[CEDEC 2016]目指したのは「五感に訴えるVR」。「VR ZONE」におけるサウンドデザインの秘密
それもあってか,CEDEC 2016初日,2016年8月24日に実施されたセッション「仮想世界はここにある!『VR ZONE Project i Can』におけるVR立体サウンド演出」は,CEDECのサウンド関連セッションとしては異例の,立ち見が出るほどの大盛況となったのだが,本稿ではその内容をレポートしてみたいと思う。
バンダイナムコエンターテインメントとナムコは,東京・台場で,VRエンターテインメント研究施設「VR ZONE Project i Can」(以下,VR ZONE)を10月10日までの期間限定でオープンさせるなど(4Gamerの関連記事),VRタイトルの商業展開において国内他社に一歩先んじている印象がある――だからこそ大勢の開発者が集まったのだろう――が,VR ZONEにおけるVRへのアプローチは,一言でまとめると以下のとおりになる。
- VR HMDとヘッドフォンだけで完結する,コンシューマ向け「VRコンテンツ」ではなく,同社が長年培ってきた筐体ベースのアーケードゲームのノウハウを活用し,視覚と聴覚だけでなく,筐体やVR施設から得られる,まさに「五感に訴えかける」コンテンツ
では,それを支えるサウンド演出とはいかに? というのが,本セッションのテーマとなる。
開発から施設まで,独自開発が際立つ「バンナム流VRコンテンツ」
プレゼンテーターの3氏は,全員がVR ZONEで体験できるVRタイトルの開発に携わった。矢野義人氏は「MAX VOLTAGE」,橋本大樹氏は「SKY RODEO」,そして倉持啓伍氏は「脱出病棟Ω」と,8月26日にオープンした「ガンダムVR ダイバ強襲」を担当している。
セッションではまず,矢野氏からVR ZONEの紹介があった。
VR ZONEは4年15日オープンで,VR HMDと専用筐体を使った,没入感の高いアクティビティがアピールポイントの施設だ。8月26日現在では8つの独自開発タイトルを楽しめる。
矢野氏によると,専用筐体で利用することになるヘッドフォン/ヘッドセット選定のプロセスにも,バンダイナムコスタジオのサウンドデザイナーが関与しているそうだ。
いわく,商業施設のため,プレイヤーの安全が第一とのこと。一方でVRは没入感こそが最大の魅力だが,「たとえば万が一の火災が発生したとして,没入しすぎてアナウンスが聞こえないのは致命的なので」(矢野氏),没入感とのバランスを取って,セミオープンタイプのエンクロージャに行き着いたという。
もちろん,音質的にもある程度以上でないと没頭できないので,「低音をしっかり再生でき,装着感をあまり感じさせないもの。それでいて頭部から外れにくいもの」という基準で最終的にオーディオテクニカ製ヘッドセット「ATH-PDG1」とAKG製ヘッドフォン「K240 MKII」を選択するに至ったとのことである。
「ゲーム」だが,“ゲーム演出”を極力排除しなければ「リアルではない」
まずは,エクストリームスキーを体験できるSKI RODEOからだが,担当した橋本氏によると,本作は「ゲレンデやレーススキーとは異なった,通常決して味わうことのできない,高度な山頂でのスキー体験を味わえるVRコンテンツ」。プレイヤーは,VR HMDとヘッドセットを装着したうえで,専用設計の筐体に乗って(というか立って),スキーを楽しむことになる。
専用筐体と,一人称視点で見ることのできるリアルな雪山の描写を行う一方,オーバーレイ表示されるステータス表示など,一見して「あ,ゲームだな」と感じられるような要素は極力省略したとのことだ。
プレイヤーが乗る筐体は床面をスキー板に見立てたものになっており,プレイヤーの動きに合わせて動く。さらに,プレイヤーの前に設置してある送風ファンによる風を感じることもできる。
