Kingに聞く,ゲームエンジンDefoldの哲学と日本における展望

 ゲームエンジン「Defold」は,「キャンディークラッシュ」シリーズで世界的な有名なゲームデベロッパ,Kingが開発・提供している完全無償の2Dゲームエンジンである。リリースからわずか1年で,インディデベロッパを中心に100タイトル以上で使われるようになったという。
 そして2017年4月11日,King Japanは同社オフィスにてDefoldゲームエンジンの説明会を行った。説明会の全容については,すでに掲載されているレポート記事「Kingはなぜ完全無償のゲームエンジンDefoldを提供しているのか? Defold説明会レポート」をご覧いただくとして,本稿ではその直後に行われた登壇者へのインタビューの模様をお届けする。

King Japan 執行役員プロダクトディレクター 大塚 純 氏
King DefoldチームHead of Developer Relations ベンジャミン・グレイサー氏

日本で正式に紹介された「Defold」。今後はどう広がっていくか?


GamesIndustry.biz:
 まずはDefoldゲームエンジンの概要をあらためて教えてください。

大塚氏:
 Defoldゲームエンジンは,2Dゲーム開発に特化した完全無償のゲームエンジンです。どなたでも利用でき,iOS/Android/Windows/HTML5といったプラットフォーム向けにゲームをリリースすることができます。
 Defoldは我々Kingの中でも始まったばかりの事業です。これまでKing Japanは,マーケティングを中心とした組織構成の会社でした。ゲームそのものの開発部隊は本社にあり,彼らが開発したものを各地のチームが現地のユーザーさんに最適な形でお届けするというスタイルで活動しています。しばらく前からKing全体として何か新しいことがやりたい,という考えがあり,Defoldエンジンの展開がスタートしました。

GamesIndustry.biz:
 本日の説明会の最後に,Defoldを使って作られたゲームのコンテスト「Grants」の話がありました(応募の中から優秀な4タイトルを選び出し,「キャンディークラッシュ」などKingのアプリ内広告枠を1,000万インプレッション分提供する催し)。こういったプレイヤーを増やすための施策は,日本でも行われるのでしょうか。

グレイサー氏:
 これまでのところ,私たちDefoldのチームは特定の地域に対して何かアクションをしたことはなく,全地域同一で活動しています。現在のところ,日本向けに特別に何かをする予定はありません。実際に今回説明会を開催してみて,多くの日本人クリエイターが興味持っていることが分かったので,今後は何か考えていきたいと思っています。
 例えば,ロンドンとストックホルムではトレーニングプログラムを行いました。ゲーム開発者たちを呼んで,ハンズオンや技術的な質問に答えるためのイベントです。これには200人が来てくれました。
 しかしながら,こういったものがすぐに日本でもできるかというと,少し難しいと考えています。Defoldのエンジニアには日本語ができる者がいないため,今日のようにどうしても英語ベースになります(説明会はグレイサー氏が英語でプレゼンテーションをし,大塚氏が日本語で補足をする形だった)。
 私自身,日本のゲームを遊んで育ってきた身なので,多くのクリエイターに参加していただけたのは大変うれしく思っています。将来的には,実際にDefoldを使ってゲーム開発をした日本人クリエイターの方が現れて,技術的な説明会があればと思っています。

大塚氏:
 Defoldは完全無償で売り上げが立つものではないので,例えばイベントのスポンサーにドカっとお金を出す,というやり方にはならないと思います。代わりに本日のような情報提供の場を地道に設けながら,実際に利用された方々が「良いよ」といって広めてくれる形ができれば一番いいなと考えています。

GamesIndustry.biz:
 日本でプレイヤーコミュニティが自然にでき上がっていくのが,一番よい形でしょうか。

大塚氏:
 そうですね。ただ,実をいうとDefoldにはそういったコミュニティの拡大,といった「目標」もありません。いいなと思う人が使ってくれるのがベストですし,社内のチームからも自然と選ばれることを目標に開発しています。Kingではチームごとに開発環境を選ぶ権限があり,Defoldを強要しているわけではありませんが,それでも多くのチームがDefoldを使っています。

グレイサー氏:
 インディデベロッパにとって,Kingのような大きな開発会社は「邪悪な会社(evil corporation)」に見えてしまっているかもしれません(笑)。ですので,私たちは「インディ開発者の皆さん,私たちは“King”ですよ,私たちはエンジンを持ってきましたよ!」という態度はとらないように気を付けています。
 Defold事業のかなり初期から,私たちは常に謙虚になる必要があると考えています。「私たちはエンジンを持っていて,自分のタイトル開発に使っています。無料ですから,もし気に入ってくれたら使ってください」というような,地味で謙虚な姿勢を保つようにしています。
 プレイヤーコミュニティはあくまで自然な成長に任せる形です。ビジネス的な野心を持ったプロジェクトではないので,「ここまで完成度を上げたのでぜひ使ってください!」といったプッシュをするつもりはありません。あくまで自然と使う人が増えていけばと思っています。

