[CEDEC 2016]現場で使っているサウンドデザイナーが語る「Wwise」
タイトルでだいたいのことは掴んでもらえると思うが,これは,人気を博しているサウンド開発用ミドルウェア「Wwise」について,バンダイナムコスタジオの現役サウンドデザイナー3名,中西哲一氏と渡辺 量氏,船田純一氏が解説するというセッションだ。
というわけで,セッションのアジェンダは以下のとおりだ。
1.Wwiseのメリットを知る
「初級」と位置づけられた「1.Wwiseのメリットを知る」を担当したのは,「ソウルキャリバーV」や「鉄拳7」「鉄拳7 FATED RETRIBUTION」などのサウンド制作を手がけた船田氏である。
氏はまず,Wwiseを「多数のプラットフォームと各種ゲームエンジンをサポートするサウンドミドルウェア」と定義した。複数のゲームプラットフォームやゲームエンジンに同時対応できるサウンド開発用ツールという理解でいいだろう。
一般に,自社ツールを有している会社は,開発にあたって,自社ツールの利用を優先させる傾向にあったが,今日(こんにち)のように,多数のプラットフォームやゲームエンジンへ同時に対応していくとなると,タイトルごとに開発ツールも最適なものを選択するほうが合理的なのだと思われる。
その「すごいこと」の1つとして船田氏がデモで披露したのは,「サウンドプログラマーにそれほど依存することなく,サウンドデザイナー側で,鳴らし方の制御を設計できる」ことだ。「音をトリガーし,制御する」部分の多くは一般にプログラマー任せとなるが,Wwiseであれば,逆に多くの部分をサウンドデザイナー側で担当できるようになる。
ここで重要になるのが,Wwiseにおける「イベント」という概念である。
サウンドプログラマーが指定条件に対して白紙のアクション指示をイベントとして発行すると,サウンドデザイナーは,そのイベントに対応するアクションをデータで自由に決められるようになる。ここで補足した中西氏によると,「イベントという白紙の指示書をもらって,その指示書の中身をサウンドデザイナーが書いていいのが面白いところ」だそうだ。
サウンドプログラマーの側では,各種指定条件において,サウンド向けには「イベント」という白紙のアクション指示を用意するだけでいい。そしてサウンドデザイナー側は,当該条件においてどのような音が,どのようなタイミングと長さで,どのように再生され,停止されるかといった「ほぼすべて」をWwise上から設定できるのである。
これは,従来の「何でもかんでもサウンドプログラマー依存」だったワークフローから,「サウンド制御はサウンドデザイナー側で行う」ワークフローへの転換を意味する。
従来は,少し込み入った制御を行おうとすると,サウンドプログラマーの助けを(しかも個別の条件ごとに)借りなければいけなかった。なので,担当するサウンドプログラマーが,別の致命的なバグなどでのっぴきならない状況にあったりすると,その制御が遅延したりおざなりになったり,最悪の場合は作業自体が拒否されたりすることすらあったわけだ(※)。それに対して,Wwiseを導入すれば,サウンドの制御を(ほぼ)サウンドデザイナー側へ渡せる。サウンドプログラマーからすると,明らかに「コストの下がる」ソリューションなのである。
※筆者注:
サウンドプログラマーの名誉のために述べておくと,こうなってしまうのも仕方ない面はある。重大なバグでも出たら,それをまず解決しなければならないからだ。サウンドの細かい制御に熱中して,スケジュールにインパクトを与えでもしたら大問題なわけで,それもあり,細かい制御をサウンドデザイナー側でできるようにしたほうが,サウンドチーム全体にとってよいのである。
一方,当然のことながら,サウンド制御関連を一手に引き受けるサウンドデザイナー側の「コスト」は増大することになるが,それを軽減すべく,Wwiseには強力なエディターがあることを船田氏は強調していた。
