[CEDEC 2016]ゲーム開発者が働きながら本を出版するためのノウハウを教えます
2016年8月24日,ゲーム開発者向けイベント「CEDEC 2016」が,今年もパシフィコ横浜にて開幕した。ゲーム開発に関する最新動向をいち早く吸収できるイベントだが,技術的な話題だけではなく,マーケティングやローカライズ,開発者のキャリアアップなど,幅広いテーマで講演が行われている。
筆者が聴講した講演「夢の印税生活!? ゲーム開発者が本を出版するためのノウハウ」は,ヤフー PSC事業本部の蛭田健司氏によるものだ。ヤフーに勤めながら業界向けの本「ゲームクリエイターの仕事 イマドキのゲーム制作現場を大解剖!」(Amazonアソシエイト)を執筆した経験のある氏が,書籍執筆の経験やノウハウを受講者と共有するという,CEDECでもなければなかなか聞けそうにない内容である。
ちょっと変わったこの講演の概要をレポートしよう。
蛭田氏が本の執筆を手かけるきっかけになったのは,CEDEC 2015で行われた「ゲームクリエイターのための出版入門」(関連リンク)というセッションだったという。このセッションに参加した蛭田氏は,その後,出版社にコンタクトを取って,企画をスタートさせたのだそうだ。
技術やノウハウを解説する本の執筆プロセスは,「ある程度の原稿ができてから出版社に持ち込む」パターンと,「何か本を書くと決めてから企画を考える」という二通りの方針があるかと思うが,蛭田氏が選んだのは後者である。
そもそも蛭田氏は,プログラマーからキャリアをスタートして,さまざまなゲーム開発会社を渡り歩きながら,ときにはテクニカルディレクターやインフラの管理者といった業務も担当するなど,幅広いキャリアを持つ。そうした経験から,当初はそれまでのキャリアを踏まえた企画を合計5本提出したが,残念ながらすべて没になったという。
出版社から指摘された「企画のGO/NO 判断ポイント」は,予想される対象読者の厚みだ。蛭田氏が書こうとしたジャンルだと,現在,初版の刷り部数は3000部程度というのが平均であり,その数は最低限,想定される読者の数と釣り合わなくてはならない。だが,新規事業の立ち上げノウハウや,北米でのビジネス経験といったテーマでは,対象読者が少ないということになった。また編集者からは,選んだテーマでは内容が書籍1冊分に満たないという指摘も受けたそうだ。
そういったやりとりを経て浮上したアイデアが,「ゲームクリエイターの仕事」を網羅的に解説するというものだった。ゲーム業界の基礎知識から,それぞれの職種の紹介と求められる知識のすべてを含む案というわけである。
これなら,将来ゲームクリエイターになりたいと思っている学生や,ゲーム業界に転職したばかりの人など,対象読者を広く想定できる。結果,無事にゴーサインが出ることとなった。
蛭田氏はここで,この企画が通ったのは,ゲーム業界内の仕事について網羅的に扱った本がこれまで多くなかったことも理由のひとつだと振り返っている。
ゲームクリエイターの仕事を紹介する本は,これまでにも何冊かあったが,その構成は,インタビュー形式で各章のエキスパートがそれぞれを担当するという内容であったという。一方,本書の場合は,1人の著者が書籍全体を執筆することで,職種間の協力関係まで踏み込んで解説できる。そこが差別化のポイントになったのだそうだ。
以上を踏まえて蛭田氏は,「業界内外の多くの人に役立つ」ことを意識したテーマ決めこそが大事だと強調していた。「自分が何を書けるか」ということよりも,「多くの読者に対してどう役に立てるのか?」という発想で考えていくことが,企画を通すためのコツというわけだ。
さて,本の執筆は筆者が中心に行われると思うかもしれないが,実際は編集者が中心となっており,大きな責任と権限を持っている。蛭田氏は,提案すべきことは著者からどんどんすべきであるものの,最終的に「決める」のは編集者であり,また出版社側であるということを,著者は意識するべきだと,注意を促していた。
その一例として蛭田氏は,本のカバーを例に挙げる。本のカバー裏側にある紹介文は,蛭田氏が書いたものではなく,知らない間に編集サイドで決定していたのだそうだ。また,表紙には「いまどきの」とか「まるわかり」といったキャッチコピーが書かれているが,これも蛭田氏が作ったものではない。だが蛭田氏は,出版業界ではこういう言葉が読者に刺さるのだと考え,プロの編集者を信頼して任せることにしたのだという。
