VRコンテンツ開発で活躍する「UE4,Unreal Engine 4 Tokyo Meetup」レポート

 2016年6月4日,都内で「Unreal Engine 4 Tokyo Meetup」が開催された。
 本イベントは,Unreal Engine 4(以下UE4)の東京コミュニティが主催しているミートアップイベントだ。今回は「VR」と「モバイル」をテーマに,UE4を利用している複数の開発会社の取り組みが紹介された。本稿では「VR」を切り口に,各社の講演をダイジェストにて紹介する。

UE4によるモバイル開発の道標「Unreal Engine 4 Tokyo Meetup」レポート



VR脱出ゲームと「手触り感」の追求


新 清士氏
 よむネコは,VR脱出ゲームを開発中の会社である。
 代表の新 清士氏はゲームジャーナリストとしてゲーム産業の動向を追ってきた人物で,近年はとくにVR分野に注目し,つい最近に『VRビジネスの衝撃 「仮想世界」が巨大マネーを生む』を発売したばかりである。また,「Tokyo VR Startups」というVR専門のインキュベーションプログラムにおいては取締役を務めている。

 さて,よむネコはもともと電子書籍の会社としてスタートそうなのだが,スマートフォンで脱出ゲームアプリをいくつかリリースする中で,昨今のVR開発ブームを受け,VR版の脱出ゲームの開発に踏み切ったのだそうだ。
 脱出ゲームは現実空間を使ったイベントとして非常に人気なジャンルだが,それをVR空間ならではの,現実では不可能な大きな仕掛けの演出を目指しているとのこと。

VRコンテンツ開発で活躍する「UE4,Unreal Engine 4 Tokyo Meetup」レポート
 本タイトルの開発の初期では,現実の脱出ゲームをそのままVR空間に持ってこようとしたのだがちっとも面白くならなかったという。途中から,独特の面白さを出すには,VRならではのギミック,例えば空間内でモノを投げる,または破壊するなどの体験が大事だと気がついたのだそうだ。

 また,よむネコでは頻繁にプレイヤーテストを行っているとのことで,その様子が動画で紹介された。新氏は印象的な場面として,普段あまりゲームをしない人にHMDをかぶらせ,オブジェクトを破壊するデモを体験させたところ,VR空間内のその破片を「掃除」していたというエピソードを紹介した。
 ゲーマー感覚では物理破壊されたオブジェクトは「もう存在しないもの」と認識してしまいがちだが,普段ゲームに接していない場合はその限りではないのだと気が付いたという。VRコンテンツの開発では,こうした新発見が常にあるのだそうだ。

田畑秀輝氏
 続いて開発担当のエンジニア田畑秀輝氏から,本タイトルにおける「手触り感」の実装について紹介が行われた。

 実は田畑氏はこのプロジェクトから本格的にUE4を触り始め,今は半年めになるという。新氏によれば,UE4を選んだ理由は,レベルデザインツールが優れているからで,BluePrintsが脱出ゲーム的なギミックを短期間で多数作る仕様には向いていると判断したからだそうだ。

 本タイトルはOculus Touchや,HTC Viveに付属しているモーションコントローラを使用する。両手にコントローラを持ってHMDを被ると,VR空間内に仮想の手が表示される。VR空間内のつかめる物体にその手が当たると,物体は黄色くハイライトされる。トリガーを引くと「つかむ」動作ができる仕組みだ。この「物をつかんで動かす」動作において,まず苦労したのは手の届く範囲の設定だったという。

 Epic Gamesが開発した「Bullet Train」というシューティングゲームにも「つかむ」動作は登場するが,実際よりもかなり遠くの物体でもつかめるようになっている。
 田畑氏は,このタイトルの場合は,銃撃の爽快感がなによりも重視されているため,「つかむ」という動作は簡略化されているのではないか,と分析したそうだ。
 そこで試しに,自身のゲームにも現実より1メートル先の物体をつかめるように設定してみたが,残念ながら非常に気持ち悪くなってしまったという。

 逆にゲーム内の手と同じ距離にしたところ,こんどは床の物体がつかめなくなってしまった。これは,開発初期に使用していた「Razer Hydra」というコントローラのセンサーが,コードの長さとセンサーの検知能力の関係で無効になってしまったからだ。
 その後調整を重ね,手のモデルよりも40cm先のコリジョンをつけることに落ち着いたようだ。
なお,HTC Vive の場合は立って遊ぶことができ,床までセンサーが届くため,この場合は現実の手と同じ距離にしているそうだ。