もう1つ,「ステップ振動」も用意してあるのだが,これは,「プレイヤーが足を置く部分を『ステップ』と呼ぶ」ことが理解できればイメージしやすいだろう。要は,プレイヤーの足下を振動させる機能である。プレイ中の音声信号を,ヘッドセットだけでなくステップ(に内蔵した振動機構)へも送り,滑走中,斜面に合わせて不規則に振動したり,ジャンプしたら振動を止めたり,着地したらその衝撃を足に伝えたりすることで,臨場感を高めているという。
さて,いましれっと「ヘッドセット」と書いたが,SKI RODEOは,ヘッドセットのブームマイクを活用して,プレイヤーの呼吸を入力し,それに合わせて画面上に白い息(のエフェクト)を出す演出に使っている。施設の周辺ノイズを拾わず極力プレイヤーの声のみに反応するよう,息として認識する閾値をきちんと調整しているとのことで,心憎い演出と言えそうだ。
調整はNUSound3上で行えるため,プログラマーではなく,サウンドデザイナー(=橋本氏)側で処理できるという。
調整は基本的にPC上で行うわけだが,「PCで画面を見るときと比べて,VR HMDを装着したときは,スケールが大きく感じられたり,PCで確認したときより音が近く,軽く感じられたりすることが多い」(橋本氏)ので,VR HMD装着時に距離や速度感,重量面で違和感が生じないよう,低音を補強したそうだ。
こういった音質やダイナミクス対策のため,ヘッドフォンアンプによるダイナミックレンジの確保や,採用するヘッドセットに合わせた音質音量の調整に気を配ったとのこと。視覚聴覚で完結しない「専用筐体VR」の調整の難しさが垣間見れ,興味深い。
そのための台本作成にあたっては,雪山の雰囲気を損なわない言葉を選び,「コース」「初級者向け」「時間切れ」など「ゲームっぽい」言葉は避けている。ある意味「ガチリアル」な演出に特化しているわけだ。VRにおいて,「ゲームっぽさ」は単に没入感を阻害する要素でしかないというわけである。
ゲームでありながら,従来の「ゲームっぽさ」を求められない。というか,「ゲームっぽさ」を極力排除しなければリアルに感じられない。VRコンテンツの特殊性が見える話だ。
音で恐怖を煽るホラー実体験室
脱出病棟Ωは2〜4人の協力プレイができるお化け屋敷+脱出ゲームで,「プレイヤーを怖がらせることが目的」と倉持氏。プレイ中は廃病院の中を懐中電灯で照らしながら電動車いすで進んでいく設定で,協力プレイの場合,ボイスチャットでプレイヤー同士の会話もできるようになっている。
製品コンセプトは「他者と共有すると『恐怖』は『楽しい』に変わる」で,それを踏まえた,サウンドデザイナーには,とにかく怖がらせてほしいという,シンプルなオーダーが入ったそうだ。結果,サウンド面での開発方針は「防衛本能に訴えかけるサウンド制作と演出」になったと,倉持氏は振り返っていた。
そのサウンド演出は多岐にわたるのだが,セッションは時間が限られていることもあり,今回は環境音と恐怖演出部分の二点に絞った解説が行われた。
まず環境音だが,前述のとおり,採用するヘッドセットはセミオープンタイプのエンクロージャを採用するため,プレイ中にも外部(=VR ZONE内)の雑音が聞こえてしまいやすい。そこで,それをマスキングしつつ,何も起こっていない状況であっても恐怖感を覚えてもらえるように「怖い環境音」を鳴らし続けるようにしたという。
ここでは,ホラー映画のサウンドづくり用として定番とも言える楽器,ウォーターフォン(Waterphone)を使って,高周波が耳障りで,反響も大きい効果音を作成しているそうだ。
一方で低周波にも抜かりはない。
「人間は19Hzの音を聴くと幽霊が見える」という話があるそうで,倉持氏はここに着目して掘り下げ,より一般的な真理とも言える「雪崩や嵐などの危険から身を守るために人間は低音に動揺や恐怖を覚えるように進化してきた」という事実に到達したとのこと。それを踏まえ,人間の可聴範囲外である19Hzの音をあえて混ぜ込んでいるそうだ。
19Hzの音は実際に再生デモを行ってくれたが,当然聞こえなかった。しかし倉持氏は隠し味的に,この音を脱出病棟Ωで多用しているとのことだ。
