものを楽しむことができるのだそうだ。
エンタメ分野での知見はどのように生かされているか?
続いてのテーマは,ゲーム業界で培われた技術はどうやって生かされているか? という話題だ。
Tony Mugavero氏は,360度動画を制作する際のツールや技術については,どの産業であってもやり方はほぼ同じで,流用ができていると話した。しかし,カメラには6000ドルのカメラから400ドルのカメラまでさまざまなものがあるため,コンテンツの種類,つまりジャーナリズムなのかエンターテイメントなのかによって選ばれていると話した。
馬場氏は,360Channelで取り組んでいる「機材開発」を紹介した。現在,360度動画が撮影できる機材はホームユースのものこそ充実してきたが,プロユースで撮影できるものはまだまだ少ないそうだ。そこで馬場氏は会社全体の1/3を機材開発に当てているのだという。
また,360Channelのスタッフにはもともとゲームを作っていた人間が多く,そこから技術的な転用を行っている部分もあるそうだ。顕著な例としては,ゲームの開発で培われた「UI」に対するニーズやノウハウがこれにあたる。自社開発した動画ビューアーアプリにおいては,360動画をいかに快適に見ることができるようにするかUIの開発で活かしているそうだ。
大前氏は,VRの技術がゲーム以外に広がっていく中で増える期待に答えるべくUnityをアップデートしていると話した。ちょうど最近の発表(Unite LA)で,動画再生システムの刷新について発表があり,4Kの360度動画のサポートが新たに加わったほか,リアルタイムではないオフライン向けの描画システムをエンジンに統合して,ハイクオリティなレンダリングを360度動画向けに出力できるように進化するという。
また,UnityにCADのデータを持ち込めるインポータを開発したことで,産業分野,製造業のデータをVRスペースで見ることができるようになった。これによって実物のプロトタイプを開発する前に見栄えや動きを確認し,VR空間内である程度テストしてみてから生産するか決める,というアプローチが可能になったそうだ。Unityではそうした基盤技術をこれからも投資していく姿勢なのだそうだ。
VR/AR技術は業界の全体としてどんなものが盛り上がっているか?
野村氏はARについて,今後の裾野が非常に広いことが特徴だと話した。例えば,広義に考えるとカーナビもARと言える。マップのナビゲーションはGPSで場所トラックして,自分の位置も画面の中で動くシステムだからだ。
野村氏の考えでは,Pokemon GOの登場によって,スマートフォンがあればAR体験がそれなりにできる,という気づきを世の中に与えることができたと感じているそうだ。現在は直接ARと関係ないようなものでの可能性を感じているようだ。例えば自動車の自動運転は,さまざまなセンサーで現実世界を分析して把握することが技術の根幹だが,こうした技術がAR技術とくっつくと,世界がどうなっているかをスキャンして,そこに映像をオーバーレイできる世の中がすぐそこまで来ているあると述べた。
馬場氏はそれについてはやや慎重な姿勢を見せた。馬場氏が理想とするARを完全に実現するには,いまの技術では不可能と判断しているからだという。ただ,Pokemon GOのように“なんとなくそこにいる”ように見え,位置が多少一致していなくても面白いものは期待ができると話した。
Tony氏は360度動画を使って「物語を伝える」という方向に関してはまだ先と考えているそうなのだが,ミュージックビデオならばサイケデリックな世界観や,アニメ調の映像など,さまざまな世界観を試すことができ,物語性がなくても非常にエンターテイメント性の高いものが作ることができるのだそうだ。
360度動画の今後については先ほども挙がったジャーナリズム方向の活用に期待しているのだという。ほかのエンターテイメントコンテンツ開発と異なり,実際に起きたことを伝えるため,これらは完璧な照明や音声になっている必要はない。また,旅行やビーチの映像などのリラックスできる映像にも関心を寄せており,海辺にずっと座っているという体験だけで,エンターテイメントとして成り立つだろうと語った。
馬場氏は投資事業を通じて,日本におけるVR動画の注目度については,まだもう少し海外の方が進んでいるように感じたそうだ。ただ日本でPlayStation VRが発売され,Google Daydreamも登場するなど,これからVRに触れる機会が増えるにつれて,VRをマスの層が認識し始めるタイミングがもうすぐくると予測しているのだという。
VR/ARと相性が良い分野とは?
久保氏は最後に,VR/ARはどんな分野と相性が良いか? という質問を各人に投げかけた。
例えばNASAでは作業アームなどのワンオフものを作る際,まずVR空間で作って試して期待通りに動くか,何かに干渉しないかなどの検証に活用されている。加えて,そうしたオフラインの活動だけではなく,宇宙で活動を行う際に宇宙飛行士の視界をVRで共有する,「テレノーツ」というシステムも作られている。これで,地質学者など現場に行けないプロフェッショナルの判断を仰ぐことができるようになるのだという。
Tony Mugavero氏は,360度動画と相性のいい分野として顧客データのトラッキングを挙げた。例えば広告を表示したときに,VRならばプレイヤーがどこを見ていたかという挙動を取ることができる。プレイヤーがどの程度広告を見ていたか,どんなコンテンツに興味を示したかのデータは広告業界にとって非常に重要な分析材料となるだろうと話した。
野村氏は,ARには応用できる分野はかなり多いため未来は明るいと述べた。例えば家具を販売しているウェブサイトで,部屋をスキャンして3次元情報をスマートフォンの中に再構築し,家具を置いたときにどう見えるかをシミュレーションすることができるサービスがすでにある。建築ならば建築手順の確認に使え,医療ならば手術の進行や血圧などの情報を常に視野に入れておくことなど,ARには無限の可能性があるだろうと述べた。
馬場氏はVRと強い相性をもつ分野として「コミュニケーション」を挙げた。同社でこれまでリリースしたゲームでも,ほかの人と一緒に遊ぶものは評判がよかったそうだ。より密度の高いコミュニケーションはVRで実現できるはずと考えて,おそらくVRにおけるSkypeのようなものがキラーアプリになるだろうと予想していると話した。
ゲームから花開いたVR/ARの技術を,どのような他ジャンルのソリューションに使っていくのか。それは今まさに世界中が取り組んでいる最中だ。そこではゲーム出身でもそうでない人も競い合い,ビジネス速年も加速している。
今回はメディア,ツール,投資,プラットフォーム,そしてマスへの普及と,異なる視点からVR/AR業界に尽力した5人のトークを通し,そうした技術が身近な生活に浸透する未来を垣間見ることができた。2017年にはさらなる発展が期待できるだろう。