もちろん,筆者が出版社の慣例にすべて従わなくてはならないわけではない。編集者は常に多忙であるため,本書では蛭田氏がプロジェクトマネージャーの経験を活かし,自ら進捗を管理していたそうだ。
さまざまな準備を経て,ついに執筆のスタートを切ったが,うまくいかないことも多かったと,蛭田氏は振り返っている。
まず,執筆のスケジュールは企画で3週間,執筆全体は16週間,校正には4週間を想定し,1章分を1週間で書き上げる計画で進めようとした。講演内容と前後するが,蛭田氏はヤフーにおける通常業務と並行して執筆していたので,1日の平均執筆時間として,おおむね3時間を想定していたという。
しかし蓋を開けてみれば予定どおりだったのは企画ぐらいで,執筆は予定より2週間,校正では4週間も余計にかかってしまった。最終的に,スケジュールは2か月半も押してしまったのである。
何より辛かったと蛭田氏が言うのは,執筆内容をすべて箇条書きで書き出す期間に3週間分も取られてしまい,執筆がスタートしてから10週間もの間,1ページも仕上がらないまま月日が過ぎていったことだったそうだ。
さて,限られた執筆期間の中では,時間捻出の効率化がとても重要だ。蛭田氏は,通常の業務を行いながら毎日3時間を捻出していたのだが,執筆を始めた当初は,1日の業務が終わったあとに執筆していたという。
ただ,夜の作業時間帯ともなると,最後の食事から7時間ほど経過してしまった後になるので,血糖値が下がり,なかなか集中できない。執筆には脳を働かせなければならないが,脳は糖分を大量に必要とするため,血糖値の低い「非効率な時間」を避けて,執筆の時間を確保する必要があるのだ。
そこで蛭田氏は執筆期間の途中から,「朝早く起きて3時間執筆し,それから会社の業務に入る」スタイルに変更したという。本一冊の執筆は,長丁場である。時間そのものの効率化をしっかり行うことで,自分に負担をかけずに,時間を確保することが大事だと,蛭田氏は述べていた。
レイアウトと文字数に関する問題も,事前に予想できていなかった要素である。
現在,本の執筆を目指している人は,企業の社内向けドキュメントを書いた経験があるかもしれない。蛭田氏もノウハウのドキュメント化を常に行っていたため,本の執筆も同じような流れでできるだろうと考えていたそうだ。
しかし,社内向けドキュメントと異なり,本には文字数とレイアウトの厳しい制限があり,それに合わせて,文字量を減らしたり増やしたりしなくてはならない。「完ぺきな内容を書けた!」というときであっても,最悪,「入りきらないから,文量を半分にしてください」という指令が下る可能性すらある。
レイアウトは,「情報の濃度を一定に保つ」ことを目的に調整される。どうしても文章量の調整ができない場合は,そのセクション自体を分割したり,ほかのセクションと統合したりして,全体の設計を変更する必要が出てしまう。当初計画した章構成のまま出版できるケースはほとんどなく,行き戻りをしながら,全体をまとめなくてはならない。
また蛭田氏は,「経験を積んでいるからこそ執筆が難しいこともある」と述べる。
たとえば,社内向けの文書を書いている場合,同僚に伝えたい新しい発見や知見が中心となるため,執筆活動のモチベーションを高い状態を維持しやすい。しかし,書籍の場合,さまざまな情報を初歩から網羅的に書く必要がある。つまり,自分にとって当たり前の情報を書き続けることにもなるわけで,これが意外と苦痛な作業になる場合があったという。
何より,書くべき初歩の範囲が把握できているならまだしも,「(そのテーマが)未経験の人にとって,何が分からないのかさえ分からない」状態に陥ってしまうことさえある。これは,その分野のベテランほど,初心者の視点が失われてしまいやすいからだと,蛭田氏は指摘した。
続いての難点は「作図」だ。基本的には,シンプルな図形の組み合わせで著者がラフを作り,それをデザイナーやイラストレーターが清書して図版を作る場合が多い。基本図形でシンプルに作図するといっても,図の意図をしっかり説明できるようになるためには,図形の配置や色,濃淡といった情報も必要になる。
