今年のGTMF「Unreal Engine」関連セッションのキーワードは「VR」と「The Unreal Way」
UEの認知が世界的に進んだのは2004年にデビューしたUE3からだろう。ゲーム機世代でいえばPlayStaion 3,Xbox 360の登場前夜の時代のことだ。この時代,日本のゲーム開発シーンでUE3に目を向けたのは大手のゲームスタジオのごく一部だけだった。それもそのはずで,当時のUE3は「舶来モノ」扱いで,なにしろ日本のゲーム開発シーンに活用してもらうための準備(日本語での情報)が不足しすぎていた。また,日本のゲーム開発文化(開発様式,表現様式)に適合しない要素もあったように思える。
しかし,そうした課題はバージョンアップとともに改善・克服されている。2009年には日本法人のEpic Games Japanも設立され,優秀な日本人のエンジニアやアーティストがEpic Games Japanに常駐するようになる。
以降,多角的かつ手厚いサポートができるようになり,日本のゲーム開発シーンから次第に高い信頼を得るようになる。とくに,2012年に発表された最新UE4の時代になって,さらにそれが無料化されてからは,個人レベル開発者から中小規模スタジオ,大規模スタジオまでの採用が進み,「舶来もの」感はいまや微塵もない。いまや,日本のゲーム開発シーンにとってUE4は「有効かつスタンダードな選択肢の一つ」になって「しまった」のだ。
筆者はそれこそ,Unreal Engineは1990年代後期からずっと動向を観察し続けているが,日本のゲーム開発シーンに浸透しだしたのはUE3時代最後期の2010年前後から。これはEpic Games Japanの設立時期と完全に符合するわけだが,実際にどんな魔法を使って,ここ6-7年で日本のゲーム開発シーンに対し普及や浸透を進められたのか。
実はその答えはシンプルで,Epic Games Japanのスタッフたちが草の根活動的に地道に,執念深く,そして丁寧に,UEシリーズの「ハウツー」を伝えることを積み重ねてきたのが実を結んでいるだけなのである。
7月5日に大阪,7月15日に東京で開催される「Game Tools & Middleware Forum 2016」では,この「地道なサポート」を続けてきたEpic Games Japanのスタッフの中から下田純也氏とロブ・グレイ氏の二人が登壇する。
今年の「地道で執念深い,そして丁寧な」「草の根活動的なセッション」はどんなものになるのか聞いてみた。
GTMF2016公式サイト
VR元年だからこそ押さえたい「Unreal Engine 4で高品質なVRコンテンツを制作するために知っておきたい100のテクニック」
UE4は,ゲームエンジン自体がVRに対応しており,ワンタッチでカメラ制御をVR-HMDに受け渡すことが可能になっている。いまやUE4は,従来のゲーム開発だけでなく,VRコンテンツの制作にも対応できるようになっているのだが,そこには「従来のゲーム」の開発とはやや違ったテクニックが必要とされる場合もある。下田氏は,その知見をセッション内で100個も提示しようというわけだ。
下田氏:
Epic Gamesは,VR-HMDが提案された最初期から,自社でさまざまなVRコンテンツを制作してきました。初期には「Couch Knight」「Showdown」がありますし,最近では「Bullet Train」「VR Editor」があります。それぞれのVRコンテンツが制作,リリースされたあとに,GDCなどのカンファレンスでメイキング解説セッションを行っています。その中で「VRコンテンツを制作するうえでのテクニック」を紹介してきているのですが,今回は,そうした過去の発表からはもちろん,そのほかのUE4ベースのVRコンテンツ制作の現場を経てフィードバックされた,さまざまな「VRコンテンツを制作する場合にはこうせよ,ここに気を付けよう」といった知見を一挙にまとめて放出・共有したいなと思って,こうしたセッションタイトルにしました。
下田氏がセッションで話そうとしている「100個のテクニック」にはさまざまなジャンルのものがあるそうだ。「テクニック」というと,技術面のワザばかりを期待してしまうが,むしろ,VRコンテンツのデザイン面で気を付けるべき点のほうが重要で,なおかつ実践もしやすいという。
では何をどう気を付けるのかといえば,それは「酔い」の問題だ。
下田氏:
VRコンテンツは,「いかにプレイヤーを酔わせないように楽しませるか」がとても大事です。UE4では作った3Dコンテンツ,3DゲームのカメラをVR-HMDに割り当てるだけで簡単にVR化することができますが,そのままでは「酔い」を回避するのは難しく,「酔わせない」VRコンテンツを作るためにはコンテンツのデザインのほうから「酔わせない」ようにする配慮が必要なんです。
例えば「酔い」はVR世界内での「体験者の移動」の演出の仕方に大きく影響します。「Showdown」では体験者が前に進んでいく内容ですが,シーン全体をスローモーションで等速に動かすようにすることでMotion Sickness(乗り物酔い)を起こしにくくしています。「Bullet Train」は一人称シューティング風のゲームですが,移動はワープ(瞬間移動)と割り切ることでMotion Sicknessを起こしづらくしています。
