VRゲームの「The Brookhaven Experiment」がAAAタイトルをVRカジノに誘う
もしあなたが,VRゲーミングへのアーリーアダプタであるなら,HTC Vive用に発売されている「The Brookhaven Experiment」というタイトルを試すか最低でも耳をしたことくらいはあるだろう。VRタイトルとしては人気のあるタイトルの一つで,シカゴを拠点とするPhosphor Gamesが作り出したサバイバルホラーのシューティングゲームだ。同社はファンからの反響には満足しているらしく,「Viveプレイヤーの一定の層が購入したことですでに黒字化している」とGameIndustry.bizに話す。Phosphor Gamesは,PlayStation VRのローンチタイトルになるべく移植作業が進められており,さらには年末までにはOSVRやそのほかのVRヘッドセットもサポートされる予定であるという。そして,その次に「The Brookhaven Experiment」が目指すのは,当然ながらカジノの世界である。えっ? カジノだって?
そう。Phosphor Gamesは現在,Gamblitというメーカーとの提携により,「The Brookhaven Experiment」のカスタム版の開発に取り掛かっている。まだ設立されて間もないGamblitは,古臭いイメージが付きまとうカジノをゲーマー世代の若者たちにアピールすべく設立された企業で,この2社が手を取り合ってVRC(Virtual Reality Cube)という大型筐体を開発し,プレイ中に賭けができるような仕組みを提供しつつ,カジノのフロアへの進出を図っているのだ。「The Brookhaven Experiment」をプレイできるVRCは9月27日から29日までラスベガスで開催中のイベントGlobal Gaming Expo 2016で発表される予定であり,全米のカジノに向けての販売は,まだイベントでの反応を見てからとGamblitは考えているようだが,すでにCaesarsのような大型カジノとの提携は済んでいるとのことで,Caesars Palaceはもとより,同社が全米で展開するカジノに設置されるのは間違いなさそうだ。「The Brookhaven Experiment」は,ここから利益を上げることができるだろうか?
「カジノで遊んでも,一番安いスロットマシーンで1時間ほど遊んで10ドル損し,まあ10ドルで1時間楽しめたらよかったかなと思うくらいですね。私自身はそれほどギャンブルに嵌ったことはないのですが,だからこそGamblitがターゲットとするプレイヤー層であると思うのです」と言うのは,Phosphor GamesのCEOであるJustin Corcoran氏だ。「もしゲームをプレイする人にスキルがあるのに,お金を賭けるごとに10%から15%ほどのマイナスになっていくというのであれば,それはギャンブルとしては酷い体験であり,あってはならないことです。Gamblit同様に私もこうした旧来のカジノのシステムを大きく変えて,リアルマネーをロケーションベースのエンターテイメントに適応するべきであると思います。カジノをよりエンターテイメントに近いものにし,より多くの人が立ち寄れるような場所にする。そしてチャンスではなく,スキル次第で良い結果を得られるようなゲームらしい仕組みを作る。そのようなカジノの在り方を変えるような企画に関われるのはうれしいことですね」と続ける。
「正直言って,このような良い機会がまだあったなんで驚いています。2010年にAAAタイトルの開発からモバイルゲーム市場に移ったときもチャンスを感じましたが,今回はそれ以上ですね」
Darion Lowenstein
また,Corcoran氏は「Phosphor Gamesでは常にゲームテクノロジーの最先端にいようと邁進しています。我々はモバイルゲーム市場に参入したのも早かったですし,プレイヤーの動きを認識させるシステムを最初にゲームで表現したメーカーの一つでもあります。VRゲーム市場でも先便をきることができましたが,カジノへの参入も次のゲーム市場の最先端であると注目しているのです。VRゲームのパイオニアとしてだけでなく,リアルマネーを使ったプレイヤーをハッピーにさせつつ,賞金を得られるような新しいゲーマー世代向けのシステム作りに助力できたことを,同じように数年後に振り返ってみたいですね」と抱負を語った。では実際に,「The Brookhaven Experiment」はギャンブルとしてどういう仕組みになるのだろうか? 本質的には,プレイヤーがプレイしているVRCの周囲で見ている人が,ゲームプレイの特定の結果について賭けできるというのである。
しかし,八百長はどうなるであろうか? 仲間たちがグループになってあらかじめVRCが設置されているカジノに行き,例えば第2ラウンドで意図的に失敗して特定のオプションをクリアするといったことはできるのではないだろうか?Gamblitは,そうしたことはすでに答えを見つけ出していると言い,プレイヤーが負けることに負担を強いる一方,少しでも勝ち進みたいと思うようなゲームシステムにしているのだと語る。