大塚氏:
 King自体は大きな会社ですが,この立場を振りかざすのではなく,別のアプローチでゲーム開発者の方々と関わり合いを持ちたいと思っていました。Defoldによってインディコミュニティにも居場所ができることや,Kingを逆にDefoldの会社として知ってもらうことがあると,ありがたいなと思っています。
 Kingの企業理念に「Seriously Playful」というものがあります。直訳すると「真剣に楽しむ」という意味ですね。Defoldを通じて,その真剣な部分を強化していきたいと考えています。

GamesIndustry.biz:
 ゲーム業界への貢献のようなイメージでしょうか。

グレイサー氏:
 Defoldがゲーム業界にプラスになるだけではなく,Kingにとってもたくさんの良いことが起こっています。GDCで他社のリードデベロッパと話していたときに,私たちは単なるゲーム開発会社ではなくなり,テクノロジープロパイダーになっていたことに気が付きました。Defoldによって,Kingという会社が一段レベルアップしたと思っています。


機能追加や家庭用ゲーム機対応について


GamesIndustry.biz:
 小規模アプリ開発者は,有料買い切りモデルよりも,無料広告モデルを採択する割合が大きいです。説明会に参加した方からの質問で,「広告SDK対応」の要望が上がっていました。日本国内のSSP,アドネットワークなどには対応する予定はありますでしょうか。

グレイサー氏:
 広告SDKについては,Native Extentionsの機能提供によって,他社が出しているネイティブ向けSDKを組み込むことができるようになりました。しかし,プラグインのようにインストールしてすぐ使えるものではなく,一度は「Defold SDK」を使って開発者自身に広告SDKとのつなぎこみをやっていただく必要があります。

大塚氏:
 例外的に,Googleの提供するAdMobについては初期にNative Extentionsによる組み込みを行いました。そのほかの広告SDKのNative Extentionsついては,いまのところは誰かが作って公開していただくのを待つしかない状態です。

GamesIndustry.biz:
 プレイヤーが作ったNative Extentionsなどを公開する場所が,説明会で紹介された新しいコミュニティポータルサイトにあたるものになるのでしょうか。

グレイサー氏:
 はい,そうです。ポータルサイトは夏のうちに公開する予定です。Defoldに関するアセットや,Native Extentionsのコードなどを誰でもアップロードできます。現在はフォーラム上で情報が共有されていますが,そのままでは少し見つけづらい状態です。これが大きく改善され,コミュニティ間での情報交換はより活発になるでしょう。

GamesIndustry.biz:
 例えば今後,家庭用ゲーム機への出力機能は検討されていますか?「Nintendo Switch」はとくに2Dインディゲームとの相性がよさそうですが。

グレイサー氏:
 ぜひやりたいとは思っています。Defold開発チームでは,過去にニンテンドー3DSへの展開機能の実証実験を行ったこともありました。しかし,プラットフォームの追加は多大な開発コストがかかります。挑戦には,ゲーム開発者側からの要望がまず必要です。もしも,すでにDefoldで実績のあるプロジェクトを持っているチームから「Nintendo Switch」にもリリースしたい! という要望をもらったら着手することになるでしょう。私たちがそうしたゲーム機向けのプラットフォームにまだ対応していないのは,誰もそれを求めてきていないからです。ただしこれは,いわゆる「ニワトリが先か,タマゴが先か」という状態かもしれません。

大塚氏:
 (グレイサー氏へ)そうした要望はどこから伝えるといいですか? フォーラムからですか。

グレイサー氏:
 はい,フォーラムからさまざまな質問や要望を日々受け取っています。プラットフォーム拡大の要望があるなら,実際にゲーム開発のプロジェクトが走っている状態が望ましいですね。私たちの開発リソースは限られていますし,まだまだやることが大量にありますので。

GamesIndustry.biz:
 Defoldは初めからモバイルとWebだけと決め込んでいるわけではなく,良いゲームがあって家庭用ゲーム機への移植が望まれるなら,やる可能性はあるということですね。