そのうえ,蛭田氏が書いた書籍の場合,作図量が膨大であった。160ページ中,実に80ページほどが図なので,ラフの作成だけでも,かなり大変だったとのことだ。
そして最後の困難は,「自分が知らないことを書く」局面だったと,蛭田氏は振り返っていた。
とくに,今回のような網羅的な書籍の場合,著者の蛭田氏が多彩なキャリアの持ち主といえど,ときには専門外の分野について言及することが避けられない。蛭田氏の場合,サウンド分野がそれに当たっていたため,そこでは,専門家にリサーチを行って,自分の中で曖昧だった言葉の意味や定義など,知識を補完することになったそうだ。
さらに,執筆作業を進めていく最中に,「もう書けない!」という状況に陥ってしまうこともある。本の執筆は,仕事ができる人ほどはまりやすい罠があるからだと,蛭田氏は述べる。
たとえば,蛭田氏は初めに,しっかり計画を立てて取り組もうとしたが,その計画どおりに進まずに作業が遅れると,そのズレに苦しむはめになる。全体の構成作りや,要素の洗い出しに時間がかかるということに気がつかず,「10週間分も遅れている!」というプレッシャーを受け続けてしまう状態になったのだそうだ。
また蛭田氏は,仕事に取り組む心得によくある「大変なところから取り組む」という手法も,本の執筆では間違いとなることもあると述べていた。いわく,いつまでたっても先に進めず,書き終えられる気がしなくなってくるからだそうだ。
そこで,逆に大変なところは最後にして,書けるところから進捗を積み上げる手法を蛭田氏は推奨していた。こうすれば,残しておいた「大変なところ」に取りかかるとき,「あともう一息だ!」と自分を奮い立たせられる,というわけである。
新たに本を書いてみようという人は,執筆対象の分野についてはベテランかもしれないが,「本を書く」ことに対しては新人だ。書きやすいところから取りかかって,執筆の経験を積むことで「勘所」を掴み,そのうえで一番大事なところに取りかかるほうがいいと,蛭田氏は述べている。
書籍の校正とは何かをゲーム開発にたとえて言えば,仕様の実装が終わったあとに続くデバッグ作業のようなものだ。校正のプロセスや作業の流れは,出版社や編集部によって異なることがあるが,蛭田氏の場合,PDFファイル化した原稿に,取り消し線やコメントを入れながら,編集者とやり取りすることになった。
もちろん,すべてのページで漏れなく確認しなくてはならないのだが,この段階でも,図の作り直しや文章の修正が意外に発生してしまう。「これで完璧だろう」と思って編集部に送っても,また修正点が戻ってくるということが続くのである。
この段階は精神的にも辛く,「いつ終わるか分からないため,先が見えないような気になってくる」そうで,本書の場合,全ページチェックを4往復して,ようやく乗り越えたのだという。
また校正の段階では,「編集に直してもらう」のではなく,「自分で直す」という意識も必要だと蛭田氏は述べる。たとえば,専門知識が必要な部分は,筆者にしか正解が分からないものだ。ところが,良かれと思って編集やデザイナーが直したところが,結果として間違ってしまっていることもある。ここは,著者として注意が必要だという。
本の中で用語を統一する作業も,地味に大変な作業だ。たとえば「ユーザー」あるいは「プレイヤー」という言葉ひとつとってもそうだが,変に統一しすぎても細かいニュアンスが失われてしまうこともあると,蛭田氏は注意をうながしていた。
なによりも校正は,最終的に時間との戦いになる。本が校正の期間に入ると,そこで発売日がだいたい固まってくる。蛭田氏は,「とにかく校正の返信を最速で行うように」と述べた。さっさと返してしまって,編集でチェックしている間に休もうという考え方が,おすすめなのだそうだ。
本を書く者にとって,気になる点が収入だ。出版社との契約上,すべてを開示はできなかったため,蛭田氏は前述したCEDEC 2015の講演から,印税の仕組みを抜粋して紹介した。
それによると,価格に対する印税の割合はおおむね5〜10%で,この手のジャンルは初版3000部が平均的な刷り部数となる。そして,基本的には増刷で稼ぎ,1年累計で160万円の印税収入を目指すというのが基本モデルとのことだ。
