Project Scorpio:Microsoftは再びソニーと戦えるのか?

Scorpioのスペックは世界中で賞賛されているが,いろいろな意味で,これはこのゲーム機が歩み始める長い道のりのなかで最も簡単な部分にすぎない。Microsoftはこれから真に厳しい疑問に答えていく必要がある。

 Scorpioの仕様が明らかになり,舞い上がった塵が落ち着くにつれ,反応はおよそ二つに分かれた。疑う余地なく,これまでに作られたなかで技術的に最も素晴らしい家庭用ゲーム機であり,ソニーのPS4 Proをグラフィックスの素晴らしさという点で容易に凌駕するものになるだろうと,その仕様に非常に興奮した人々がいた一方,より否定的だが,きわめて現実的に,重要な疑問を呈する人々もいた。「グラフィックスが良いのは分かった。ではほかの部分はどうなのか?」

 これらの二つの立場には重複があり,私自身(著者のRob Fahey氏)はそれぞれに言い分があると思う。Scorpioは技術的に大いに印象的で素晴らしい。Xbox Oneでの失敗について比較的辛辣であったDigital Foundry(※GamesIndustry.bizの親戚サイトEurogamer内のゲームおよびハードウェア分析コーナー)でのお披露目をチョイスするところにMicrosoftの自信が垣間見える。だがそれと同時に,完全無欠の家庭用ゲーム機のハードウェアであっても,ポーカーのゲームを終わらせ,賞金を持って家に帰れる「フルハウス」(ポーカーゲームの役)のような輝かしいものにはならないという事実を見失うべきではない。逆に,Scorpioを素晴らしいものにする技術的優位点は,まだ「バイイン(ポーカーゲームなどに参加するために必要なチップを買うこと)」の段階である。これは,Microsoftが通過しなければならない最も基本的なテストだ。それを見事にパスしたことはもちろん素晴らしいが,それで終わりではない。むしろようやくScorpioについての話題や評価が始まるということだ。

 ScorpioがPS4やPS4 Proよりも技術的優位性があると指摘すると,同意しない読者の皆さんもいるとは思うが,それは家庭用ゲーム機市場の根本的な誤解を反映している。ScorpioがPS4よりも技術的に優位であることが商業的な勝利をもたらすと信じるならば,PS4が現在の市場を独占しているのは単にXbox Oneよりも技術的優位性がある結果だからということも信じるのだろう。しかし,市場支配力において技術的優位性は軽微な影響力しかなく,きわめて多くのファクターから生まれる複雑な結果を単純化しすぎていると言わざるを得ない。確かにPS4は技術的にXbox Oneより優れているが,そこに固執するコア・マーケットのほんの一部の人々以外にとっては実はあまり重要ではなく,実際のところそれほど広く知られていなかった。もっと大事なのは,ソニーがMicrosoftのゲームスタジオがある米ワシントン州Redmondのライバルたちよりもうまくやっている,ソフトウェアや,ブランディング,ポジショニング,マーケティングの領域だ。

「E3の開催よりもだいぶ前のタイミングでScorpioの技術的な詳細を公表しようする決定は,なるべく早くスペックに関する話を終わらせたいという意図のように思われる」

 私がScorpioについて常に危惧することは,Xbox Oneのハードウェア性能でソニーのシステムに遅れをとるという痛い思いをしたMicrosoftが,ソニーが現世代の家庭用ゲーム機を独占できている理由を書き連ねた長大なリストを重要視するあまり,技術的な詳細を気にしすぎることだ。そうなると彼らの対応は,技術仕様でライバルを一気に飛び越えるという名目で,大規模なインストールベースのシステムのライフサイクルを劇的に短縮し,従来の家庭用ゲーム機のビジネスモデルを壊すことになる(先日のScorpioのお披露目で図らずも露呈したことの一つは,Xbox OneとScorpioの隔たりはPS4とPS4 Proのそれよりもはるかに大きいことだ。Scorpioはまったく新しい世代の家庭用ゲーム機であるが,PS4 ProはPS4と共に市場に並んでも差し支えない,単なる4K対応のエディションだ)。