グレイサー氏:
 その通りです。ただし,Defoldの重要なポリシーとして「ワンソース,クロスプラットフォーム」という考え方があります。仮に家庭用ゲーム機への対応ができたとしても,ゲーム開発者が対応するために特別な作業をしなくてもよいのが理想です。
 私たちはゲーム開発者に調整をさせたり,プラットフォームごとにバージョンを分けたりといったことを強いたくないのです。1つのコードですべてが動作する状況を維持することが最も重要です。
 例えばDefoldエンジンには,もうすぐFacebook Gameroomがサポートされます。このアップデートより前にiOS, Android向けに作られたゲームは,なんらコードを変更することなくFacebookにゲームをリリースすることができるようになります。
 もしも,あるゲームのプロジェクトが完了してSteamでリリースしたあとで,私たちがNintendo Switch対応を加えるといったことが起きたら,そのゲームはソースコードをいじる必要なく,そのままSwitchの上で動作するべきです。私たちはゲーム開発者がプロジェクトを始めるときに,そのゲームが何のプラットフォーム向けであるかを考える必要がない世界を目指しています。
 理由はシンプルです。King自身のタイトルも1バージョン,1つのコードで,モバイル,webすべてにリリースしているからです。私たちのゲームが世界中の国々で遊ばれているため,複数のバージョンが存在しては,アップデートし続けることが困難だからです。

GamesIndustry.biz:
 多くのプラットフォームに対応したところで,エディタが別になるとか,コードがdefineだらけになるようなことが起きないようにするということですね。

グレイサー氏:
 私たちが避けたいのは,まさにそういう状況ですね(笑)。


日本のゲームクリエイターに向けて


GamesIndustry.biz:
 日本のゲームクリエイターになにか伝えたいことはありますか。

大塚氏:
 まず,ぜひ一度Defoldに触ってみてほしいという思いがあります。今までDefoldは3万ダウンロードされていますが,全体から見ると日本のクリエイターの割合がまだまだ少ない状況です。今回の説明会も,ベンジャミンから「日本はゲームの発信地でもあるので,日本のクリエイターにもっと使ってもらえたら」という強い思いがあり開催となりました。実際にクリエイターからの熱気も感じられたので,これからに期待しています。
 また,グローバルベースで,「Grants」のような新しいイベントを年内にやろうかと考えています。

GamesIndustry.biz:
 Global Game Jamで初めてDefoldの無償提供がアナウンスされたとき,私はGGJ会場で実際にその動画を見ていました。しかしKing Japanからはエンジンに関する情報のアナウンスがなかったため,「日本では展開していないのか」と勝手に思ってしまっていました。実はそうではなく,グローバルに誰でも使える状態であったということですね。本日の説明会は,日本のゲームデベロッパにその存在を示したスタートポイントになったと思います。

大塚氏:
 日本においてはどうしても「言語対応」がネックになります。Defold事業において対象の地域を限ったつもりはないのですが,日本の場合は実質的に情報が届かなくなっているというのは正直感じています。苦しいのですがすぐに解決できるものではなく,Defoldの日本語ドキュメントを作れるエンジニアは残念ながらいません。

グレイサー氏:
 例えば,韓国ではDefoldのローカルコミュニティが自分たちでマニュアルをすべて翻訳したそうです。日本でもコミュニティが育ってもらえたらと思います。

GamesIndustry.biz:
 韓国ではUnreal Engine 4のドキュメントもローカルコミュニティが早々と作り上げていたと聞いたことがあります。韓国のインデークリエイターは英語ができてアクティブな方が多いようです。

グレイサー氏:
 興味を持つ人が増えれば,日本でトレーニングプログラムもやれると考えています。そして,Defoldはプレイヤーがまだそこまで多くないので,ポジティブにとらえれば,直接Defoldの開発チームとのコミュニケーションが取りやすい状態であるということです。ぜひ,Defoldを使っていただき,日本のクリエイターの皆様からどんどん意見をいただければと思っています。

GamesIndustry.biz:
 本日はありがとうございました。


 今回のDefold説明会では,いまだ状況がつかめなかった新興エンジンの詳細が聞けるということで非常にエキサイティングな取材であった。ただし,Defoldエヴァンジェリストの日本担当が誕生したわけではなく,残念ながらそういった人材を日本支社で雇う予定は今のところないそうだ。今後もフォーラムへの質問などは英語でのやりとりになる。

 Defoldは完全にプレイヤーコミュニティにゆだねるスタイルゆえ,相対的に英語話者の少ない日本では,言語の壁が際立ってしまう状況だ。ただし,超えられない壁というわけではない。例えば「CryENGINE」は日本で苦戦を強いられているが,熱烈なプレイヤーによる活動によって,日本語解説書籍の出版までこぎつけている。早期にDefoldの熱烈なファンが現れることがなにより望まれるだろう。

 余談だが,日本のドット絵ゲーム文化との相性について質問したところ,ピクセルアートスタイルのゲームサンプルがいくつか公開されていることを教えてもらった(参考URL)。ゲームボーイ風の見た目にすることも可能のようだ。

 完全無償であることと,2D特化の明確なコンセプトから,すでに100タイトルの実績を持つDefold。他社ゲームエンジンが周辺サービスや映像の高クオリティ化で価値を提供する一方で,新たな選択肢として急浮上してきた。気になる人は今すぐ触ってみよう。

Defold公式サイト