「Star Citizen」のオープンな開発体制がもたらしたメリット

Chris Robert氏と彼のチームは,その野望溢れる作品の正式ローンチが延期していることで批判を受けているが,彼らのオープンさゆえにコアなファンたちからは不思議と許されているのだ。

 CitizenConは一大事だ。もちろん,ゲームイベントでこれからリリースされる制作中の新作を公開するデベロッパがいても何の不思議もないのだが,CitizenConはこれからリリースしようという作りかけの新作一つだけをフィーチャーし,その開発の進展を紹介しようというイベントなのである。そんな奇妙なイベントはほかにあるだろうか。しかも,このイベントは2013年にライブストリーミングという形で始まり,入場者を集めるようになってから,もう3年も続いている。それをファンたちが不思議に思っていないというのも,「Star Citizen」というゲームの奇妙さを物語るものである(Star Citizen関連記事)。

 Star Citizenはゲーム史上最も多額のクラウドファンディングを得たゲームであり,一つの壮大な実験プロジェクトであると言える。ゲーム開発の実験であり,ゲームデザインの実験であり,開発費捻出の実験であり,ビジネスモデル創生の実験であると言えるが,これらの実験がすべて事前の計画どおりに,そしてスケジュールどおりに進行しているわけではない。実際,全体的に見ても,ゲームのローンチスケジュールは何度も遅延しており,それぞれのコンポーネントで約束されたマイルストーンは何度も到達できないでいる。
 最近開催されたCitizenCon 2016でのビッグニュースはシングルプレイヤーキャンペーンが楽しめるコンポーネントの「Squadron 42」だったが,完成の遅延がアナウンスされた。また,FPSコンポーネントである「Star Marine」もデザインの変更が告知されており,開発の複雑化で身動きが取れなくなっているのではないかという懸念も出始めている。

 こうしたたび重なる遅延や変更は,Star Citizenというプロジェクトの周りにボンヤリとした不信の煙幕を作り出している。ゲーム業界について細かくチェックしている人なら,このゲームで1億1000万ドルという途方もない金額を消費者から集めたChris Roberts氏と彼のチームを糾弾し,詐欺とまで呼ぶ人も少なくないことを知っているだろう。Star Citizenに関するほとんどの議論は,あらゆるジャンルとゲームシステムを取り込んでしまっているゲームそのものについてではなく,あまりにも大きすぎた野望を収拾することができないRoberts氏の不手際についての話題に帰結していく。
 当初の計画とは異なるゲームだったという批判が噴出した「No Man's Sky」のローンチ以降はとくに,あからさまにRoberts Space Industriesに対する攻撃が過熱している。これもまた過剰な機能予告が行われたが必然的に果たされなかった例だ。ただ,今回は,完成する前から1億ドル以上もの投資をゲーマーたちから受け取っている点が違っている。

「ゲームがどのように投資され,開発されていくかという新しい指南書の中に,Roberts氏とそのチームは,ゲーム開発者がファンや消費者とどのようにコミュニケーションをとっていくべきかという新しいルールを模索するという,壮大な実験の1ページを書き込んでいるのではないだろうか」

 その一方で,フェンスの内側には熱狂的なStar Citizenのファンがおり,Roberts氏が計画どおりにゲームを完成することを信じてやまない。今日ではなく,明日でもないかもしれない。ひょっとしたら来年中にも完成しないかもしれないが,いつの日にはStar Citizenが彼らの夢見るとおりのゲームになるときがくると信じているのだ。
 実際「Star Citizen」の信者と懐疑派の間には,ほとんど同調できることなどないようだが,現時点では信者たちの立ち位置はそれほど良いものではない。何度も遅延し,何度も開発の問題にぶち当たり,普通ならプロジェクトの失敗と言えそうな状態に見舞われているというのに,まるで自分たちがお金を払ったものに対して忠誠を誓い,疑うことさえ拒絶してしまっているかのようだ。

 ここまで書くと,私が懐疑派であることを皆さんもお気付きであろう。長年Chris Roberts氏のゲームをプレイしてきた身としては,彼自身がStar Citizenというプロジェクトを飲み込めないでいるような気がしてならなかった。しかし,今年のCitizenConをライブストリームで視聴していて,信者たちが何を考えているのかが,よりはっきりと見えてきた気がした。Star Citizenは,もう一つ別の実験をしているのではないか。今後のゲームがどのように投資され,開発されていくかという新しい指南書の中に,Roberts氏とそのチームは,ゲーム開発者がファンや消費者とどのようにコミュニケーションをとっていくべきかという新しいルールを模索するという,壮大な実験の1ページを書き込んでいるのではないだろうか。