蛭田氏は,本書の執筆に700時間がかかったそうだが,それを時給換算してみると,得られる収入は最低賃金以下になってしまう。本が大ヒットすれば夢があるものの,ゲームクリエイターが本を書くことは,「基本的に,お金じゃないと考えたほうが前向き」だと蛭田氏は結論付けていた。つまり,ゲーム関連書籍の執筆は,誰かの役に立つもので,ゲーム業界への貢献であるという気持ちで取り組むべきというわけだ。
さて,執筆が完了して無事出版され,本が店頭に並んだ段階になると気が抜けがちだが,このタイミングでのプロモーション活動は,重要な意味を持つという。蛭田氏は,タイトルプロデューサーの経験を活かして,本のプロモーションが必要な人にしっかり届くようにと意識して,プロモーション活動を行った。
まずは「献本」である。これはサンプルとして本を贈る活動で,これまで世話になった人,メディアの人,情報を広めるハブとなる人などに贈るのが基本である。本書の場合,その性質上,専門学校や大手企業にも献本を行ったそうだ。この活動により,業界人にSNSで紹介してもらうことにつながり,露出の大きな機会となった。
これができるのも,日頃,業務で世話になっている人たちがいるからこそと蛭田氏は述べる。「本の宣伝をしたいのでお友達になってね」では成り立たない,普段の人脈が生きる瞬間だ。
メディア露出では,まず出版社が持つオウンドメディア上でインタビュー記事を公開した。そして,「出版記念講演」としてセミナーも行い,そのイベントレポートがいくつかのメディアで取り上げられることで,情報拡散につなげることができたそうだ。
こうして蛭田氏が本を出版したところ,さまざまな依頼や打診が増えたそうだ。教育機関や専門学校からの「非常勤講師になってくれませんか」という依頼や,「企業のアドバイザーになってもらえないか」という話が来るようになったのだという。これは,本を出すという大変なタスクを達成したことにより,社会的な信用を得ることができたからだからだと,蛭田氏は述べる。
また,最後に蛭田氏は,本の著者になるべき人として「できなかった人ほど,著者になるべき」であるとした。天才の人よりも,苦労してそのノウハウを後から会得した人のほうが向いているということだ。
蛭田氏は,書籍の出版というものを「自分よりも人のことを考えること」という言葉に集約し,できなかった人が学んだ役に立つノウハウを形にすることである,と表現した。ゲーム作りと同じく,本を書くということは,人の幸せにつながる活動だ。「本の執筆はかなり大変な作業だが,その苦労を乗り越える価値は十分あります」と蛭田氏は最後に述べている。
蛭田氏が2015年の講演を聞いて本の執筆に挑戦したように,今回の講演を聞いて同じような挑戦をする人が,講演の受講者から出てくるかもしれない。
ちょっと変わったこの講演の概要をレポートしよう。
5本の「没」を経て決まった,執筆テーマ
蛭田氏が本の執筆を手かけるきっかけになったのは,CEDEC 2015で行われた「ゲームクリエイターのための出版入門」(関連リンク)というセッションだったという。このセッションに参加した蛭田氏は,その後,出版社にコンタクトを取って,企画をスタートさせたのだそうだ。
技術やノウハウを解説する本の執筆プロセスは,「ある程度の原稿ができてから出版社に持ち込む」パターンと,「何か本を書くと決めてから企画を考える」という二通りの方針があるかと思うが,蛭田氏が選んだのは後者である。
そもそも蛭田氏は,プログラマーからキャリアをスタートして,さまざまなゲーム開発会社を渡り歩きながら,ときにはテクニカルディレクターやインフラの管理者といった業務も担当するなど,幅広いキャリアを持つ。そうした経験から,当初はそれまでのキャリアを踏まえた企画を合計5本提出したが,残念ながらすべて没になったという。
出版社から指摘された「企画のGO/NO 判断ポイント」は,予想される対象読者の厚みだ。蛭田氏が書こうとしたジャンルだと,現在,初版の刷り部数は3000部程度というのが平均であり,その数は最低限,想定される読者の数と釣り合わなくてはならない。だが,新規事業の立ち上げノウハウや,北米でのビジネス経験といったテーマでは,対象読者が少ないということになった。また編集者からは,選んだテーマでは内容が書籍1冊分に満たないという指摘も受けたそうだ。