氏によると,Wwiseを導入することで,サウンドプログラマーの負荷は30%程度に低減し,逆にサウンドデザイナーの負荷は20%増しくらいのイメージだそうだ。サウンドデザイナー側でほとんどの作業を行えるようになると,従来のように,サウンドプログラマーから「面倒」「時間がない」と言われることなしに,制御を追い込めるので,確かに負荷は増大するものの,得られる効果としてはそれ以上なので,コストに見合うという話だった。
Wwiseにはほかにも,「開発終盤でも精神的な負荷が軽い」「調整やデバッグもWwiseの協力な機能によって効率的」というメリットもあると,船田氏は述べている。
とくに重要なのが,開発中の実機に,ボタン1つで接続できる機能で,これを使うことで,動作中の実機パラメータをその場で調整し,結果を保存できるという。事前にパラメータを変更して,そのプログラムを実機に転送して,実機上で音を確認して違っていたらやり直し……という過去のプロセスを考えると,おそろしく調整しやすいそうだ。調整時間の大幅な短縮につながるのだから,確かに効率的であろう。
また,ゲーム機やアーケード基板といった再生機器の限られたリソースで最大の効果を得るため,サウンドデザイナーの側では,複数の音を同時に鳴らしたときのCPUおよびメモリ負荷や,音がピークに達していないかなどをモニタリングしなければならないわけだが,これもWwiseの場合は「プロファイラー」として用意されており,各種状況を確認できるそうだ。
安定性も高いそうで,船田氏は「4年間ほぼ毎日,Wwiseを立ち上げているが,落ちたことはない」とまで言っていた。スポンサードセッションなので,ある程度は割り引いて考える必要があるだろうが,信頼度は高いという理解でいいのではなかろうか。
導入に関してはもう1つ,Wwiseを展開するAudiokinetic自体がカナダのメーカーということもあり(4Gamerの関連記事)英語に不安を覚える人もいるだろうが,そういうエンジニアのために,専用サイトで日本語のサポートが得られるという話も船田氏はしていた。いわく「危機的な状態で出たバグなどに対して,親身かつ迅速に反応&対応してくれる」とのことだ。
2.ツールの概念のおさらい
渡辺氏が取り上げたのは,複数のオーディオファイルで構成される「コンテナ」の扱い方だ。氏は,以下に挙げる要素について,それぞれデモを行った。
- ランダム:コンテナ内にあるオーディオファイルを無原則に再生
- シーケンス:プレイリストの順番に沿って決められた順番で再生
- レイヤー:複数のオーディオファイルを同時に再生
- ブレンド:複数のオーディオファイルを条件ごとに切り替えたり,同時に再生するとき音量の割合を変えたりして再生
ランダムでは複数の爆発音を無作為に,「シーケンス」ではミサイルの発射音から着弾音までを1つのつながりとして再生してみせた氏は,「シーケンスをうまく使えばMA(Multi-Audio)のようなことまでできる」とも語っていた。
レイヤーのデモでは,銃の跳弾音と,壁などに弾が当たって削れる音を同時に鳴らすという実例を紹介。さらに,ブレンドコンテナにオーディオアセットを登録して複数のオーディオファイルを同時に鳴らすデモも行った。
同時に鳴らすときの「混ぜる割合」は,オーディオアセット側でも,イベントタブ側でも設定できるそうで,「Wwiseは,結果として同じことをやるにしても,いろいろなアプローチが用意されているところがよい」と,渡辺氏は述べている。
Wwiseの「Project Explorer」にある「Audio」タブにオーディオアセットをインポートすると,ランダムやシーケンス,レイヤー,ブレンドなどの処理が行える |
シーケンスのデモ。サウンドデザイナーから鳴らす順番をリクエストして,サウンドプログラマーがそれを実装して,サウンドデザイナーが再度確認するという面倒な手順なしに,サウンドデザイナーが設定から確認まで行える |
続いて渡辺氏が行ったのは,「親子関係」(ヒエラルキー)に関する説明だ。「簡単に言うと,パラメーター設定のグループ化」だそうだが,Wwiseでは,ドラッグ&ドロップで,ぶら下がりの親子関係を構築できるそうだ。