そのほかにも,倉持氏はホラー映画を研究し,ホラー映画を見ている観客が驚き恐怖を感じる法則についても解き明かしてくれた。具体的には以下のとおりだ。
- 登場人物が嫌な気配を感じる
- 後ろを振り返る。このとき小さな緊張がある
- しかし何もいない。よって緊張は緩和され,安堵する
- 安堵して前を向くとゾンビがいて驚く。これが緊張のピークになる
なぜ一度安心させてから恐怖のピークを作るのかについて倉持氏は「恐怖をいったん緩和することで,その直後の恐怖との間の感情の振幅(差分)が大きくなるからではないか」と分析していたが,おそらくそうだろう。一度持ち上げてから落とす,ではないが,いったんほっとさせてから驚かせたほうが,恐怖や驚きは増し,インパクトも高くなるものだ。
次に,小さな緊張を緩和させるために倉持氏が選択したのは,「ボイスチャットで協力プレイヤーと話すこと」である。VR ZONEへ一緒にやってきた友人と話すことで安心感を生み,緊張を緩和させるのだそうだ。
そしてこの「会話すると恐怖が和らぐ」効果をさらに高めるため,ボイスチャットの際に「ダッキング」という処理を行い,プレイヤーがほかのプレイヤーと話している間は環境音が小さくなる仕組みを取り入れている。
ただ,ボイスチャットの実装では倉持氏が予測しなかった効果もあった。具体的には「他のプレイヤーの悲鳴によって恐怖の連鎖が起こる」そうだ。
そもそも「悲鳴は仲間に危険を知らせるための救難信号&警告」(同氏)で,仲間の悲鳴を聞くと自分も身の危険を感じる一方,音だけでは具体的に他のプレイヤーに何が起こっているか分からない。これが,さらなる不安をかき立て,より恐怖を感じる状況を生むとのことだった。音による演出ならではの効果と言えよう。
トップアーティストの気分を味わうために,専用の部屋を用意
SKI RODEOと脱出病棟Ω以上に音が主役のVRコンテンツなので,サウンド開発において音の重要度も高い。そのため,「本物のライブステージ上で得られる臨場感」を獲得するにはどうすべきか,サブウーファ付のヘッドフォンと5.1chのサラウンドシステム,どちらがMAX VOLTAGEに相応しいかを比較検討するところから音づくりを始めることになったという。
さて,実際にVR HMDを装着した状態で両者を比較してみたところ,ヘッドフォンの場合,音の輪郭がはっきりしており,また,プレイヤーが手で持つことになるハンドマイクとの間でハウリングが生じないというメリットがあった。しかし,音の振動はヘッドフォン,つまり耳からしか得られないので,身体全体に音が響かない。
対する5.1chのスピーカーシステムだと音が全身に響いて迫力がある一方,ハウリングの心配があり,制作者の関心事である「コスト」が高くなるのではないかという懸念もあったそうだ。
そうなると,音が盛大に出るわけなので,ほかのアトラクションに影響が出ないよう,防音室を準備しなければならない。
ということで,VR空間を自由に動ける防音室を用意することになり,そこから,「3.7〜4畳の広さを持つ防音室内で,壁や天井,扉にプレイヤーがぶつかっても怪我をしない一方,本物のライブ会場のように重低音で全身を振動させることができる」という設計コンセプトが生まれ,その実現のため,録音スタジオの設計・施工で実績のあるONZUという会社と協業することになった。
専用「筐体」を通り越して,専用の「部屋」を用意するというのは,普通やらない選択であり,このあたりからは矢野氏の執念を感じる。
プレイヤーは,完成した防音室の中でトップアーティストになりきるわけだが,そのとき重要な役割を果たすのが「ヘッドトラッキングオーディオ」である。
これは前述した2タイトルでももちろん使われている技術だが,MAX VOLTAGEにおいては,とくに重要な処理として機能する。
