「Infinity Blade」を作ったDonald Mustard氏が「ゲームのハリウッド化」を懸念する理由

 ChAIR EntertainmentのDonald Mustard氏,「Spyjinx」とJJ Abrams氏,そしてVR市場に予見される冬の時代を語る。

 ゲーム業界では少しばかりのツキが重要だが,どうやらChAIR Entertainmentの場合は相当な幸運に恵まれていたようだ。同社の「Infinity Blade」シリーズの第1作は,Appleのイベントの壇上でもApp Storeでも紹介された数少ないタイトルの1本だった。このプロモーションと,当時の大半のモバイルタイトルとは一線を画するコアゲーマーにアピールする作品であったこととが相まって,ChAIR初のモバイル作品である「Infinity Blade」は大成功を収めた。さらに,テレビドラマ「LOST」や映画「スター・ウォーズ/フォースの覚醒」などの作品に関わった超有名プロデューサー/ディレクター/脚本家であるJJ Abrams氏の目に留まった。

 ChAIRの創立者であるDonald Mustard氏は,GDCで私にこう説明した。「JJはAppleの大ファンで,壇上の私たちを見てずいぶんクールなことをやってるな,と思ったそうなんだ。その後,JJの息子が『Infinity Blade』で遊び始めたときにその思いはさらに強くなった。息子の『Infinity Blade』の腕前は相当上達したんだけれど,難しいボスで行き詰まることもあった。JJはいい父親だから,そういうときに『パパ,何とかして!』と泣きつかれているうちに必然的に『Infinity Blade』に熟達していったんだ。その中でストーリーやいろんな要素に触れて,本当にクールだと実感してくれたのさ」

 Appleの仲介で2人が顔を合わせた日,30分の予定だったミーティングは4時間におよぶブレインストーミングになった。Mustard氏によれば,Abrams氏とはすぐに意気投合し,ChAIRとBad Robotの両社が「何をするかはまだ分からないけれど,これほどクリエイティブな姿勢も会社に対するアプローチも一致しているんだから,一緒に何かをしなければ。必要なのは,取り組む対象を見つけることだけだ」と感じたのだという。

 そのブレインストーミングが最終的に両社の共同プロジェクトであるスパイの世界を舞台にしたアクションストラテジーゲーム「Spyjinx」のルーツとなった。
 Abrams氏およびBad Robotとの協力関係により,マーケティング的に極めて有利な場所からスタートを切ることになる「Spyjinx」について,ChAIRは「ハリウッド的な」ゲームにする意図を持っていないという。

「『Shadow Complex』みたいに,作っただけで遊んでもらえる時代はもう終わった。これからは,意識的に目立たなければならない」

 「ゲームがハリウッド化するような世界になってほしくはないんだ。ゲームはゲームらしくなければいけない。だからこそ,JJは素晴らしいんだ。彼は根本的なところでそれを理解している。映画みたいなゲームを作るのはやめよう,ゲームはゲームらしくなくちゃ,と思っているんだ」と,Mustard氏は言う。「『Spyjinx』を作るにあたって,JJと私が2人で考えた最初のルールは,ムービーシーンを一切作らないということだったんだ。絶対にね。ああいうものは,ゲームには不要なんだ。ゲームとは,世界を体験するものだ。もちろん,アンチャーテッドみたいに極めて物語要素の強いゲームもあるけれど,私たちが作りたいのはそういう種類のゲームではないんだ」

 Mustard氏の妻でChAIRのコミュニケーション部門長を務めるLaura Mustard夫人は「私たちはクリエイティブな提携関係を望んでいます……でも私たちは,ハリウッドと仕事をするためにポリシーを曲げるようなゲームスタジオではありません。そういうのは私たちらしくないんです。クリエイティブであることを求めているのであって,名前を売ろうとしているわけではありません。JJは,ほかの人たちとはまったく異なっていました。彼は,これまで出会った中で,ハリウッドらしさからは一番遠い人物です」と補足した。

 「ゲーマーはバカではありませんから,誰かの名前を冠した適当なゲームを作ったところでダメなんです。それに,JJもそんなことに興味はありません。だから,JJは本気で取り組んでいますし,最高のゲームにしたいと考えています」

 実際,品質は卓越したものだ。しかし,優れたプレイ感だけでスタジオが成功する時代は過去のものだ。「結局のところ,優れたゲームを作るしかないんだ。そして,今はその定義が変わってきているのかもしれない。単純に優れたゲームを作るのではダメなんだ。抜群にいいゲームを作らなくちゃならない」と,Mustard氏は述べた。