そういったやりとりを経て浮上したアイデアが,「ゲームクリエイターの仕事」を網羅的に解説するというものだった。ゲーム業界の基礎知識から,それぞれの職種の紹介と求められる知識のすべてを含む案というわけである。
これなら,将来ゲームクリエイターになりたいと思っている学生や,ゲーム業界に転職したばかりの人など,対象読者を広く想定できる。結果,無事にゴーサインが出ることとなった。
蛭田氏はここで,この企画が通ったのは,ゲーム業界内の仕事について網羅的に扱った本がこれまで多くなかったことも理由のひとつだと振り返っている。
ゲームクリエイターの仕事を紹介する本は,これまでにも何冊かあったが,その構成は,インタビュー形式で各章のエキスパートがそれぞれを担当するという内容であったという。一方,本書の場合は,1人の著者が書籍全体を執筆することで,職種間の協力関係まで踏み込んで解説できる。そこが差別化のポイントになったのだそうだ。
以上を踏まえて蛭田氏は,「業界内外の多くの人に役立つ」ことを意識したテーマ決めこそが大事だと強調していた。「自分が何を書けるか」ということよりも,「多くの読者に対してどう役に立てるのか?」という発想で考えていくことが,企画を通すためのコツというわけだ。
さて,本の執筆は筆者が中心に行われると思うかもしれないが,実際は編集者が中心となっており,大きな責任と権限を持っている。蛭田氏は,提案すべきことは著者からどんどんすべきであるものの,最終的に「決める」のは編集者であり,また出版社側であるということを,著者は意識するべきだと,注意を促していた。
その一例として蛭田氏は,本のカバーを例に挙げる。本のカバー裏側にある紹介文は,蛭田氏が書いたものではなく,知らない間に編集サイドで決定していたのだそうだ。また,表紙には「いまどきの」とか「まるわかり」といったキャッチコピーが書かれているが,これも蛭田氏が作ったものではない。だが蛭田氏は,出版業界ではこういう言葉が読者に刺さるのだと考え,プロの編集者を信頼して任せることにしたのだという。
もちろん,筆者が出版社の慣例にすべて従わなくてはならないわけではない。編集者は常に多忙であるため,本書では蛭田氏がプロジェクトマネージャーの経験を活かし,自ら進捗を管理していたそうだ。
日常業務と執筆を並行するうえでの困難さとは
さまざまな準備を経て,ついに執筆のスタートを切ったが,うまくいかないことも多かったと,蛭田氏は振り返っている。
まず,執筆のスケジュールは企画で3週間,執筆全体は16週間,校正には4週間を想定し,1章分を1週間で書き上げる計画で進めようとした。講演内容と前後するが,蛭田氏はヤフーにおける通常業務と並行して執筆していたので,1日の平均執筆時間として,おおむね3時間を想定していたという。
しかし蓋を開けてみれば予定どおりだったのは企画ぐらいで,執筆は予定より2週間,校正では4週間も余計にかかってしまった。最終的に,スケジュールは2か月半も押してしまったのである。
何より辛かったと蛭田氏が言うのは,執筆内容をすべて箇条書きで書き出す期間に3週間分も取られてしまい,執筆がスタートしてから10週間もの間,1ページも仕上がらないまま月日が過ぎていったことだったそうだ。
さて,限られた執筆期間の中では,時間捻出の効率化がとても重要だ。蛭田氏は,通常の業務を行いながら毎日3時間を捻出していたのだが,執筆を始めた当初は,1日の業務が終わったあとに執筆していたという。
ただ,夜の作業時間帯ともなると,最後の食事から7時間ほど経過してしまった後になるので,血糖値が下がり,なかなか集中できない。執筆には脳を働かせなければならないが,脳は糖分を大量に必要とするため,血糖値の低い「非効率な時間」を避けて,執筆の時間を確保する必要があるのだ。
そこで蛭田氏は執筆期間の途中から,「朝早く起きて3時間執筆し,それから会社の業務に入る」スタイルに変更したという。本一冊の執筆は,長丁場である。時間そのものの効率化をしっかり行うことで,自分に負担をかけずに,時間を確保することが大事だと,蛭田氏は述べていた。
レイアウトと文字数に関する問題も,事前に予想できていなかった要素である。
