[CEDEC 2016]「VRはインタラクションの未来なのか?」SIE London StudioでPSVR用ゲームを手がけた開発者による洞察

Dave Ranyard氏(CEO,Dream Reality Interactive)
 「VR Now!」という特別企画を用意して,VR(仮想現実)をフィーチャーしているCEDEC 2016。その初日である2016年8月24日に行われた海外招待講演では,海外におけるVRコンテンツ制作現場からの知見を紹介するセッションが行われた。
 講師はDream Reality Interactive(以下,DRi)のCEOを務めるDave Ranyard氏。氏は,Sony Computer Entertainment(現:Sony Interactive Entertainment,以下 SCE)で17年間で働いた経験があり,PlayStation 2用の外付けカメラを使ったゲーム「EyeToy Play」や,PlayStationプラットフォーム対応のモーションコントローラである「PlayStation Move」(以下,PS Move)を使ったARゲーム「Book of Spells」などに関わった人物である。

 Ranyard氏は最近まで,SCE London Studioのヘッドとして,「PlayStation VR」(以下,PSVR)用タイトルの「Ocean Descent」(旧称:The Deep)や「The London Heist」の制作などに携わっていたが,2016年の初めに独立し,VRプロダクトを制作するDRiを立ち上げたのだという。

 そんなRanyard氏による講演は,「VRはインターアクションの未来であるのか? Is Virtual Reality the future of Human Interaction?」と題するものだ。非常に多くの話題にわたる講演だったが,ここではコンテンツ作成部分を中心に紹介してみたい。


VRはインタラクションの未来なのか?


 冒頭で自己紹介を行ったRanyard氏は,続けて,SCE時代である2年半前に制作し,「VRが世界にどれほどのインパクトを与えうるかを実感させられた」と言うビデオを紹介した。ビデオは,PSVRを装着した1人のご婦人が,「The Deep」いう開発コードネームで呼ばれていた頃の「Ocean Descent」を体験し,海底でサメに襲われて「Oh my God!」などと叫んでいる様子を収録したものだ。

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 実のところ,ビデオに映っていたのはRanyard氏の母親であり,それまで一度も氏の作るゲームに興味を示したことがなかったのに,Ocean Descent(The Deep)だけは「やってみたい」と話していたのだという。
 この経験によりRanyard氏は,VRはゲーマーだけのものではないと感じた。さらに,母親がRanyard氏の息子とVR体験について熱心に語り合っていた様子から,VRが持つソーシャルな一面を実感したようだ。

 一般に,VRゲームは孤独な体験のように言われることが多いのだが,決してそうではなく,VRをソーシャルなものに変えることが可能だと,Ranyard氏は語った。EyeToy Playのように,10年以上も前から体験型のゲームにソーシャルな特性を持たせたゲームを制作してきたRanyard氏は,同じことがVRでもできると確信しているのだ。

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 VRについて語るにあたり,「これまでの話」としてRanyard氏がスライドで示したのは,映画「月世界旅行」の1シーンやテレビを見る一家,そしてIBM PCの写真だった。そしてそのスライドには,さらにウォークマン,初期のGoogle,iPhoneの写真を追加していく。これらは,それまでの価値観を根底から変える「破壊的イノベーション」をもたらしたモノの例であるという。
 では,VRは破壊的イノベーションなのか? VRはインタラクションの未来なのか? キーボードを打ったり電話をかけたりといったインタラクションに代わるものになるのかと氏は問いかける。

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 では,VRコンテンツとは何だろう? 氏はまず「VRの約束」として,「VRで実現すべきこと」を3つ挙げた。具体的には,「どこかへ行ける」「なにかができる」「友達と」というものだ。
 「友達と」として,VRが実現すべきことの1つにソーシャル性を置いているのは,Ranyard氏の目指す方向性ならではかもしれないが,前の2つに比べると,ソーシャル要素はまだ不足気味と,氏は見解を述べていた。
 ちなみに氏は,日本に来てから,CEDEC 2016スポンサーによるVRタイトル(※コロプラだろうか?)でマルチプレイヤー要素を楽しんだとのことで,「こういったものが欲しかった」と,かなりお気に入りのようだった。

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 さて,そもそもVRとは何かと,Ranyard氏は聴衆に問いかける。
 氏が示したスライドでは,高い場所にある時計の針に男がつかまっている写真があった。サイレント映画時代のスターであるHarold Lloyd(ハロルド・ロイド)が出演した映画の1シーンだ。特撮も合成もない時代の映画であるから,落ちたらえらいことになるわけだが,彼はスタントマンを使わずに,すべて自分で演じていた役者である。