 もし上述したことがScorpioのすべてなのであれば,最終的には失敗に終わるだろう。Xboxがいくつかの地域で非常に忠実なファン層を形成しているので,Scorpioの当初の売上も堅調かもしれない。しかし,それだと最終的には,Microsoftのゲームへの努力は,コアファンのサポートに頼って,数千万台のハードウェアの売上を叩き出すために悪戦苦闘してきた任天堂がしばしば陥った運命にどんどん近づくデバイスになってしまうだろう。Microsoftは,ハードウェアのパフォーマンス改善を何度も繰り返し,コアユーザーを喜ばせられるだろうが,その層以外ではただ一人の消費者の心でさえ揺さぶることはできない。Xbox Oneが勝ち得たオーディエンス層を超えるには,Xbox戦略に関して,より抜本的な変更が必要である。だが初期のScorpioの筋肉質的なスペックへ焦点を絞ると,これまでのところ,同社がそのような変更をしていくという体勢は匂わせてはいない。

 ここに差す一筋の光(Xboxの戦略は準備不足ではなく,はるかに深く,より慎重に実行されていると納得させられた。「急げば向こうからやってくる」と言えるものだ)は,ゲーム専門サイト「Gamasutra」によるXbox事業責任者のPhil Spencer氏へのインタビューで,家庭用ゲーム機の市場とそこにおけるXboxの立ち位置について,世間とは微妙に異なる見解が明確に述べられていた。

 少々行間を読むとするならば,Spencer氏は,今の世代の初期のスペックの上昇は,Xboxや PS2からXbox 360や PS3への飛躍ほどのインパクトはないのでシステム仕様をそこまで重視していないようであった。そして,本質的に技術的な進化はしばらくの間リターンを低下させるという説を受け入れることにしたようだ(結局のところSNESからPlayStation 1,それ以降のPS1からPS2へのような劇的な技術的飛躍は今後もないということだ)。

 さらに,Spencer氏は家庭用ゲーム機ビジネスの本質はライフサイクルの長寿命化にあり(参考英文記事),ハードウェアのリフレッシュサイクルの高速化は,業界の収益に影響を与えるということを率直に語った。

Forzaは素晴らしいが,Scorpioを目立たせるにはもっともっと多くのソフトウェアが必要になる

 要約すると,Spencer氏は,Scorpioについて誰もが決め付けるような話のいくつかを論駁している。れれはソニーの技術的跳躍に並ぶためにゲーム機のライフサイクルを短縮することについての話だった。彼のコメントは,MicrosoftはScorpioをビジネスの新しいパラダイムではなく,一度限りの先手と見なしていると強く示唆している。その目的は技術的優位性を達成するだけでなく,むしろXboxの再ローンチでPS4の影から明るみに引き出し,マーケットでの地位を再構築することだ。細部は明らかになっていないが,Spencer氏はScorpioの技術的なポイントはあくまでも手段であり,そこで終わるとはまったく思っていないようだ。

 E3の開催よりもだいぶ前のタイミングでScorpioの技術的な詳細を公表しようする決定は,なるべく早くスペックに関する話を終わらせたいという意図のように思われる。そうすれば,E3が開幕する頃には,ほとんどの消費者にとってスペックは無意味であり,それ以上に,面白くもないRAMやGPUタイプについての議論に労力を注ぐことなく,Microsoftはゲームそのものについて話し,ポジショニングやブランディングに集中できる。人々が本当に見たいと思うのは,ScorpioがPS4/Proとどのように比較されているかではなく,Scorpioがどう違うのか,より美しくレンダリングされるポリゴンは置いておいて,Xbox Oneをおねだりしなかった人々がScorpioこそ必要な家庭用ゲーム機だ感じさせるようなものなのだ。