エンジニアの下田氏が登壇するセッションなので,もちろん,技術面の知見の話にも期待が掛かる。
下田氏:
セッションではレンダリングのパフォーマンスを引き上げるためのテクニックについていくつか話そうと思っています。例えば,UE4がVR専用に実装しているレンダリング技術に「VR Instanced Stereo Rendering」があります。
VRでは左右の目から見た映像を一つのフレーム内の左右に描画しますが,教科書どおりの実装だと,左目の映像を描画して,次に右目用の映像を描画する……という「二度のレンダリング」になります。
「VR Instanced Stereo Rendering」は,3Dシーンを一度,頂点パイプラインで処理したら,1フレーム内の左右領域それぞれに,同時に左目用と右目用の映像描画を実行してしまうテクニックです。インスタンシングとは,一つのオブジェクトを,パラメータを個別に与えて画面内に複数描画するGPUの機能テクニックですが,これを活用するんです。詳しくは,私のセッションで解説していきますので,ぜひいらしてください。
アーティスト主導で行う新世代ゲーム開発手法「Unreal Engine 4を利用した先進的なゲーム制作手法 The Unreal Way 2016」
こちらは,UE4を使ってどうやってゲームを開発していくかを,実際にUE4に含まれるツール群を紹介し,使いながら実践的に見ていく内容になる。学生のような初心者はもちろん,中堅のゲーム開発者でも,UE4を使ってゲーム開発した経験があまりない……といった人にもためになりそうなセッションだ。
グレイ氏:
UE4は,Epic Gamesが開発したゲームエンジンであり,Epic Games特有のゲーム開発スタイルというものがあります。
具体的にいえば,デザイナーやアーティストが中心・主導的にゲームコンテンツを作り上げていくようなスタイルです。私のセッションではこれを実現するためにはUE4をどう使っていけばいいかを示していこうと思います。
例えば,UE4を使ってゲーム開発をする際にお勧めしたいのが「ホワイトボクシング」という開発アプローチです。これは,ゲームの細かいディテールを作り込む前に,オブジェクトは「白い箱」(ホワイトボックス)でもいいから,先に一通りのゲームメカニクスを作り上げて,ひとまず遊べるゲームのプロトタイプを作ってしまおう……という制作スタイルのことです。
先代のUE3では,キャラクターやオブジェクトが相互にインタラクトする仕組みを作るには,Unreal Editorで世界を構築したりオブジェクトを配置したりしつつ,別ツールのビジュアルスクリプティングツールのKismetを用いたり,スクリプトを記述する必要があった。UE4ではBlueprint上だけで任意のロジックをつなぎ合わせて複雑なアルゴリズムを構築することができ,さらにそれらをアクターと呼ばれる動的オブジェクトに割り当てることで,動的オブジェクトが相互に干渉し合って動くインタラクションやゲームメカニクスのシステムが構築できるようになっている。
グレイ氏は,このBlueprintを使ってゲームプロトタイプをどのように制作していくかを実践的に解説しようというわけである。
グレイ氏:
実際に,Epic Gamesのタイトルである「Paragon」「Fortnite」「Unreal Tournament」での実例を示したいと思っています。白い箱だらけのシンプルプロトタイプが最終的な完成版ではこうなる……というような対比も見せられたらと思っています。
UE4の最新版では,新ツールとして「Sequencer」が新たに追加されたことが,UE4ベースでゲーム開発を行っている人達の間で大きな話題となっている。
グレイ氏のセッションでは,このSequencerの使い方にも触れるという。
グレイ氏:
Sequencerは,UE3の時代から存在したMatineeにかわるカットシーン制作ツールです。Sequencerは,AfterEffectsやFinalCutに慣れ親しんだゲームよりは映像制作畑の人にも使いやすく設計されています。Matineeでは難しかった,カットごとのコピペが行えますし,タイムラインベースの映像編集感覚でカットシーンを作ることができるようになっています。私のセッションでは,このSequencerの実践的な使い方についても触れていきます。
このセッションのターゲットはあくまでゲーム開発者ではあるが「アーティスト/デザイナー主導でもUE4を使ってコンテンツ制作が進められる」ということが示されるのであれば,アーティスト/デザイナー主体の小規模チームによる,ゲームではない3Dコンテンツの制作にUE4を活用したいノンゲームコンテンツ制作の人達にもためになりそうである。
今年のGTMFのEpic Games Japanの講演では,UE4の新機能紹介というよりは,より実際のゲーム開発に即した解説が行われるようだ。同社のノウハウが詰め込まれているので,UE4を導入したばかりという人から,すでに製品開発に使っているという人まで幅広く役に立ちそうである。