ゲームミュージックはハリウッドから解放されなければならない

「Get Even」のゲーム音楽を担当した作曲家Olivier Deriviere氏が,生演奏の音楽とリアルタイム生成のサウンドトラックのメリット,そして映画音楽を模倣する愚かさについて議論する。

 Deriviere氏は実験的なゲーム音楽作曲家の一人だ。

 今や忘れ去られた感のあるカプコンの人気作品,Sci-Fiアクションゲーム「Remember Me」のゲーム音楽の作曲家,というのが一番分かりやすいかもしれない。彼は10年以上の歳月を費やしてゲーム音楽の可能性を探求し,オーケストラ演奏だけが提供できると信じるスペシャルな感覚を,可能な限りその音楽に加えている。

 「私は15年かそれ以上前にこの業界に入りました。もともとクラシック音楽の訓練を受けていましたが,同時に私自身がハードコアなゲーマーだからです」と彼はGamesIndustry.bizに語る。「ゲーム業界で何かをしたいと思い,『ObsCure』というゲームの音楽を作り始めました」

作曲家のOlivier Deriviere氏
ゲームミュージックはハリウッドから解放されなければならない
 「古典的な訓練を受けていたので,演奏面で質の高いものを取り入れたいと常々思っていました。ですからこの業界に入ってすぐの処女作で,私はパリ国立オペラ座の子供たちの合唱団の歌声を取り入れました。この種の演奏は,ゲームのプレイヤーやそのゲームエクスペリエンスにとって最高だと思うので,ObsCure以来,私はいつもその時々に見つけられる限り最高のアンサンブルとともに仕事をしてきました」

 Bandai NamcoとDeriviere氏の最新プロジェクトであるダークなFPS「Get Even」についても同じだ。アカデミー賞で作品賞・作曲賞を受賞した映画「The Artist」のサウンドトラックを担当したブリュッセル・フィルハーモニー管弦楽団が演奏を手がけたこのゲームは,5月26日にリリースされる。

 Deriviere氏はこう語る。「このゲームは非常に特別で,私がこれまで手がけてきたゲームとはまったく違います。世界を救ったりゾンビを殺したりするのではなく,人間に関する重厚なストーリーが展開されます。メインのキャラクターは3人,それがすべてです。とても人間的だからこそオーケストラが必要なのです」

 しかし,とくにゲームのように予算が高いプロジェクトでぜいたくなオーケストラを使用することは,制作費を一気に押し上げる可能性がある。「コール オブ デューティ」「Destiny」「アサシン クリード」のような大ヒット作の後ろにいる企業は,そのようなハイクオリティな音楽家たちを迎えることができるが,すべてのデベロッパやパブリッシャがそこまでラッキーなわけではない。だがDeriviere氏は可能な限り死守しようと奮闘している。

「生の音というものは感情を揺さぶるレベルにまで引き上げるものです。それはサンプリングで使用するだけでは再現できません」

 「予算を脇に置くと,重要なのは音楽そのものです。生の音というものは感情を揺さぶるレベルにまで引き上げるものです。それはサンプリングで使用するだけでは再現できません。ギター演奏者の演奏をシンセサイザで再現しようとして,そのギターのサンプリング音源がどんなに素晴らしくても本物の演奏者にはかないません。オーケストラでも同じことです」

 「オーケストラとコラボしたいときは,もちろん予算はあるものと想定してですが,作曲家として(そして私がゲーム業界でそれなりに経験を持っているという事実を踏まえ)いつオーケストラを頼めるかどうか分かるので,譜面を書くときにそれをベースに考えることができます。いずれにせよ,より多く生演奏の音を入れるとゲーム音楽はより良くなるように思います」

 これは音楽だけの良し悪しの話ではないと氏は付け加えた。「生演奏のサウンドトラックがゲームプレイヤーに及ぼす影響はもっともっと大きくなります」

オーケストラ,少なくとも生演奏が奏でる音は,ゲーム音楽を高みに引き上げ,もっと人間的なものにできるとDeriviere氏は考える

 しかし,インタラクティブであるというゲームの本質ゆえ,作曲家にとってオーケストラを効果的に使うことは難しい。例えば,映画のサウンドトラックでは,音楽は編集に合わせて作曲される。つまり,制作側がストーリーの進行ペースを完全に掌握し,作曲家が映画の中の出来事に合わせて曲を作れるようにする。他方,ゲームではペースを設定するのはプレイヤーだ。バトル場面のためにドラマチックな音楽を作ったはいいが,もしプレイヤーが戦いを回避して物陰に隠れたり,そーっと擦り抜けたりすることを選べば無駄になってしまう。ほとんどコントロールが利かない数々のシーンに対して,Deriviere氏は一体どうやって曲作りをしているのだろうか?

