現役心理学者がゲーム障害・中毒研究の難しさを語る

Pete Etchells博士は,文献が認知バイアスで形成されているため,心理学的研究には固有の問題があると述べている。

 心理学者で著述家のPete Etchells博士によると,ゲーム業界は,ゲーム中毒を理解するうえでより大きな役割を果たすことができ,またそうすべきだという。

 EGX RezzedでのGamesIndustry.bizとの対談で,Bath Spa大学の教授は,ゲームをめぐる問題行動に関する学術研究にゲーム業界は「間違いなく」関わるべきであり,さらに資金提供も考えるべきだと述べた。

 以前から,学術会はゲーム業界からの協力 ―とくに貴重な客観的データへのアクセス許可をめぐって― を要請していたものの,資金調達に関しては,研究は「ゲーム業界から完全に解放される」必要があると主張されていた(関連英文記事)。

 例えば,業界が資金提供していてLoot Boxは無害であるとするような研究は,当然のことながら問題になる。しかし,Etchells博士は,「認識の問題」が確かにある一方で,これらの問題に対して「ある程度まで予防する」方法があるとしている。

「科学やデータ分析を行うにあたって,私たちがどのように育ったのかについて,無意識の偏見があります。これが文献がどのように見えるかに大きな影響を与えています」

 「心理学者が最近よくやっているのは,いわゆる事前登録として知られるもので,『私はこの研究をします。そしてこれがデータを分析する手法です』と,実際にデータを収集しはじめる前に宣言しておく手法です。それを公開して利用できるようにします。すると,人々は,あなたがいつデータを集め,いつもそれを使って何をしているのかを知ることができ,閉じたドアの向こうで分析し,500万とおりの方法であなたか出資者が望む答えを出そうとしているのではないことが分かります」

 「これは完璧な解決策というわけではありません。利害関係から完全にあなたを守るものではありませんが,研究をオープンで透明性のあるものにできるということは,本当に重要な第一歩になると思います」

 ここでEtchells博士は,現在の心理学研究に影響を与えている重要な問題のひとつに着手した。Rock Paper Shotgunの副編集長Alice Bell氏との対話の初期段階で,博士は認知バイアスに特有の問題について概説した。それは心理学者が,自分の期待する答えを見つけるために複数の方法でデータを分析するというものである。これは文化的な問題だとEtchells博士は語る。心理学者は仮に自分の期待する結果と異なっていた場合に言うのだ「ああ,データ分析に失敗した。でもこっちの方法ならうまくいくかもしれない」と。

Rock Paper Shotgunの副編集長,Alice Bell氏とともにEGX Rezedに登壇するPete Etchells博士 
現役心理学者がゲーム障害・中毒研究の難しさを語る

 「もしこれを十分な回数行われると,なにもないところに効果が示されうという誤検知が発生する可能性があります」とEtchells博士は語る。「しかし,そこであなたは『影響があった。思ったとおりだ』と言うのです。そして報告します……。私はほとんどの場合,誰もこういったことを意図的にやっているわけではないと考えています(いくつかの極端な例を除いて)。一般的に言って,人々は正しいことをしようとし,最善を尽くして研究しようとします。しかし,ど科学やデータ分析を行うにあたって,私たちがどのように育ったのかについて,無意識の偏見があります。これが文献がどのように見えるかに大きな影響を与えています」

 プレイヤーの行動に関して,研究者とデータを共有しないという業界の立場が問題を悪化させている。Etchells博士は,自身が数年前に行った暴力的なゲームの問題に関する横断的な研究を強調していた。その研究では,8歳と9歳で攻撃行動と暴力的なゲームプレイの間に小さな関連性が認められ,15歳ではいくつかの素行問題が確認された。

 とはいえ,その関連性は「本当にまったく微小」で「絶対的なリスクは小さい」ものだった。重要なのは,この研究が −この分野で行われる多くのものと同様に― 家族や家庭環境といった外的要因を計算に入れられてないということだ。

「Microsoftとソニーはそういったデータをすべて持っています。ゲームデベロッパもデータを持っています。人々が何をしているかのスナップショットだけでも取れれば,それは素晴らしいものになるでしょう」

 「なぜなら研究はまったく曖昧であり,さらにこのような柔軟性があります。なんにしても具体的な決定的回答というのは存在しません」とEtchells氏は語る。「ですので,『はい。彼らは問題を起こしています』という主張と『いいえ,起こしていません』という主張の両方が常に存在します。これは公的な視点では,この問題をまったく解決できないということを意味しています」

 さらに,研究者は人々がどんな種類のゲームをプレイしているか,もしくはどれくらいの時間をゲームに費やしているのかさえ実際には知っていない。誰でもいいのでお医者さんに,人々がどれくらいのお酒を飲むないしタバコを吸っているのかを聞いてみるといい。そうすれば,彼らは自己申告のデータというのがいかに欠陥のあるものかを教えてくれるだろう。

 「実際,我々は人々が日常的にどんなゲームを実際に遊んでいるのかについて,研究者としての明確な見解を持っていません……。Microsoftとソニーはそういったデータをすべて持っています。ゲームデベロッパもデータを持っています。人々が何をしているかのスナップショットだけでも取れれば,それは素晴らしいものになるでしょう」とEtchells氏は語る。

 昨年,世界保健機関(WHO)が,国際疾病分類の最新草案に「ゲーム障害」を含めるを発表したとき,ゲーム障害についての議論が現実のものとなった(関連記事)。

 現在,草案は審査中であり,決して最終的なものではない。そして,批評家らは「ゲーム障害」の臨床診断を検討するのは時期尚早であり,決定的な証拠が十分ではないと述べている・

 昨年,GamesIndustry.bizがインタビューしたVladimir Poznyak博士 ―WHO精神保健・薬物乱用部門のコーディネーター ―は「ゲーム障害」を症例として認定することで,問題のあるゲーム行動の治療に対して凝集力と一貫性をもたらすと述べている(関連記事)。

 その主張に対してEtchells氏は,臨床的定義がいかに正式な治療法への扉を開き,被害者への財政的支援を促進するかについての共感を示したものの,これは誤診の問題を引き起こすとも述べている。

 「私は,これが明白な問題になる人はいないと誰もが言っているとは思っていません」と博士は語る。「これが手当たり次第に行われたら問題です。 ―そして我々は,とくにこれがそのときどのように見えるのかについて明確な考えを持っていません― 我々は,実際には臨床的症例ではないのに,なんらかの問題を示すかもしれないような治療センターで境界線上の人々に過剰診断のようなことが行われるリスクを抱えることになります。私はそのようなことがゲームに汚名を着せているのだと考えています。それは単に時期尚早すぎるのです。我々は,適切な方法で治療研究を指導するうえでの明確な方向性というものをいまだに持っていないのです」

※本記事はGamesIndustry.bizとのライセンス契約のもとで翻訳されています(元記事はこちら