NUSound3が実装するヘッドトラッキングオーディオは,簡単に言うと,プレイヤーの位置や角度が変わっても,音の鳴る場所を変えないタイプの技術である。市販製品で言えば,Wavesの「Nx」に近いが(4Gamer関連リンク),このヘッドトラッキング技術により,プレイヤーがどこでどの方向を向いていようと,音は常に同じ場所から再生されることになる。簡単な例を挙げるなら,プレイヤーが観客に背を向ければ,歓声は頭の後ろから聞こえるようになる。
MAX VOLTAGEではヘッドフォンではなく5.1chサラウンドスピーカーを使っているので,そもそもスピーカーの位置は固定である。なので,ヘッドトラッキング技術が本当に必要なのかと正直,疑問を覚えたのだが,矢野氏は,本作におけるヘッドトラッキング技術の役割は大きく分けて2つあるとした。
1つは,5.1chスピーカーセット計6基の座標をあらかじめプログラムで登録しておくことで,プレイヤーが各スピーカーに近づくと,その距離に応じて音量がリアルタイムに下がるような処理を入れ,これにより,ライブ会場の広さを表現しているという。
もう1つは,先ほども出てきたハウリング対策である。ヘッドトラッキング機能により,マイクがプレイヤーの口から何cm離れているとか,スピーカーからの距離がいま何cmあると常に把握できるので,その情報を活用し,マイクがプレイヤーの口から一定以上離れたりして,ハウリングの恐れが出てきた場合には,マイクの音量を自動的に絞る処理を実装しているのだそうだ。これは,一般的な環境におけるハウリング対策に追加して実装しているそうだが,ヘッドトラッキング技術の応用例としては非常にユニークである。
そのほか,ライブではお馴染みの「コール&レスポンス」も,MAX VOLTAGEでは機能として実装している。
これにより,イントロや間奏,アウトロパートでプレイヤーがリアルタイムにMCすると,それに大歓声やコーラスが呼応するようになる。非常にインタラクティブで,正にステージをVR体験するときに欲しい機能と言えるだろう。
サウンドは「リアル」を演出する重要な要素
ナムコは,家庭用と同じくらいアーケードゲームが有名で,今でも「体感ゲーム」を得意としているメーカーだ。実際,SKI RODEOの元になったのはかつてゲームセンターで一世を風靡した専用筐体アーケードゲーム「Alpine Racer」シリーズだろうし,MAX VOLTAGEのサウンドデザイナーは,そもそも太鼓の達人などに関わっている矢野氏だったりする。
これは筆者の予想だが,バンダイナムコスタジオの開発者達は,そういう体感ゲームを得意としていた会社の歴史もあって,他のVR開発者と少し違う視点からVRコンテンツを開発しているのではないだろうか。
現在,ほとんどのVRが視覚と聴覚にのみ頼っているのに対し,VR ZONEで体験できる「バンナムのVRタイトル」は,専用筐体(や専用の防音室)を用意し,コンテンツに合った演出を行うことで,明らかにそれ以上の「五感に訴えかけるVR」を目指しているように感じられる。そして,バンナムのVRタイトルにおけるサウンドの役割は,もはやプレイヤーの聴覚に訴えかけるだけではなく,筐体を制御する重要な要素にまで昇華されている。
一時レガシー扱いされていた専用筐体設計のノウハウが,ここに来て業界最先端のVRコンテンツで再度ブレークしようとは,少なくとも筆者には夢にも思わなかった事態である。
個人的に興味深かったのは,プレゼンテーターの3氏が,VRコンテンツにおける音づくりで,極力ゲーム的な演出を排除し,あくまでリアルなVR体験に主眼を置いていた点だ。ゲームにおけるサウンドデザインで実績豊富な彼らが,「VRには,(MAX VOLTAGEのようなタイトルを除いて)BGMのような,従来のゲーム的な演出効果は不要であり,もしくは逆効果」と考え,代わりにリアルな効果音をリアルタイムで制御することを追求し,音による筐体(もしくは空間)の制御にまで踏み込んでいる。これらは家庭用VRとは別の,しかし極めて正しいVRコンテンツのあり方ではないだろうか。