 「それはまさに,私がゲーム音楽の作曲を始めたときから悪戦苦闘してきたことです」とDeriviere氏は認める。「私は作曲家ですが,先ほどが言ったようにゲーマーでもあります。ゲーム音楽の機能に応じてストーリー中の音楽にこうあってほしい,こんな風にストーリーをサポートしてほしいというゲーマーとしての願いも持ち合わせています」

「ゲームの目的は主にゲームプレイのメカニクスに基づいていることが多く,作曲家はそこから切り離されていることがあります。ほとんどの場合,作曲家はある感情や意思をサポートするための曲を作りますが,音楽制作に関してインタラクティブなやり取りを行うプロセスには入っていません」

 「ゲームの目的は主にゲームプレイのメカニクスに基づいていることが多く,作曲家はそこから切り離されていることがあります。ほとんどの場合,作曲家はある感情や意思をサポートするための曲を作りますが,音楽制作に関してインタラクティブなやり取りを行うプロセスには入っていません。音楽監督,サウンドエンジニア,サウンドデザイナー,そして多くの素晴らしい人たちが補ってくれますが,やはりプロセスの内側にいるのとは異なります。

 「私は極めてアクティブに制作に関わり,自分で作曲するように努めてきました。Remember Meを振り返ってみると,70人の奏者によるオケを録音し,ゲーム内の戦いのシーケンスでプレイヤーの動きによりビビッドに曲が変化するようにしました。曲がプレイヤーの動きをできる限りサポートする,これはクリエイティブディレクターがその時点で持っていた意図でした」

 「私が言いたいのは,対話しながら物事を進めたり,ゲームプレイのメカニクスが何を求めているのかフォローしたりすることはできても,どうやって実現するかについて把握していなければなりません。正しいものの見方,考え方が必要です。こう言うのは申し訳ないですが,ゲーム業界の作曲家たちには長いことそのようなマインドセットが欠けていると言わざるを得ません。でも私たちが今持っている新しいツールでは,どの作曲家もインタラクティブな音楽で何かをし,学び,ゲームのニーズに合わせた譜面をおこすことができると思います。

「ゲームのための曲作りは,それをどう録音し,編集して使用するかによって決まります」

 「ゲームのための曲作りは,それをどう録音し,編集して使用するかによって決まります。映画音楽とはまったく異なるものでなければなりませんし,ゲーム音楽は映画音楽からは解放されるものでなければならないものだと信じています」

 「ゲーム音楽作曲家は,ゲームだけができることをしなければなりません。私たちはそれを『Get Even』で達成できたと信じています」

ゲーム音楽はゲームそのものと同じくらいインタラクティブでなければならないとDeriviere氏は断言する。Remember meでは,プレイヤーがパンチを繰り出すたびに楽譜が変わっていく

 Deriviere氏の最新のプロジェクトでは「リアルタイム生成の音楽」を実験している。ゲームのユニークな性質は,アニメーション,物理,AIなどがリアルタイムで起こるという事実に由来すると氏は見ている。

 「だからこそ私はゲームに魅了されているのです。私のせいでピクセルが動くのを見るたびに私は「ワオ!」とたまらなくなるのです。そしてこう思ったのです。「よし,リアルタイム生成を適用したら音楽で何ができるだろうか?」と」Deriviere氏はこう付け加えた。

「進む速さによって音楽は変わりますが,効果音部分は一つの小節しかない。クレイジーだと思うでしょうがそれが最近の音楽へのアプローチです」

 「例えばGet Evenでは,ゲームの最初のレベルを通してずっと音楽が流れています。あなたが期待しているような曲ではなく,テクスチャ(メロディやリズム楽器の組み合わせによる音響効果)のようなものです。一つの小節しかなく,そのレベルにいたいと思う限り,ずっとその音楽が続きます。進む速さによって音楽は変わりますが,効果音部分は一つの小節しかない。クレイジーだと思うでしょうがそれが最近の音楽へのアプローチです。プレイヤーがある場に永遠にとどまることができるという事実をどう扱うのか,ゲームだけが伝えることができるものとして音楽で何を作り出せるのかということを考えるべきです」

 「これは,リアルタイム生成の音楽について触れるときに私が話すことです。Get Evenのすべてのレベルでは,このリアルタイムで生成された音楽を使う一定の方法があります」

 Get Evenでは,プレイヤーは携帯電話と銃とともに収容所で目を覚ます記憶喪失の男,Cole Blackの視点に立つことになる。電話には爆弾が縛り付けられた少女の写真やメッセージが届く。Blackがこの謎を解き明かそうとすると犯人は電話をかけてきてあざ笑う。ストーリーの中心には,Blackにほかのつながったストーリーを経験させるVRのヘッドセットがある。主人公がARのデバイスを身に着けているという事実は,Blackが見ていることと,彼の周りで起こることの両方を反映した曲を作るという興味深い機会をDeriviere氏に与えた。