 「私はDICEアワードの選考委員を務めているんだが,今年は誰も聞いたこともプレイしたこともないような,優れた,抜群といってもよいモバイルゲームがあったよ……だから,自分も抜群でなくてはならないし,ノイズに埋もれないようにする方法を見つけなくちゃならない。自ら売り込んでいくことも,プラットフォームに任せることもできるし,ほかにもいろいろな方法があるけれど,『Shadow Complex』みたいに作ったら何をしなくても遊んでもらえる時代はもう終わったんだ。これからは,意識的に目立たなければならない」と,Mustard氏は続けた。

 Mustard氏は「見つけてもらうこと」がどんどん難しい問題になっていると考えている。Xbox Liveアーケードで「Undertow」や「Shadow Complex」のようなゲームをローンチすれば,すぐに脚光を浴びることができた数年前とは状況が異なるのだ。さらに,ゲーム制作ツールが簡単に手に入るようになったことで,マーケットは飽和状態に陥っており,業界は痛手を被っているというのが,彼の持論だ。

 「ゲーム制作ツールがあまりにも広く出回ったために,今では数百万人もの開発者がいて,すべてのプラットフォームを合わせれば1年間に数十万本のタイトルがリリースされている。それが問題なんだよ。今では強力なプラットフォームがあるからね。PCの影響は大きかったし,コンソールゲームの参入障壁も昔ほどではない……。パブリッシャーも,大手チェーン店の知り合いも不要なんだ。ゲームを作れば,そこにリリースできるプラットフォームがあるんだから。モバイルでもいい。これってすごく新しいことだよね。たぶん,ここ3年くらいの話だ……。だから,いま起きていることの結果として,いずれ「みつけてもらうこと」と,あらゆるプラットフォームを網羅した「ストアフロントの設計」という課題が浮上すると思う。モバイルだけの話ではないよ。コンソールも,年間数十万本ものゲームがリリースされる時代には対応していないんだ」と,Mustard氏は言う。

 「実のところ,ハリウッドには怪しげな奥の小部屋があって,そこにいる人たちは望めば1週間に100本の映画をリリースすることもできるんだけれど,しないようにコントロールしているんだと思うんだ。映画業界はゲームより100年進んでいるけど,ハリウッドはうまくやってるからね。別に自分たちとハリウッドを同一視するわけじゃないけれど,今はゲームの手に入りやすさと,制作したい人のベクトルが急速に高まる中,制作を支える技術はあっても,ゲームを見つける技術がまったく追いついていない特別な時代だと思う。だから,Microsoftやソニー,Apple,Amazon,Google,Steamといったストアフロント企業にいる頭のいい人たちが,この問題を解決してくれることを願っているよ。私にとってはそれが問題の核だからね」


「いまのVRは,まだMP3プレイヤーの段階。一般的な利用が始まるまであと10年はかかる」

 JJ Abrams氏の協力により「Spyjinx」が注目されるかどうかを懸念する必要はなくなった。実際,映画やほかのメディアへと展開する機会さえあるだろう。しかし,それはまだ目標ではない。ChAIRは身の丈に合わない成長を望んでいないのだ。

 「本当に価値があると思うのは,JJと会議をしているときよ。たとえば,JJがどんなふうにキャスティングを行うのか,あるいは登場人物の展開に向き合うのか,という話を1日中聞いて,そのプロセスを理解するとき……。もし,JJたちが得意なことを学んで,自分たちのチームに還元することで,それを再現するようなゲームシステムを作ることができたら,ゲーマーがこれまでに経験してきたものより,あらゆる意味で遥かに意味のあるゲーム体験を作り出せるわ」と,Laura夫人は言う。

 Mustard氏も「何よりも形にしたいのは,感情的なつながりなんだ。インタラクティブ空間を,プレイヤーにとってゲームの世界や,キャラクターともっと感情的なつながりを感じられるような場所にする方法を模索しているよ。ビデオゲームメディアで,まだ大いに成長の余地が残されている部分だと感じているからね。もちろん,JJ Abramsの世界を自分たちで作るのは無理だ……。いい映画になるぞ,とか,いい番組になるぞ,とか,ほかの展開を考えてちゃいけない。当然,そういう展開が可能な設計にはするけれど,現時点の根本的な狙いはそこではないからね」

 感情的なつながりといえば,仮想現実(VR)もゲームの登場人物とプレイヤーがより深くつながれる技術だ。Epic Games(ChAIRの親会社)は,Unreal Engineで開発者向けにVR用エディタを提供するのに大忙しだが,ChAIRではVRがすぐに大きな役割を果たすようになるとは考えていない。