 今年のCitizenConはさまざまな点で思い出に残るイベントであったが,最も興味深かったアスペクトの一つが,Roberts Space Industriesの面々がどれほどStar Citizenの開発にオープンな姿勢であったかということであり,ファンに対してはテクニカルほどの解説を怠ることはなかったのだ。このイベントに参加したファンたちは,確かにSquadron 42の開発が遅れ,Star Marineはデザインの見直しにかかっていることを学んだ。しかし,そうした解説の中には,「皆さんに最高の状態で提供できるように時間をかけてゲームを作り込んでいる」とか「我々の求める品質まで妥協しない」というような,まるで広報担当が考え出したかのような紋切り型のコメントは見られず,開発者はコードの一部までを公開して,なぜ練り直しが必要なのかといったことをじっくりと説明していたのだ。ファンたちは,ただSquadron 42が遅れたと言うだけでなく,パスファインディングの新しいロジックが必要であるということを学んだ。一介のゲーマーがパスファインディングのロジックについて気にしているかどうかは別にして,その事実がほかの技術的な問題のリストと共にスクリーン上で公開され,ファンたちはStar Citizenの開発現場で何が起こっているかを知ることができたのだ。

 このような例は,これまでにはなかったはずだ。私が自分の記憶を辿って思い浮かぶところでは,id Softwareが「Quake」の開発中に.planファイルを公開し,ゲーム開発やゲームエンジンの開発状況について情報を公開していたようなことがある。以来20年間にわたって,ゲームの開発現場は霧の中に包まれるようになり,ゲーマーたちはトレイラーなどの広報的な情報を一方的に受けるだけになってしまった。

 もちろん,そうした変化は理に適っており,多くの消費者はゲーム開発のテクノロジーについては無頓着なものだ。しかしその一方で,ゲーム開発の詳細を消費者の見えないところに押しやってしまうというのは,ある意味ゲーム産業に悪影響を及ぼす原因にもなりえる。近年のゲーマーたちは,ときには不当なほど非常に要求が強く,すぐにゲームについて嘆き叫びする。こうしたことは,自分の意見をはっきりと述べることができるインターネット文化の台頭や,ゲーム価格が上がったことで消費者意識が厳しいものとなったことが理由に挙げられるだろうが,もう一つ,ゲーム開発が複雑化したことで,そのプロセスが理解できていないというのもあるのではないだろうか。
 ゲームのテクニカルな詳細が公表されないために,多くのゲーマーは自分が興味を示したゲームがどんなものになるのかという実態が掴めず,ただ単にゲームは簡単に作れるものだと誤解してしまっているのかもしれない。No Man's Skyを例にとれば,いったい何人のゲーマーたちが,ネット上で「数週間の作業でマルチプレイヤーモードを搭載させろ」というような要求を突き付けたり,「どうして,僕の考えるような簡単にできそうな機能を追加できないのか」というような配慮のない文章をよく見かけるのも,こうした理由からではないだろうか。

「この実験をするうえでRoberts氏らは,開発中に浮上した問題を少しでも早く情報公開することによって,ファンたちが何に期待すべきかを保証するという驚きの効果を生み出すことになった。これは,開発者のコミュニケーションモデルとしては,かつてないほど異質なものであり,なぜかそれがうまくいっているのだ」

 「Star Citizen」の開発者たちが,自分たちの発言にまったく色を付けていないわけではないだろうが,ほかの多くの開発者たちと比べた場合,彼らは自分たちのプロジェクトの進展に関して驚くほどにオープンで,そのプロセスがどのように進行しているのかを,壁にぶち当たって方向転換を迫られている状況までもしっかりとファンたちに正直に公開している。それは非常に勇気のいることのはずだ。ソーセージ工場がガラス張りの建物ではないのは,その中の様子がおぞましいからであり,多くのゲーム開発者たちはStar Citizenのように自分たちの置かれている立場をゲーマーたちの目に晒すことには躊躇する。ひょっとしたら,チームメンバーをゲーマーに対峙させるという選択は,ゲーム開発に対する批判や攻撃を避けるためであるとも考えられるが,Star Citizenの信者たちは,その開発プロセスに一役買っていると思っているのは間違いない。遅延や問題に対して理解を示しているというのは,その問題がなぜ起こっているのか,何をすれば解決できるのか,そして新しい機能や要素をゲームに入れるためにどれだけの複雑なプロセスなのかを彼らが把握しているからにほかならない。

 このようなRoberts Space Industriesの実験の成果を,すべての開発会社が利用できるというものではもちろんない。Star Citizenがターゲットにするゲーマー層は,宇宙が好きな,いわゆる“ギーク”と呼ばれる消費者層であり,ほかの産業やゲームジャンルの消費者よりもゲーム開発に対する理解は高いはずだ。そして,Star Citizenの開発たちは,ゲームの開発状況をしっかりと説明していくことで,忠誠心のある信者たちを作り出し,どれだけ開発が遅延したり問題が起きたりしようとも,それを許せるという希少なファンを育てた。それに加えて,この実験をするうえでRoberts氏らは,開発中に浮上した問題を少しでも早く情報公開することによって,ファンたちが何に期待すべきかを保証するという驚きの効果を生み出すことになった。これは,開発者のコミュニケーションモデルとしては,かつてないほど異質なものであり,なぜかそれがうまくいっているのだ。このオープンな姿勢をとったとしても,ほかのゲーム開発会社が同じような反応をゲーマーたちから得られることは,まずないかもしれない。

※本記事はGamesIndustry.bizとのライセンス契約のもとで翻訳されています(元記事はこちら