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 「別に,映画の主人公がどうなろうと,どうでもいい」と思うかもしれないが,そう思わせる映画はよくない映画だと,Ranyard氏は語る。劇中の出来事を他人事にだと思われないよう感情移入させるのが監督の手腕ではあろう。その点はVRも同じだが,VR世界で「時計台から落ちる」かもしれないのは,誰かではなくまさに自分自身であり,そこには,もっと抜本的な反応を引き出す大きなチャンスがあるという。ゲームデザイン面で大きな可能性があり,VRは激しい感情を引き出せるはずだというのだ。


VRにおけるプレゼンスを高めるための3つの課題


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 続いて語られたのは,「プレゼンス」についてだ。その場にいるように感じさせることをプレゼンスの定義としたRanyard氏だが,実際には「脳を誤魔化して錯覚させること」であると,身も蓋もなく断じていた。これはVRコンテンツの問題ではなく,単に技術的な問題だという。
 VRにおけるプレゼンスは,今はまだ映画の初期のような段階であり,10分程度の体験ならなんとかなるが,2時間ものの体験にはまだ対応できていないというわけだ。

 そこでプレゼンスを高めるためには,どういう部分に集中していくのがよいかというと,それは目であり,耳であり,手であるというのが,Ranyard氏の答えである。何を見て(ビジュアル),何が聞こえ(オーディオ),どう行動するか(インタラクション)が重要になるというのだ。

 まずビジュアルについてRanyard氏は,距離によって3つに分けることの重要性を語った。目の前にあるもの,ちょっと遠くにあるもの,かなり遠くにあるものをうまく使い分けることで,大きな効果が得られるという。
 もっともVRでは,遠くを見ているように感じられても,実際には目の前にある画面を見ているだけであり,目の動作としては不自然なものとなる。短時間であれば大丈夫だが,この不自然さについては,ゲームデザインで考慮すべきだという。また,注視点の距離を頻繁に切り替えると,目の負担も大きくなるはずだと,Ranyard氏は警告していた。

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 一方,VRにおける3Dオーディオについては,「夢の実現」とRanyard氏は表現していた。
 これまで,ゲームにおけるオーディオは常に脇役であった。ある意味どうでもよい存在とされていることもあっただろう。しかしVRでは,オーディオはビジュアルと同じくらい強力にプレゼンスを実現するものであるというのだ。
 また,方向感という意味でもオーディオは重要で,プレイヤーを自然にナビゲートするときの重要な手法となりうるという。さらには,適切なオーディオによってビジュアルを向上させる効果も期待できるとのことである。

[CEDEC 2016]「VRはインタラクションの未来なのか?」SIE London StudioでPSVR用ゲームを手がけた開発者による洞察

 3つめのインタラクションは,入力デバイスの変化が大きく関わる。これまで,ゲームにおける主要なインタラクションの手段には,キーボードやマウス,ゲームパッドやタッチスクリーンといったものがあったわけだが,基本的に2次元で操作を行うこれらに対して,VRでは完全に3次元での操作をデザインできる。
 ここで重要なのが,「手」を使って操作することだと,Ranyard氏は述べ,PS MoveやOculus VRの「Touch」,「Leap Motion Controller」のようなハンドトラッキング機能を備えるデバイスを紹介した。

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 Ranyard氏がLondon Heistを作成したときは,手で引き出しを開けるような操作をPS Moveで行う仕組みを最初に作り出したそうだ。この操作によって,拳銃やダイヤを探すわくわく感や,素早く拳銃を探し出さなければならないという緊張感を,うまく演出できたという。
 体験者の中には,引き出しから取り出したものをデスクの上に置こうとして,PS Moveを床に落としてしまう人もいたという。それほど引き出しの操作に現実感があったため,実体のないデスクを実在すると勘違いしたのであろう。


VRゲームデザインにおける「試すこと」の重要さ


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 プレゼンスに続く話題となったのは,VRにおけるゲームデザインだ。これについてRanyard氏は,「とにかく試すこと」「快適さ」「60fpsをキープ」という3点を重要項目として挙げていた。

 試すことについては,とにかく「試さないと分からない」ということを,Ranyard氏は強調している。たとえば,3年くらい前に作った初期のVRデモでは,「動物に乗れたらいいね」というアイデアが出てきたので試してみたところ,「一発で酔いまくりになった」ことがあるという。

 快適さに関しては,やはりVR酔いの問題が重要だと氏は述べている。酔わないようなメカニクスを作って,絶えず取り組み続ける必要があるという。確かに,これを解決できないと,さらなるVRゲーム開発などはできるはずがない。
 また,従来の2Dゲームでよくあるような,時速50kmで走ったり,何mもジャンプしたりといった動きをVRでやると,途端に気持ち悪くなるという。こうしたメカニクスは,作り直さなければならない。

 60fpsのキープも同様に重要だ。Ranyard氏らは,プロトタイプで最適化に取り組んだものの,なかなか達成できない難関だったという。これを解決できないと,酔うのがゲームメカニクスのせいなのか,それともフレームレートのせいなのか区別がつかないので,非常に重要なポイントになるそうだ。