現在,本の執筆を目指している人は,企業の社内向けドキュメントを書いた経験があるかもしれない。蛭田氏もノウハウのドキュメント化を常に行っていたため,本の執筆も同じような流れでできるだろうと考えていたそうだ。
しかし,社内向けドキュメントと異なり,本には文字数とレイアウトの厳しい制限があり,それに合わせて,文字量を減らしたり増やしたりしなくてはならない。「完ぺきな内容を書けた!」というときであっても,最悪,「入りきらないから,文量を半分にしてください」という指令が下る可能性すらある。
レイアウトは,「情報の濃度を一定に保つ」ことを目的に調整される。どうしても文章量の調整ができない場合は,そのセクション自体を分割したり,ほかのセクションと統合したりして,全体の設計を変更する必要が出てしまう。当初計画した章構成のまま出版できるケースはほとんどなく,行き戻りをしながら,全体をまとめなくてはならない。
また蛭田氏は,「経験を積んでいるからこそ執筆が難しいこともある」と述べる。
たとえば,社内向けの文書を書いている場合,同僚に伝えたい新しい発見や知見が中心となるため,執筆活動のモチベーションを高い状態を維持しやすい。しかし,書籍の場合,さまざまな情報を初歩から網羅的に書く必要がある。つまり,自分にとって当たり前の情報を書き続けることにもなるわけで,これが意外と苦痛な作業になる場合があったという。
何より,書くべき初歩の範囲が把握できているならまだしも,「(そのテーマが)未経験の人にとって,何が分からないのかさえ分からない」状態に陥ってしまうことさえある。これは,その分野のベテランほど,初心者の視点が失われてしまいやすいからだと,蛭田氏は指摘した。
続いての難点は「作図」だ。基本的には,シンプルな図形の組み合わせで著者がラフを作り,それをデザイナーやイラストレーターが清書して図版を作る場合が多い。基本図形でシンプルに作図するといっても,図の意図をしっかり説明できるようになるためには,図形の配置や色,濃淡といった情報も必要になる。
そのうえ,蛭田氏が書いた書籍の場合,作図量が膨大であった。160ページ中,実に80ページほどが図なので,ラフの作成だけでも,かなり大変だったとのことだ。
そして最後の困難は,「自分が知らないことを書く」局面だったと,蛭田氏は振り返っていた。
とくに,今回のような網羅的な書籍の場合,著者の蛭田氏が多彩なキャリアの持ち主といえど,ときには専門外の分野について言及することが避けられない。蛭田氏の場合,サウンド分野がそれに当たっていたため,そこでは,専門家にリサーチを行って,自分の中で曖昧だった言葉の意味や定義など,知識を補完することになったそうだ。
さらに,執筆作業を進めていく最中に,「もう書けない!」という状況に陥ってしまうこともある。本の執筆は,仕事ができる人ほどはまりやすい罠があるからだと,蛭田氏は述べる。
たとえば,蛭田氏は初めに,しっかり計画を立てて取り組もうとしたが,その計画どおりに進まずに作業が遅れると,そのズレに苦しむはめになる。全体の構成作りや,要素の洗い出しに時間がかかるということに気がつかず,「10週間分も遅れている!」というプレッシャーを受け続けてしまう状態になったのだそうだ。
そこで,逆に大変なところは最後にして,書けるところから進捗を積み上げる手法を蛭田氏は推奨していた。こうすれば,残しておいた「大変なところ」に取りかかるとき,「あともう一息だ!」と自分を奮い立たせられる,というわけである。
新たに本を書いてみようという人は,執筆対象の分野についてはベテランかもしれないが,「本を書く」ことに対しては新人だ。書きやすいところから取りかかって,執筆の経験を積むことで「勘所」を掴み,そのうえで一番大事なところに取りかかるほうがいいと,蛭田氏は述べている。
全ページが4往復することになった校正作業
書籍の校正とは何かをゲーム開発にたとえて言えば,仕様の実装が終わったあとに続くデバッグ作業のようなものだ。校正のプロセスや作業の流れは,出版社や編集部によって異なることがあるが,蛭田氏の場合,PDFファイル化した原稿に,取り消し線やコメントを入れながら,編集者とやり取りすることになった。