 「EpicがVRの将来性を気にかけているのは明らかだね。VRにはかなりの投資を行っている。基本的に,VRはさまざまな変容性をはらんでいると思う。用途はエンターテイメントに限られない。次のiPhoneさ。常識を変える存在になるだろう。とはいえ,進化の過程をチャートにすることができるとしたら……2000年代の不格好なMP3プレイヤーが,iPodになり,ついにiPhoneが生まれた。そして,そのiPhoneこそがさまざまなことに変化をもたらしたよね。いまのVRは,まだMP3プレイヤーの段階。あと10年はかかるよ」とMustard氏は述べた。

 「こうならなくちゃいけない」と,彼は自分のメガネを指さした。「みんなが使うようにするにはね。ケーブルも取り払わなければ。大きなコンピュータにつなぐわけにもいかないし,この大きさでバッテリーを10時間持たせる方法も編み出さなくては」

 さらに,Mustard氏は純粋にVR業界が近い将来経験する可能性のある冬の時代を危惧しているようだった。そうなれば,一般的な利用への道のりはさらに長くなる。


「心配しているのは,現在投資されている額が大きすぎることなんだ。1年後に見限られてしまえば,10年どころか15年かかるかもしれない。マーケットが伸び悩めば,すぐに投資をやめようと思うだろう」

 「『Spyjinx』についてさらに話が進めば,VRに応用する話も出てくることは想像に難くない。でも,VR専用のタイトルをやるのはちょっと難しいと考えているんだ。すごいことになるかもしれないけれど,心配しているのは,現在これだけ多くの人が多額を投資しているせいで,1年後に見限られてしまえば,取り戻すまで10年どころか15年かかるかもしれない,という点なんだ……。マーケットが伸び悩めば,いつ投資をやめようと思うか分からないからね。そうなれば,実現は遠のいてしまう」と,彼は警鐘を鳴らした。

 ChAIRは現在「Spyjinx」のみに注力しているが,多くのファンがスクロール型探索アクションゲーム(「メトロイド」と,「悪魔城ドラキュラ」の海外タイトル「Castlevania」の造語でメトロイドヴァニア系と呼ばれる)「Shadow Complex」の真の続編を熱望している。ChAIRは,最近リマスター版をリリースしたが,これを同シリーズへの興味を再燃させるための下地づくりとして見るべきではない。

 Mustard氏は「そういう効果もあればありがたい」と言うに留めた。なぜなら,彼がゲームを作るそもそもの理由は,純粋にそのジャンルが好きだからなのだ。「本当にあのジャンルが大好きなんだ……。『Shadow Complex』に秘められた真の目的の1つは,90年代以降誰も作っていなかったメトロイドヴァニア系ゲームを作ることだった。もし,10年にわたってFPSゲームを作る人がいなかったら,と考えてみてほしい。素晴らしいジャンルがないがしろにされているんだ……。本当に望んでいるのは,他の人たちにも,このジャンルはいけるぞ! と考えてもらって,自分が遊べるメトロイドヴァニア系ゲームが増えることなんだ。実際,『Ori』に『Guacamelee』……それから『Axiom Verge』。ほかにもいろいろ発売されているよ」と彼は微笑んだ。

 「Shadow Complexには,まだ山ほど手を加えられます」とLaura夫人も言い添えた。「でも,私たちは今はまだ『Shadow Complex』の新作を出すべきときではないと考えています。いずれ時がくれば,何かが起きるでしょう」

 では,ChAIRを新たな高みへと押し上げた「Infinity Blade」はどうだろうか。巷で噂されているように,シリーズ3作めが最終章だったのだろうか。

 「あの終わり方には心底満足しているんだ。振り返ってみたときに,あれで綺麗にオチがついた,と思えるし,『これは1つのジャンルだ。とても深い体験を表現できた』と言える。だから,これ以上『Infinity Blade』を作らなくてもいいんだ。納得しているからね。今のところ何の計画もないよ」と,Donald氏は言う。「とはいえ,『Infinity Blade』でできることについては,まだまだアイデアがあるんだよ」

 Laura夫人は,決してありえないことではないというスタンスだ。「気に入ったベビーシッターがいれば安心して娘を預けられるけれど,いつまでも預けっぱなしにすることはないでしょう?」という彼女の言葉には,「Infinity Blade」の今後が見え隠れしているのかもしれない。

※本記事はGamesIndustry.bizとのライセンス契約のもとで翻訳されています(元記事はこちら