【月間総括】ジム・ライアン氏の去就と新型PS5でも前途多難なSIEの新体制

 前回の最後にTGSについて話すと書いたが,大きなニュースが出たこともあり見送ることにした。原稿の準備はしていたのだが,予告と違う内容になることをお詫びしたい。

 というわけで,まずは突然発表された新型PS5について話を進めたい。

 10月11日未明に,SIEは現行のPS5を小型化した新型PS5を発表した。仕様に大きな変更はなく,ストレージのみ175GB増量した1TBモデルとなっている。
 価格は少しややこしく,スタンダードモデルの欧米での価格は据え置きとなるが,日本は値上げとなった。また,縦置きスタンドは別売りとなったので,実質的には大幅値上げと言っていいだろう。

 一方,デジタルエディション(以下,DE)は単体で大幅な値上げとなった。DEはそもそも逆ザヤで売っているため一定台数以上出荷できない問題があった。それは,赤字負担が大きいDEを大量に販売すると全体的な収益性が悪化するためだ。大幅な値上げで逆ザヤは解消できると見ているので,DEの供給は増えるだろう。

 結論から述べると,新型PS5は現行品よりも販売状況は改善すると東洋証券は予想している。
 また,以前指摘した本体が白色という問題は,今後障害にならないだろう。こう書くと掌を返したと批判するかもしれないが,最初に製品に飛びつくようなマニアに売るのに白色が向いていないと言っているだけだ。4年目に入るこれから買う層はライトが多く,もはや影響はないと考える。

 新型PS5は現行機とサイズ以外の違いに乏しく,日本円で価格が上がっているにもかかわらず,販売が改善すれば,東洋証券が声高に言っていた「PS5は大きすぎる」との指摘が適切だったことになるのではないだろうか。

 ところで値上げがネットで否定的な評価になるのは,新モデルでは値下げが当たり前だった歴史に由来しているのだろう。SIEは批判を恐れる傾向があるので,今回のネットにおける値上げの不評をいたく気にしていると推測する。

 筆者は,提唱している形仮説に基づいて予測をしているだけである。形仮説を再度掲載すると

(1)人々の購買行動は,視覚情報に基づいて行われている(デザイン)
(2)多くの人は,ゲーム機を使う姿が受け入れられるかを想像している(スタイル)
(3)データ的には価格の影響を受けているように見えない

 分かりやすいデザインと遊び方こそが,ゲーム機販売の行く末を決めているという内容だ。とてもシンプルなものである。大きくて(デカイ)ゲーム機に見えないデザインや,互換性や性能に販売との因果関係が成立していないのである。(1)と(2)は繰り返し述べたので今回は省略するが,PS5は巨大で丸みがあって白いため,ここまでの販売(着荷)台数はPS4を下回っている。

 問題は(3)である。
 価格がゲーム機販売に実際に影響があるのか,検証してみよう。
 まず任天堂のマイナーチェンジは値上げが基本である。Switch Liteは値下げしたがセールスは期待したほどではなかった。
 筆者はNintendo Switch(有機ELモデル)が発表された際に,「低採算のビジネスモデルからの脱却が試されるSwitchの有機ELモデル」というタイトルで記事を執筆した。

 有機ELモデルはストレージが小幅増量で価格も値上げである。ユーザーの評価も芳しくなったが,結果はどうだろう。

【月間総括】ジム・ライアン氏の去就と新型PS5でも前途多難なSIEの新体制

 この販売動向を見れば一目瞭然で,値上げしてもこの比率にまで上昇しているのである。特に第1四半期は「Nintendo Switch(有機ELモデル) ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダムエディション」が押し上げているが,この特別デザインのOLEDモデルは価格も高く,ソフトも付いていない。純粋にデザインのみでも,人気なのである。

 表にまとめてみたが,OLEDモデルと新型PS5は共通項が多いことが分かる。

Switch OLEDモデル 新型PS5
性能 据え置き 据え置き
ストレージ 増量(32→64GB) 増量(825GB→1TB)
価格 引き上げ 日本は引き上げ
発表時の反応 今一つ ネガティブ
結果 大きく売れた

 こういったことを考慮すると,新型PS5は現行品よりは売れるのではないだろうか。

 一つ懸念があるならば,ゲーム機に見えないデザインかもしれない。現在のデザインにSIEが固執する理由が,筆者にはよく分からない。
 形仮説に基づくなら,ゲーム機に見えないデザインは改めたほうがより良い結果がでるであろうが,SIEの本社は極東の一アナリストの言葉を信じることができないと思う。だが形仮説的には新型PS5は現状よりも状況が改善することを示している。

 結果は来月以降を待つことになるが,価格が上昇した日本のPS5の販売が改善すれば,久夛良木氏が始めた逆ザヤビジネスモデルはついに終焉を迎えつつあるということになるのかもしれない。これは次のデフレ局面まで続くだろう。

ジム・ライアン氏
 最後に,SIEのジム・ライアン氏の退任について触れておきたい。
 9月28日にゲーム事業の経営体制についてのプレスリリースが出され,ジム・ライアン氏は2024年3月末の任期満了で退任と発表された。ここでは退任する理由は正式には何も出ていないが,日経新聞が報道したところでは,PS5の在庫増加や利益率が低下しているのでテコ入れするとのことである。

