フォトリアルなVR体験とは? NVIDIAが志向するプロフェッショナル向けVRの世界
ただ,このような流れに乗って“プロ向け”のVRもちゃんと進化している。NVIDIAは,Pascal世代のQuadroカードの発売が始まったことを受けて,プロ向けVRの現状を紹介する報道関係者の体験会を,2016年10月18日に都内で開催した。プロ向けVRとはいったいどういうものなのか,NVIDIAによる説明と体験をレポートしてみたい。
IrayによるVRを推進するNVIDIA
VRを使えば,その場にいるような感覚や視野を得ることができる。そんなVRの特性はゲームだけでなく,さまざまな分野に応用できることは容易に想像できるだろう。最も分かりやすい例は建築分野で,設計中の建物のモデルデータを使ってVR環境を作成し,まだ存在しない建物の中に入り,仮想空間で内部のデザインをチェックしたり採光や照明の具合も確認できる。
そのほかにもVRの仮想空間は,製造業やサービス業,医療といった分野に応用できる可能性がある。つまり,NVIDIAとしてはプロ向けグラフィックスを担うQuadroシリーズがカバーしている広い領域にVRが使われる可能性があるわけだ。
もちろん,レイトレーシングには計算パワーの物量が必要になるので,NVIDIAとしても自社のGPUを多く使ってもらえるビジネス上の旨味といったものがあることも間違いないだろうが。
そのため,NVIDIAはGPUベースのレイトレーシングを行うレンダラとして自社開発のIrayや,独Mental Imagesが開発し現在はNVIDIAの手に移っているMentalRayといった物理ベースのレンダラを積極的に押し出している。
柿沢氏によると,MayaはMentalRayのバンドルをやめてしまったが,利用していたユーザーが多いためMentalRayプラグインの需要は引き続き高いそうだ。NVIDIAが提供するMentalRayプラグインはGPUのアクセラレーションを最大限に利用しているため,かつてのMentalRayに比べて大幅にパフォーマンスが向上しているとアピールする。
また,Irayではサーバーを使ってレンダリングの効率を上げるバックエンドのソリューションとしてIray Serverが提供されている。レンダリングをIray Serverに任せることで,作業の効率を大幅に向上させられるというのがIrayの大きなアピールポイントの一つだ。
Iray ServerはNVIDIAが手がけるサーバー製品「Quadro VCA(Visual Computing Appliance)」や,今年3月に発表されたPascalベースのサーバー製品「DGX-1」を利用することができるという。
Quadro VCAはQuadro M6000ベースのGPU×8基を搭載するGPU搭載サーバーだ |
3月に発表されたGP100コアを使用したサーバー製品DGX-1 |
ハードウェアとしてのQuadro VCAやDGX-1を利用し,またソフトウェアのIray Serverを用いることで,物理ベースの高解像度あるいは大量のレンダリングを短時間に行うことができるわけである。
と,ここまでが前フリで,柿沢氏によると,NVIDIAがプロ向けのVRとして展開しているのがIrayを用いたVRソリューション「Iray VR」である。
このIray VRだが,我々ゲーマーが考えるVRとはちょっと,というか大分異なる。ゲームにおけるVRはインタラクティブ性が求められるので,キャラクターの移動に合わせてリアルタイムに仮想空間の3次元映像が作り出されていくが,さすがにレイトレースのレンダリングでそれを行うのは,VCAやDGX-1のパワーを持ってしても不可能だ。
そのため,レイトレースの部分は事前計算になるのだが,たとえば建物の中でチェックしたい位置の光の情報をあらかじめ計算しておき,閲覧時にはその情報をもとにVR映像をレンダリングするというかたちになっている。雰囲気的には球の内側にレンダリング結果を映し出しているような感じらしいのだが,両眼で視差を持って見渡せるのだから,話はそう簡単ではない。ライトフィールドまで計算して映像を作り出している。