 Microsoftがどれくらい目標を達成できるかは大きな疑問だ。いや,実際,大きな疑問だらけといえる。間違いなくソフトウェアの課題はあるだろう。過去数年の間のPS4とXbox Oneの間にあるエクスクルーシブなタイトルの量と質の差は,家庭用ゲーム機部門へのMicrosoftのコミットメントに疑問を投げかけており,ますます恥ずかしいレベルになっている。ベストシナリオは,それらすべてはScorpioのソフトウェアへの多大なフォーカスで帳消しとなり,それがすべてE3で明らかになることだ。これは,既存のXbox Oneのファンにとってはちょっと面白くない展開だろうが(もう一度言うが,Xbox Oneは実際に販売実績を残しているし,そのソフトウェアは注目を浴びてもいいはずなのだ),もっと良くないシナリオが展開するよりはマシだろう。

「Scorpioの技術仕様が専門家によって賞賛されたのを見たMicrosoftは,自分たちのポジショニングを取り始めている。それも,まだScorpioが歩む長い道のりの最も簡単なところだということをちゃんと分かっていると示唆する方向でだ」

 さらに,ブランディングの課題もある。Xboxブランドは,日常的ではないうえ,完全に安全とはいえない位置にあると言える。前の世代では,Xbox 360を愛する非常に多くのオーディエンスが本物のコアグループのファンを補完したが,ブランド全体として愛していたわけではない。PlayStationがXbox 360時代に失った地盤をいかにドラマチックに,そして急速に取り戻すことができたかを見てみるのがよい。とくに米国外では(しかし米国内でも大いにその傾向は見て取れた)PlayStationはいまだに明確に,プレミアムな家庭用ゲーム機ブランドとして見られている。

 これは主に,過去20年間にソニーがPlayStationのブランディングで行ってきた非常に慎重でバランスのとれた仕事にまで話が及ぶ。Xboxが15〜30歳のアメリカ人男性をコンフォート・ゾーンとしているのに対し,ソニーでもそこにもほぼしっかり根付いたが,PlayStationというブランドを,そのコアユーザーへのアピールを損なうことなく,遊び心があり,親しみやすく,ちょっと風変わり,というものにすらした。PlayStationの「日本らしさ」を大いに宣伝することは間違いなく役に立ったといえる。それはMicrosoftがその矢筒に持たない,放てない矢なのだ。しかしこれは全体論ではない。

 PlayStationをニッチへの信頼性と広範へのアピールがうまくバランスしたブランドにするために,ソニーが投入した企業努力とインテリジェンスは目覚しいものだ。これは,マーケティングや広告だけでなく,インダストリアル・デザインからソフトウェアパブリッシング,そして(最近大幅に改善された)大規模なカンファレンスイベントでのステージ管理まで,家庭用ゲーム機にまつわるすべてにまたがる努力なのだ。Microsoftは,Xboxブランドに対してここまで信頼されたり,安全地帯を一歩踏み出してオーディエンスに向き合おうとしたことはなかった。Scorpioで本当の成功を成し遂げようとするなら,それは早急に学ばなければならない信頼のありようだ。

 先週と今週(※Scorpioのスペック発表前と後)の違いはこうだ。Scorpioの技術仕様が専門家によって賞賛されたのを見たMicrosoftは,自分たちのポジショニングを取り始めている。それも,まだScorpioが歩む長い道のりの最も簡単なところだということをちゃんと分かっていると示唆する方向でだ。この先にも素晴らしいハードウェアが控えている。だが,素晴らしいハードウェアも単なるシリコンとプラスチックでしかない。家庭用ゲーム機の新しいプラットフォームはそれ以上のものである。この先の数か月,Microsoftは,ソニーと再び戦うために何が必要なのかを彼らが理解していると世界に示す必要がある。

※本記事はGamesIndustry.bizとのライセンス契約のもとで翻訳されています(元記事はこちら