 「GDCに向かう機内でアイデアを思いつきました」と作曲家は語る。「私はうるさい飛行機の音を聞いていましたが,映画の音も聴いていたのです。登場人物が話すと,飛行機の音は聞こえなくなりましたが,セリフがないときはその騒音が戻ってくるのです。この効果は使えると思いました」

 「例えばGet Evenの最初のレベルではこうしたんです。私は『現実世界で音楽的なものは何があるだろうか?』と自問自答しました。もしある部屋から別の部屋に歩くとき,部屋に入るごとにトーンがあります。だから私は最初の部屋のトーンを曲の最初の音符として曲を作り,別の音符に合体させていきました。部屋のトーンはすべてC調(ハ長調)です。そこからハ長調にあるドローン(主旋律と同時に奏でられるが,変化しないまま鳴る低い音または和音)は変化していきます。光からのブーンという音もC調に入っています。すべてはC調にありますが,まずはペースを拾うところから始まります。そしてクロックがそのペースを変えていく,これはゲームにとって極めて意味があることです。進むにつれ,クロックのスピードは上がっていきます。これを体験するにはどうぞゲームをプレイしてみてください」

 「これは私がこのゲームのために考えた多くのアイデアの一つです。このプロジェクトの最初の時点で設定したルールは,曲はゲームの世界観の中で始まり,プレイヤーが気づかないうちに抽象的なものになっていくことでした」

Get Evenの楽譜は,プレイヤーの動きや進行に反応する。Deriviere氏が「リアルタイム生成の音楽」と呼ぶものの代表例だ

 これは,過去数十年にわたってゲームのサウンドトラックで起きた傾向を表している。8ビットや16ビットのタイトルの頃,限られたグラフィックス性能は,音楽が愉快な曲やより暗いメロディでゲームのトーンを設定する役割があることを意味していた。ビジュアルが進歩するにつれて,ほぼ間違いなく音楽は後塵を拝し,ゲームの雰囲気を定義するものではなく盛り上げるものになっていった。Deriviere氏のような作曲家は,ゲームで起きていることに応じた圧倒する音楽と気を散らす音楽,そして完全に失った時の音楽のバランスをどうとっているのだろうか?

 「それはすべてゲームによります」と氏は言う。「もしオープンワールドのゲームの曲を作るとすると,そういうゲームのBGMは続いていかないでしょう。起きるであろうことすべてについてデベロッパがきっちりコントロールしている直線的なゲームであれば,もっと構築的な方法で音楽を作れます。比較するのは好きではありませんが,まるで映画音楽の時のように。Get Evenでも同じです。ビジョンが何であるかだけでなく,そのビジョンに対し音楽で何ができるのか,何を高めることができるのかを理解する必要があります。しかし昨今の映画でさえ,音楽はバックグラウンドの一つでしかありません。全体を流れる大きなテーマはなく,メロディも多くはありません」

 幸運なことに,ゲーム経験の一つとしてだけでなく,プレイヤーに大きな影響やインパクトを与えるものとして素晴らしい楽譜の重要性を理解し始めたデベロッパが増えているとDeriviere氏は述べる。

 「共に仕事をしている人々,そして彼らが音楽についてどれほど敏感であるかによって異なります」と氏は続ける。「ディスカッションが必要なこともありますが,音楽が単に大きなテーマ以上のものであること,感情を大いに揺さぶるものであるということを理解している素晴らしい人々とさまざまなプロジェクトで一緒に働いてきていることは幸運だと思っています」

 「ゲーム音楽はもっと感覚的なものになれると思います。そしてそれはプレイヤーにリワードや情報を与えることができ,ゲームにもっと深く巻き込めるようにすることができます。音楽は単なる状況説明ではなく,プレイヤーのエクスペリエンスをサポートするものです。これはまさに私がGet Evenで成し遂げ,非常にうれしく思っていることです。曲作りにおける多大な労力は最後には報われるものだと私は思います。

 Deriviere氏は次のように結論づける。「若い作曲家はゲームミュージックの未来です。ですから,ゲーム作りのプロセスや,そこに音楽がどう関わっていけるのか,もっと参加していってほしいと願っています。ゲームのための作曲は,映画や演劇,広告などのために曲作りをするのとは違います。人々が期待するようなようなようなゲーム音楽家になろうとしてはいけません。ゲームプレイヤーにとってのゲーム機のように私たち作曲家は私たちの媒体(楽器や楽曲作りのための機材)を駆使して創造的であり続けなければなりません。私たちはクリエイターであり,創造性があり,新しいエクスペリエンスを作り出すために進んでいきたいのです」

 「私は15年間この話を言い続けて来ましたが作曲家の立場はあまり変わっていません。ですから,まだまだ言い続けますよ」

※本記事はGamesIndustry.bizとのライセンス契約のもとで翻訳されています(元記事はこちら)