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 もう一点苦労したのは,プレイヤーがつかもうとしている物体の判断だ。例えば画面内でつかめる物体が重なっているとき,プレイヤーが意図しない物体のほうにフォーカスが当たってしまうことがあった。
 これを正しく判定する方法もまた,GDCでの「Bullet Train」の講演を参考にしたという。具体的には,手のひらが向いている位置や,目線も含めてターゲットを決める方式だ。講演動画はこちらから視聴できる。

 田畑氏は,HMDのセンサーから正面の方向の判定を行い「目線」として設定し,この線とぶつかったオブジェクトと,手のモデルの衝突判定の情報から,プレイヤーがつかみたい物体がどれなのか,判定する形に落ち着いたとのこと。

 また,「つかんで,投げる」という動作の場合は,物体にしっかりと重さによる係数をかけること,引き出しやレバーのような動く方向が決まっている物体に対しては,その方向のみの力に変換することなどの注意点を紹介した。

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 VRにおいて「手触り」が中心のコンテンツは,リアル寄りの部分とウソでも気持ちよさと,どちらを優先するかをしっかり考えることが重要だと述べていた。


VRコンテンツのパフォーマンスチューニング


長谷川雄一氏
 今回の「Unreal Engine 4 Tokyo Meetup」の主催でもあり,VRコンテンツ開発者でもある長谷川雄一氏は,デジカと開発した「Muv-Luv VR」におけるVRのパフォーマンスチューニングについての講演を行った。

 長谷川氏はマーケットプレイスにてnullpo名義でマルチプレイヤーゲーム向けのテンプレートを販売しており,UE4の技術本の執筆やコミュニティの運営など,さまざまな活動を行っている。

 さて本タイトルは,プログラマ1名,アニメーター1名の2名で,なんと20日間という短期間で開発されている。2016年4月3日に行われた「Muv-Luv × HTC Vive 体験会」で展示する,という,期限が決まっていた案件だったからだ。

 VRコンテンツの開発では,なにはともあれ,実機での検証が必要だ。
 ディスプレイとHMD実機では,ジャギーが目立ったり,ノーマルマップの効果が変わったりと見え方がまったく異なることがある。

 また,プレイヤー向けの体験会に備えて,酔い対策は万全にしなくてはならない。
 長谷川氏は酔い対策として,いくつかの方法を試したという。「鼻を表示する」「コクピットのフレームのようなものを常に表示しておく」「視界の中心以外は黒塗りで」など,現在見つかるさまざまな手法を試したが,効果はあまり得られなかったという。

 最もよい結果が得られたのは,移動を「ワープ式」にすることであった。Viveデモの「The Lab」や,Epic Gamesの「Bullet Train」と同じ移動方式で,瞬間的にプレイヤーの位置が変わるやり方だ。現状だとこれが一番よいのでは,と考えているそうだ。

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 20日間という超短期開発で一番助かったポイントは,やはりBlueprintを使った実装の速さだ。
 要望や指示があったときにもノードを組み替えるだけですぐ結果を見せることができ,調整がとてもやりやすかったとのこと。また,エラー落ちがほとんどなく,安定性が非常に高いことも大きな強みだったという。結果的にディレクションのタイミングを増やすことができ,改善スピードが上がったそうだ。

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 酔いを抑えるための「90FPSの維持」については,基本的なところとして,コンフィギュレーション ファイル(ini設定)をVR向けに設定することが紹介された。こちらは,UE4のVRデモ「Showdown」のファイルをプロジェクトにそのまま適用すると早いそうだ。

 また,UE4の4.11から実装された機能で,VRのために両目分のレンダリングを同時に行う「VR Instanced Stereo Rendering」 を利用しているという。これはオプションにチェックを入れるだけなので,誰でも簡単に利用することができ,しかも体感で2割ほど速くなるのだそうだ。

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 そのほかにも,パフォーマンスプロファイリングを用いて重たい演出素材を割り出し,「煙」エフェクトのスポーン数を減らして負荷を下げ,Tick(1フレームごとに呼ばれるイベント)による処理を省き,影の処理は「丸影」で表示させて簡略化するなどの手法を使って,最適化を進めていったという。結果,処理に余裕が出たためBloomを足すなどのビジュアル強化も可能になったとのことだ。