 筆者も退任に当たって日経にコメントを求められたので,ここ数年のSIEの行動はソニーグループ本社の考えとは違う独自の考えで動いていたなど,感じたことをコメントに応じた。
 もう少し背景に触れると,ソニーグループではアニメ事業の将来性を高く買っている雰囲気があるのだが,SIEの事業説明会やファミ通でのジム・ライアン氏のインタビューでは,アニメタイトルへの言及がまったくなく,むしろ,そういったものへの不寛容さが目立っていたように感じる。
 日本のアニメ文化に理解があるように見えないジム・ライアン氏の退任は,この点では大変素晴らしいことだと思う。

 そして今回のプレスリリースには「十時は(中略)SIEのCEO承継を含むプレイステーション事業の今後の方向性についての検討を行っていきます」という気になる一文がある。つまり,「ジム・ライアン氏の戦略を変える」と書かれているのである。
 しかも4月から暫定CEOになると予定されている十時氏はこの10月からSIEの会長になっている。十時氏はすでにソニーグループの社長とCFOを兼務しており,一人が3つの役職を兼務するのは非常事態に等しいと筆者は思う。

 では,どのように方向性を見直すのだろうか。
 フォーブスはライブサービスを見直すとの記事を出している。ライブサービスがどのようなゲームを指すのか今一つ分かりにくいが,フォートナイトやAPEXのようなオンライン運営型のビジネスモデルを指すようだ。一時期非常に流行っていたし,収益規模も大きいので注力することになったのだと思う。

 しかし東洋証券ではオンライン運営型のビジネスモデルは,ストレージにゲームデータが沈殿してしまうことや,大量にライブサービスが投下されるとユーザーが分散してしまい,結果として儲からなくなる点を指摘していた。
 この事からライブサービスはあまり筋が良くないと言っていたのである。実際,日本のスマートフォンゲームがこの状況に陥っていて,現状新作はあまり当たらなくなっているのである。そしてソニーグループも同じことを考えていたことになる。しかし,恐らくライブサービスだけではないだろう。

 それは日経も指摘していた,財務的な問題である。
 SIE側はハードが売れればその後ソフトの販売が増えて,利益率は改善すると見ていたはずだが,販売本数は大して増えていない。利益率が低いハードの比率が上がって損益が悪化しているのは,十時氏としては看過出来なくなっていると思われる。
 しかも棚卸資産(製品及び部品在庫など)が大幅に増えているという問題がある。視覚化したほうが分かりやすいと思うので,コロナ禍直前の2019年以降の棚卸資産の推移をプロットとしたのが次のグラフである。


 これだけだと最近は円安が進んでいて為替の影響を受けている,という批判を受けるかもしれない。SIEはグローバルにビジネスを展開していて,各外貨通貨建で在庫は分からない。そのため,為替変動の影響を小さくするために期末レートでドル建てにしたのが次のグラフである。


 このグラフを見る限り,為替の影響を受けているものの大きな流れには差異はなさそうである。となるとこの棚卸資産の急増は,新型PS5によるものだと思われる。
 ソニーグループの説明では,この在庫の増加は年間2500万台の販売計画に備えたものとしていたので,新型が積み上がっていると思われる。
 そして,間もなく開示される第2四半期末にはさらに増えるとのことである。

 ただ,2016年度に2000万台を販売したPS4でも,ピークの棚卸資産は1500億円程度である。両ハードは単価が1.5倍程度違うが,それを考慮してもドルベースで3倍近い増加は,少々多すぎるように見える。年末年始に過去にないくらい売れないと解消できないだろう。恐らく2500万台を達成するには,第3四半期の販売台数は1500万台程度は必要になる。

 この水準は,Switchが最も売れた2021年3月期第3四半期の1156万台を上回る水準だ。投入のタイミングが11月10日でホリデーシーズン直前であることを考えると,このハードルは富士山以上に高いといえそうだ。十時氏は財務系出身なので,筆者のこの指摘は読むまでもなくご存じのはずである。会長就任後どのような対応するかに注目したい。

 東洋証券としての見解だが,現状のニッチな一部の層(といっても世界的に見れば数千万人いるが)に優越感を与えるビジネスを,今後も継続するかどうかが,大きな分かれ目となる。
 物価上昇もあり,巨額になるハード価格,開発費の高騰とそれに伴う援助額の増大,優越感が欲求する肥大化した要望に,もはやSIEは応えることが難しくなっているように見える。東洋証券としては,SIEの優越感戦略は近い将来,行き詰ると予想している。今後の方向性にはこのような議論も含まれるはずである。

 だが,子供から大人までをユーザーにする初代PlayStationの頃のような施策を今からうつのは難しいだろう。この分野は任天堂が占有している。Wii Uでは壊滅的な失敗をしたのに,Switchでもユーザーは離れていない。任天堂は一貫して全年齢向けにハード/ソフトを提供していたことが大きい。この分野はすでにSIEは捨ててしまっている。今さら優越感のために応援してくれているユーザーから離れられないだろう。となると,クラウドゲーミングやNFTなどの流行り物の技術に未来を懸けるような可能性もあるが,技術が世界を席巻した例はほとんどない。MetaのメタバースもVRも成功していない。
 
 権力闘争の結果だと思うが,SIEはアメリカを拠点とした結果,かなり困難な問題に直面しているように見える。ジム・ライアン氏の後任が簡単に見つからないのも,無理はないのかもしれない。このタイミングでPS5を軟着陸させ,過去の成功体験から脱却できるように組織を変えないといけないが,失敗は認められないというジレンマが待っている。
 うまく立ち回れないと経営が迷走しかねないのである。十時氏がジム・ライアン氏の施策を全否定するほどの手腕を発揮するように期待したい。