また,膨大なデータ量をビデオメモリに置く必要があるので,グラフィクスメモリは24GBが必要とのことで,現状ではビューアとして使うGPUとして「Quadro M6000(の24GBモデル)かQuadro P6000しか選択肢はない」(柿沢氏)とのことである。
24GBを持ってしてもデータ量が非常に多いので,現状では移動はできず,固定された位置から周りを見回すだけとなっている。それでも,本当にリアルな光源計算で描かれたVR空間を実現できることの価値は非常に大きいといえる。
Iray VRの構築が利用できるのはQuadro VGAかDGX-1のみなので,極めてハードルが高そうだが,GPUベースのクラウドサービスもあるので「たとえば,AmazonのAWSを使うこともできる」(柿沢氏)とのこと。IrayVRのために高価なハードウェアを揃えるというのは,よほど多数のプロジェクトを抱えているようなビジネスでなければ難しそうなので,クラウドを使うというのは,割と現実的な選択肢になるのではないかと思う。
ちなみに,Iray VR並みのレンダリングをリアルタイムで行うというのは「たとえVolta世代のGPUであっても無理だろう」(柿沢氏)とのこと。インタラクティブ性を備えたフォトリアリスティックなVRとなると,まだまだ遠い夢というところらしい。
というわけで,Iray VRを使った映像のVRを体験してみたのだが,なかなか興味深いものがあった。デモに使われたモデルは下のスライドに示す3つだが,移動こそできないものの,光の具合を変えて周囲を見るといったことができたり,あるいは英国の古い銀行の設計データを使ったモデルでは,コントローラを使ってマップを出し,マップ上の移動できる点に映像を切り替えるといったことが可能だった。
ゲーム以外の市場を目指すUnreal Engine
Unreal Engineといえば現在の多くのゲームに利用されている代表的なゲームエンジンだが,河崎氏は「ゲームは大作化が進み,将来的にはゲームの本数が減っていくと見ている」と語る。
実際,AAA級と呼ばれるゲームの制作費は高騰を続けているうえ,今年11月に発売されるPlayStation 4 Proなど新世代ゲーム機がグラフィックスのレベルを引き上げると,さらに制作費が高騰しかねない。勢い,河崎氏がいうようにゲームの本数が減っていくという可能性は十分にあるだろう。
そのため,エピック・ゲームズとして「非ゲームの市場を積極的に開拓している」ところなのだそうだ。
というわけで,河崎氏はゲーム以外の用途でUnreal Engineが活用されている事例を次々と紹介していった。ゲーマーにも馴染みがあるところでは,東京ゲームショウ2016で発表されたバンダイナムコゲームスなどが手がけるメディアミックスプロジェクト「Project LayereD」がある(公式サイト)。プロモーションムービーがUnreal Engineで制作されているほか,「アニメ本編もUnreal Engineで制作するか現在検討が進められているところ」(河崎氏)だという。
そのほか,下のスライドのような事例が紹介された,非ゲーム分野でのUnreal Engineの事例は,YouTubeでデモ動画が見られるので興味がある人は参照してみるといいだろう。
Barrowsという英国のスタジオが手がけたFordのディーラーが顧客向けに利用する車の色や内装を選ぶソフトウェアにUnreal Engineが採用された |
NASAのISS訓練シミュレータにもUnreal Engineが採用されているそうだ |
Whirlpoolが提唱する未来のキッチンを体験できるVRデモにもUnreal Engineが活用されている |
ブラジルのテレビ局が制作した番組ではバーチャルなキャラクターとサッカーをするという映像をUnreal Engineで制作したそうだ(YouTubeでの映像) |
のっけから「ゲームの本数が減る」と言われたのでゲーマーとしてはショックが大きかったが,Unreal Engineがビジネス用途に利用できるパフォーマンスを備えているのは事実だろう。前出のIray VRとは異なり,インタラクティブ性をもたせたVRコンテンツが可能なので,Unreal Engineを使ったVRのビジネスシーンでの利用も今後,広がっていくのかもしれない。