もちろん,すべてのページで漏れなく確認しなくてはならないのだが,この段階でも,図の作り直しや文章の修正が意外に発生してしまう。「これで完璧だろう」と思って編集部に送っても,また修正点が戻ってくるということが続くのである。
この段階は精神的にも辛く,「いつ終わるか分からないため,先が見えないような気になってくる」そうで,本書の場合,全ページチェックを4往復して,ようやく乗り越えたのだという。
また校正の段階では,「編集に直してもらう」のではなく,「自分で直す」という意識も必要だと蛭田氏は述べる。たとえば,専門知識が必要な部分は,筆者にしか正解が分からないものだ。ところが,良かれと思って編集やデザイナーが直したところが,結果として間違ってしまっていることもある。ここは,著者として注意が必要だという。
本の中で用語を統一する作業も,地味に大変な作業だ。たとえば「ユーザー」あるいは「プレイヤー」という言葉ひとつとってもそうだが,変に統一しすぎても細かいニュアンスが失われてしまうこともあると,蛭田氏は注意をうながしていた。
なによりも校正は,最終的に時間との戦いになる。本が校正の期間に入ると,そこで発売日がだいたい固まってくる。蛭田氏は,「とにかく校正の返信を最速で行うように」と述べた。さっさと返してしまって,編集でチェックしている間に休もうという考え方が,おすすめなのだそうだ。
気になる印税は?
本を書く者にとって,気になる点が収入だ。出版社との契約上,すべてを開示はできなかったため,蛭田氏は前述したCEDEC 2015の講演から,印税の仕組みを抜粋して紹介した。
それによると,価格に対する印税の割合はおおむね5〜10%で,この手のジャンルは初版3000部が平均的な刷り部数となる。そして,基本的には増刷で稼ぎ,1年累計で160万円の印税収入を目指すというのが基本モデルとのことだ。
さて,執筆が完了して無事出版され,本が店頭に並んだ段階になると気が抜けがちだが,このタイミングでのプロモーション活動は,重要な意味を持つという。蛭田氏は,タイトルプロデューサーの経験を活かして,本のプロモーションが必要な人にしっかり届くようにと意識して,プロモーション活動を行った。
まずは「献本」である。これはサンプルとして本を贈る活動で,これまで世話になった人,メディアの人,情報を広めるハブとなる人などに贈るのが基本である。本書の場合,その性質上,専門学校や大手企業にも献本を行ったそうだ。この活動により,業界人にSNSで紹介してもらうことにつながり,露出の大きな機会となった。
これができるのも,日頃,業務で世話になっている人たちがいるからこそと蛭田氏は述べる。「本の宣伝をしたいのでお友達になってね」では成り立たない,普段の人脈が生きる瞬間だ。
メディア露出では,まず出版社が持つオウンドメディア上でインタビュー記事を公開した。そして,「出版記念講演」としてセミナーも行い,そのイベントレポートがいくつかのメディアで取り上げられることで,情報拡散につなげることができたそうだ。
ゲーム開発者向け書籍の著者になるべき人とは?
こうして蛭田氏が本を出版したところ,さまざまな依頼や打診が増えたそうだ。教育機関や専門学校からの「非常勤講師になってくれませんか」という依頼や,「企業のアドバイザーになってもらえないか」という話が来るようになったのだという。これは,本を出すという大変なタスクを達成したことにより,社会的な信用を得ることができたからだからだと,蛭田氏は述べる。
また,最後に蛭田氏は,本の著者になるべき人として「できなかった人ほど,著者になるべき」であるとした。天才の人よりも,苦労してそのノウハウを後から会得した人のほうが向いているということだ。
蛭田氏は,書籍の出版というものを「自分よりも人のことを考えること」という言葉に集約し,できなかった人が学んだ役に立つノウハウを形にすることである,と表現した。ゲーム作りと同じく,本を書くということは,人の幸せにつながる活動だ。「本の執筆はかなり大変な作業だが,その苦労を乗り越える価値は十分あります」と蛭田氏は最後に述べている。
蛭田氏が2015年の講演を聞いて本の執筆に挑戦したように,今回の講演を聞いて同じような挑戦をする人が,講演の受講者から出てくるかもしれない。