 本タイトルで採用を見送った技術としては,「Clustered Forward Rendering」というものがあった。これはOculus VRがリリースしたUE4のカスタマイズで,UE4のレンダリング方式を変更するものだ(関連URL)。

 メリットはfpsの向上と,アンチエイリアス処理の改善だ。が,デメリットとしてスポットライトやフォグの一部が使えなくなってしまう。また,既存のプロジェクトから設定を変えようとするとエラーが出てしまったため,今回は使わなかったとのこと。
 この機能に関しては,UE4自体にForward Renderingが実装されるらしく,その実装を待ったほうがよいだろう,と話していた。

 なお,デジカではこの事例のようなUnreal Engineを使ったVRコンテンツやゲームのパブリッシングを積極的に行っており,何かコンテンツを作っていて売りたいと考えている人は,ぜひ声をかけてほしいとのことだ。


VRと音楽ゲームの融合を目指して


清田貴史氏
 イニスの清田貴史氏は,同社で取り組んでいるVRコンテンツのデモンストレーションを行った。

 イニスはもうすぐ2o年目を迎えるゲーム開発会社で,特徴は「音に強いゲーム開発会社」であることだ。開発タイトルの半数以上が音楽ゲームであり,Unreal Engine 3からUEをずっと利用してきている古参開発会社でもある。

 イニスではVRコンテンツ開発の基礎研究をまさに始めたところだという。
 清田氏はイニスには最近入社した人物だが,長らくVRコンテンツへの野心を燃やしており,今回プロジェクトでその一歩を踏み出したというわけだ。

 清田氏は,イニスがトライするVRコンテンツは,やはり同社の強みを生かした「音」にフォーカスしたものにしたい,と話していた。昨今のモバイルゲームは,「音がなくても遊べなくてはいけない」ため,あまり音に注目されていないという事情があった。
 それに対し,VRでは,視覚と同じレベルで聴覚の情報が重要だ。VR空間への没入感を演出するには,臨場感のあるサウンドが不可欠である。そうした傾向の中で,ずっと音にこだわってきたイニスの強みを生かしていこうというのが,一つの指標になっている。

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 同社がゲームのモチーフと考えているうちの一つには「カラオケ」があるという。自分がアイドルになったり,好きなアーティストがすぐ隣に現れてデュエットしたりなど,今までにない体験ができるのではないか,と考えているそうだ。

 もう一つはアドベンチャーゲームで,「風の旅ビト」に代表されるような,言語ではなく音で“気配”を表現するテクニックを使って,没入感のある音響空間ならではのゲーム体験を目指したいとのことだ。

 すでにイニスではVRの技術デモが一つ動いており,背景チームが作ったデモリール用のデータを流用して,路地裏を歩き回れるようなコンテンツが紹介された。環境はOculus DK2の前面にLeap Motionセンサーを張り付けて,手の動きをトラッキングできるようにしたものだ。

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 まだ技術デモの段階ではあるものの,モーションセンサーによる物体の「つかみ」や,VRではよくあるワープ式の移動など,基礎的なノウハウは踏襲されている印象だ。写真ではお伝えできないが,「夏の情景」を連想させる虫の声が環境音として流れており,少し不気味な雰囲気のあるウォーキングゲームとして売り出せそうな雰囲気だった。

 夏以降は,サウンドミドルウェアのノウハウを活用して,立体音響の実装など,「音」を軸足にしたコンテンツを用意していくそうだ。

 また,イニスでは現在,UE4を採用したモバイルタイトル「Infinite Arms」を開発中だ。スマートフォン上で動作するゲームと,実際に販売されるロボットおもちゃが連動している。ロボット側にチップが埋め込んであり,装備を変えるとゲーム中の装備も同じように変更されるギミックである。
 モバイルとVR,双方の面からUE4を使い倒しているイニスは,「世界から日本へ」をキーワードにコンテンツ開発に取り組んでいくと意気込みを語った。

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 本稿では書ききれなかったのだが,このほかにもモバイルの開発事例の紹介やVRの体験会などもあり,大変活況なイベントとなっていた。講演後の交流タイムでは,聴講者たちの情報交換も活発に行われていた。日本におけるユーザーベースのUE4の盛り上がりを肌で感じることができた。Unreal Engine 4でコンテンツを開発している方は,ぜひ次回の参加をお勧めする。

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ハコスコ作品の展示
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Oculus Touchの展示