Lowenstein氏は,「賭けの仕組みがどうなっているかと言えば,観衆はプレイヤーが特定のオプションに対してどのような成績を残すかに賭けているわけです。これらはプレイヤーと同じものですが,死ぬかどうかではありません。事実,プレイヤーが死んでしまった時点で観衆もみんな賭け金を失ってしまいます。プレイヤーの動機となるのは,まずはチャレンジを通して生き抜くこと。プレイヤーがうまくプレイすることで,ほかの観衆も恩恵を受けるのであって,プレイヤーが途中で死んでは元も子もないのです」と話した。
Rockstar Games,Electronic Arts,Activision,そしてScopelyといった著名なゲーム企業で20年以上にもわたって経歴を積んできたLowenstein氏は,最近まではカジノでのビジネスに関わることなどまったく思ってもいなかったという。しかし,その機会は無視するのは魅力的すぎた。
「簡単に言うと,私が開発副社長だったモバイルメーカーのScopelyから退社したあと,Gamblitからアプローチを受けたのです。最初は,声をかけてうれしいんだけど,カジノゲームなんて詰まらなすぎるな,なんて思っていたのですけど,凄く熱意があってオフィスにまで呼ばれたんです。そこでCEOとウマがあって3時間くらい話し続けましたが,ひょっとしたらストリートファイターのようなアーケードビジネスをカジノで再生することができるんじゃないかと考えるようになったのです。正直に言って,このような良い機会がまだあったなんて驚いています。2010年にAAAタイトルの開発からモバイルゲーム市場に移ったときもチャンスを感じましたが,今回はそれ以上ですね」と,Lowenstein氏は自身の転身についても語ってくれた。
Lowenstein氏は,このことについて「これまで大きな変化がなさすぎたのです。カジノ業界がやってきたことといえば,レストランで良い料理を提供するとか,ショーやクラブを派手にするとか,そんなことばかりです。しかし,カジノスペースでのギャンブリング体験を見てみると,カジノに遊びにくる最大の年齢層である21歳から45歳までの人たちが,ギャンブルなんかには見向きもせずにレストランやクラブに向かっているのです。彼らは,エンターテイメントを楽しむために来ているのですが,スーパーファミコンやXboxをプレイして育ち,スマートフォンにはCandy CrushやClush of Clansといったモバイルゲームを常駐させている彼らにスロットマシーンは何も語りかけることはありません。もはやまったく異なるエンターテイメントになっていると言っていいでしょう」と解説する。
続けて,「カジノ業界では,世代格差の問題は認知されています。高年齢層はカジノのフロアで散財しているという資金源になっている一方で,カジノに来る大多数の若い人たちはギャンブルをしません。それは失われた機会であると言えるのです。カジノの運営者たちは我々のゲームをプレイして,そこに潜在性を見て我々と話し合いの場を持とうとします。それは,彼らが自分たちの顧客についてをよく理解しているからだと言えるでしょう。スロットマシーンの前に座っている若い人たちを見て近寄ってみると,スマホをいじりながらCandy Crashを遊んでいたというようなことはカジノ関係者は良く目撃することです。今の状態では,あまりにも高価すぎる椅子になっているんです」とLowenstein氏と語った。
Corcoran氏は,Phosphor Gamesでは数か月に渡って「The Brookhaven Experiment」のカスタマイズ版を制作しているとのことで,彼にとってはVRCはカジノに遊びにくるような層の人々が,VR機器を手にとってプレイしてみる良い機会である同時に,このテクノロジーを体験してもらって新しい顧客を獲得する機会であると話す。
「このゲームがすでにVRゲームとしてソーシャル性を獲得しているところに,もう一つのコミュニティやグループでのインタラクションによる楽しさを加えようとしているのです」
Justin Corcoran
「我々は,このゲームを使ってカジノ向けのカスタム版を作るための専用チームを編成しています。ゲームとしては,通常のVR版と同じ体験ができるですが,Gamblitとの話し合いや協力の中でインスピレーションを受けて開発した特殊な機能で上層部を固めています。まず,“ゲームを外から眺める”というのは,通常VR版から考えられてきたことで,ホラーサバイバルのようなジャンルではストリーミングでゲーマーたちが実際にプレイし,彼らが驚いて跳ね上がったり怖がったりする様子を見たり,その感情を見ている側の人たちが共有したりというのがこのゲームの根底にあります」とCorcoran氏は言う。「VRゲームを初めて体験する人の様子を傍から見るのは本当に楽しいですし,それ自体が一つのゲーム体験でもあるのです。我々は,この体験の共有をもう一段階引き揚げて,自分の友人が押し寄せてくるモンスターたちと戦い,その波状攻撃から自分の身を守れるかどうかに賭けてみるという要素を持たせようとしているわけです。