大規模なプロジェクトにもなると,今や,オーディオアセット(≒効果音)の数は数万に達することもあるわけだが,Wwiseでは,親子関係を適切に処理していくことにより,初期値を1つ1つ,いちから設定する手間を省ける。
「ヒエラルキーをうまく活用してきれいに整頓することで,最小限の設定で済む。だから,プロジェクト構築時にしっかり親子関係を設計しておく」(渡辺氏)のがいいという。
オーバーライドは各オーディオアセット用のチェックボックスを有効化することで利用できるようになっており,有効化すると,親の値を無視して独自の値を利用できるようになる。ただし,当然のことながらオーバーライドを多用すると管理が煩雑になるため,こちらは最終手段として「そういうこともできる」くらいに考えておいたほうがいいというアドバイスもあった。
もう1つ,渡辺氏が時間を割いて説明したのが,前述したイベント以外にあるサウンドプログラマーの接点となる「ゲームシンク」である。
渡辺氏によると,ゲームシンクとは「ゲーム中のパラメータと音のパラメータをつなぐ機能」。インタラクティブなゲームサウンドの構築には非常に重要な要素になるという。
具体例として,車のエンジンサウンドにおけるピッチやボリューム変更,床面の素材に応じた足音の変更などを氏は挙げ,実際に,ゲームシンクで実装される機能のうち,「RTPC」(リアルタイムパラメータコントロール)と「スイッチ」の実演を行っていた。
3.実戦例TIPS
「上級」編となる「実戦例TIPS」を担当したのは,最近だと「Star Wars: Battle Pod」や「サマーレッスン」などのサウンド制作を手がけた中西氏だ。
ここで氏が紹介した内容は完全に「Wwiseを利用する開発者向け」なので,以下,画像とキャプション中心で紹介することにしたい。
マルチエディットにおいて,パラメータに絶対値を入力するのではなく,あえてまとめてオフセットを付けていく,裏技的な使用方法も中西氏は紹介 |
大量のデータを扱うため,最初はExcelなどでデータを作成することが多いが,それらはインポートすることができるという |
4.ここまでできるWwise〜無いなら作ればいいじゃない
最後,「超級」とされる「4.ここまでできるWwise〜無いなら作ればいいじゃない」も中西氏の担当だ。
Wwise自体は機能豊富なツールだが,オーディオプロセッサを初めとするサードパーティ製のオプションプログラムは購入して追加できる。なので,Wwiseにない,もしくはより高品位なオーディオ処理を行いたければ,サードパーティ製品の購入を検討するのがよいとのことである。
ただ,サードパーティ製の外部プログラムでも求める機能が得られないことはあるわけだが,その場合は「作るしかない」と中西氏は言う。WwiseではPlugin SDK(追加プログラム開発キット)が公開されており,プラグイン形式でオリジナルプログラムを追加可能だ。
無線エフェクトプラグインのほうは,いわゆる「無線ボイス」などのために利用するものとのこと。中西氏いわく「複数のエフェクトを組み合わせるのでは煩雑なので,求める無線ボイス加工ができるプラグインを開発した」とのことだった。
もう1つのダウンミックス&ダイナミクスレンジコントロールプラグインは長い名前だが,マルチチャネル素材をステレオにダウンミックスする機能と,ダイナミクスの範囲を制御する音量調整機能を1つにしたプロセッサソフトウェアだ。
どちらもプラットフォームごとの音量やチャンネル数の違いを吸収するためには必須の処理でありながら,なかなかよいものがないのが実情で,中西氏は「Wwise開発者向けに販売も検討している」とも述べていた。Wwise使いの人で興味があるなら,リクエストを送ると,本当に発売されるかもしれない。
スポンサードセッションとはいえ,開発メーカーの“大本営発表”ではなく,実際に開発を担当している開発者からの生の「いいね」コメントが,裏技まで含めた実際の体験談と共に語られたわけで,貴重な機会になったとまとめられそうだ。