「お前が3ラウンドまで生き延びることに10ドル賭けてやるよ」っていうようにね。このゲームがすでにVRゲームとしてソーシャル性を獲得しているところに,もう一つのコミュニティやグループでのインタラクションによる楽しさを加えようとしているのです」と続けた。カジノ専用のリアルマネーゲームを自主制作するというビジネスモデルについて,Lowenstein氏は「Gamblit側が行うのは,我々のパートナーとなるAAAタイトルの開発メーカー側との収益配分やライセンス料といった伝統的な手法となります。ですから本質的には,メーカー側はライセンスを受けたりそれぞれのテリトリーの法律に適応させておくことで,新しい収益システムを生み出すことができるのです。これが我々のビジネスモデルのすべてとも言えますね」と話す。
AAAタイトルのゲームがカジノに登場するというのはまったく新しいアイデアであるが,とくにスポーツ分野では成熟しつつあるのは確かである。すでに多くのカジノではアメフトやバスケットボールなどさまざまなスポーツに賭けができるようになっている。例えば,「Madden NFL」のようなスポーツゲームの対戦で賭けをできるような仕組みが生まれても不思議ではないだろう。
「本当にそうですよね。スポーツ市場は非常に大きい。実際,すでに我々はほぼすべてのゲームジャンルのメーカーと話し合いを持っており,スポーツに関しても例外ではありません」というLowemstein氏は,続けて「”マッチ3“と呼ばれるパズルゲームからゾンビシューティングまで,我々が先に手を付けておきたいことは山ほどあるのです。我々はまだ小さな会社です95人ほどしかいませんが,少なくとも50種くらいのタイトルをカバーするのは,最初は小さなゲームから初めて徐々にAAAタイトルに移行していくしかありません。The Brookhaven Experimentは,その意味でも我々によっての良い例なのです。我々の最初のVRプロジェクトであり,その楽しさを理解しやすいですからね。そういう意味で私個人としては,このゲームでVRCのスタートを切れることをうれしく思っております」と語った。
「昨今のモバイルゲームやコンシューマ機向けゲームと異なり,ゲーマーが起動するとともに自動的にアップデートされてパッチが完了するというようにはいかないのです」
Darion Lowenstein
仮に「The Brookhaven Experiment」のVRC版が成功すれば,Phosphor GamesとGamblitが今後もさらに新しいプロジェクトで提携していくと考えて間違いなさそうだ。Corcoran氏も「すでに企画段階にある新しいVRゲームも,カジノゲームとしても向いていると思います。Gamblitとの提携は非常に満足していますので,これからも協力していきたいですね」と話す。もちろん,「The Brookhaven Experiment」向けに新しいコンテンツを提供し続けるということもできなくはないが,オンラインでパッチを当てて対処するだけ,というわけにはいかないようだ。
「カジノ製品を作るために越えなければならない法律や取り決めは,とても多いんです。本当にびっくりするくらい。その点では,この分野への参入を決めたことが,ナイーブすぎたかと思いました。すでにGamblitには1年半くらい在籍していますが,ビデオゲームのカジノ版に関しては,オンラインでのアップデートのような単純なコンセプトは存在しません。モバイルゲームの運用で培った,サーバーサイドで10分くらいのアップデートをして終わりというようなスピード感は,まったく通用しません」とLowenstein氏は言う。さらに,「我々は,つまるところ顧客のお金を扱うのですから,ほかのスロットマシーンのような機器と同じように,Gamblitの製品も4か月から6か月という期間にわたっての事前評価を受けることになります。これは,アップデートでも同じことなのです。The Brookhaven Experimentの新しいレベルやモンスターを追加するとか,アートを変更するとか,我々が行うことすべてにおいて正式な認可手続きを受けなけれなばりません。一度,製品版が審査を通過すれば,アップデートの手続きは3か月ほどで終わるとのことですが,それでもモバイルゲーム時代と比べると話になりませんよね」と続けた。
Lowenstein氏は最後に,「本当に大変なビジネスです。私が思春期に熱中していた90年代のアーケードゲーム機を作っているような感覚に近いのかも知れません。何かアップグレードが必要となったのであれば,カートリッジごとかえなければならなかったようなNeoGeoとか。カジノゲームは,そういう意味ではインターネットや自動アップデートが普及していなかった1990年代のままなのです。ローンチ1日めから非常に完成度の高い製品作りをしなければなりません。昨今のモバイルゲームやコンシューマ機向けゲームと異なり,ゲーマーが起動するとともに自動的にアップデートされてパッチが完了するというようにはいかないのです」と締めくくった。
※本記事はGamesIndustry.bizとのライセンス契約のもとで翻訳されています(元記事はこちら)