 また,多くの人々で試すことも重要だとのこと。プロトタイプは少なくとも20人くらいで試す必要があるという。自分が酔わなくても同僚が酔わないとは限らない。
 そして,そのようなテストを開発中は,継続し続ける必要もある。一旦は「これで酔わないね」となったとしても,ゲームを修正しているうちに,知らず改悪してしまう場合もありうるからだ。実際,Ranyard氏は,それでソニーの重役を酔わせてしまったこともあったそうである。


VRにおけるナビゲーションは,いまだ定石がない


 続いての話題は,VRゲーム内でのナビゲーションについてだ。

 下に示したスライドで左に見えるクラシカルな2Dゲームは,1980年代前半に登場したゲームタイトル「Manic Miner」だ。Sinclair製の家庭向けPC「ZX Spectrum」用にリリースされたもので,Ranyard氏が当時,ハマりまくっていたらしいのだが,ゲーム自体は,「A地点からB地点まで行く」という単純なナビゲーションで構成されていたという。ゲームでは確立されたナビゲーションのスタイルといえるだろう。
 ただVRでは,このように確立されたナビゲーションが存在しないため,考え直す必要があるとのことだ。

 ちなみにスライド中央の例は,車中のシーンが多い映画「テルマ&ルイーズ」である。AからBに行くのだけが正解なのではなく,寄り道することで,魅力的な物語が展開することもあるというわけだ。

スライド左の画像がManic Minerの画面。中央はテルマ&ルイーズの1シーンである
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 VRにおける統一的なナビゲーション法は,まだ確立されていない。PCでのマウスとキーボードによる操作が主体だったFPSが,据え置き型ゲーム機のゲームパッド操作に移行したような道を,VRゲームもたどるのかもしれない。Ranyard氏は,T型フォードを馬で引いている写真を示して,キーボードやゲームパッドをVRで使うことは,これと同じ状態ではないかと示唆していた。


プレイヤーの感情をいかに揺さぶるか


 VRでは,プレイヤーの感情をいかに操作するかも重要である。
 たとえば,アドレナリンが出まくるようなシーン。Ranyard氏は,飛行機の翼上でテニスをする写真を例として挙げていたが,そのようなことがVRでは表現可能になる。
 通常のゲームとは臨場感が桁違いなので,操れる感情の幅も大きくなるが,それだけに,従来にない考え方が必要になるというわけである。

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 VRでは,実にさまざまな感情をプレイヤーに強く与えられるとRanyard氏は述べる。怖がらせたり,眩暈を感じさせたり,目と目を合わせて愛していると思わせたりと,これまでのゲームではできなかったような感情を与えられる可能性が,VRにはあるという。

 感情を与えることを考えるうえで忘れてはいけないのは,プレイヤーはゲームの中にいるということだ。これにもいろいろなレベルがあり,アバターが中にいるだけなのか,それともプレイヤーの身体全体がマッピングされるのかといったものから,プレイヤーはキャラクターになりきっているのか,それとも単に役を演じるだけなのかを,考慮しなければならない。

 さらに,VRで描く世界は,「(その存在を)信じることができる世界」でなければならないとも氏は述べている。信じることのできる世界であれば,そこに行くだけで楽しいからだ。最近は,サンドボックス型のVRゲームが人気だが,開発時間に対して得られるものも多いので,Ranyard氏は非常によい選択だと考えているそうだ。
 ここで例として挙げられたのは,さまざまなものが載った机の写真である。仮に,これをVRで作ると,キーボードを押したり新聞を取ったり,あるいは電話に出ることが可能なように,それぞれの物の機能をちゃんと作り込む必要がある。正直,それは面倒で,かつ手間もかかるのだが,「動かす必要のあるもの」しか反応せず,それ以外のものは触っても反応しないという実装は,VRにおいてゲーマーをガッカリさせるだけであると氏は指摘する。ちゃんと機能を作り込むことが重要なのである。

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 また,VR空間に別の人間がいることも,大きなポイントになるという。それに対してインタラクションできるか,たとえば,銃を向けたらどうなるかとか,会話はできるかなどといった要素が,バーチャルなキャラクターの実在感を高めることにつながってくる。
 簡単にいえば,従来のゲームで銃を向けられるのと,VRで銃を向けられることには,大きな違いがあるということだ。同様に,キャラクターと「目線が合う」というのもVRでは非常にインパクトが強い要素だという。
 逆に,キャラクターや環境へのインタラクションができない場合,VRでは,まるで自分が幽霊になったかのような感じてしまうが,それは最悪だとRanyard氏は述べていた。

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ソーシャルなVR体験をいかに実現するか


[CEDEC 2016]「VRはインタラクションの未来なのか?」SIE London StudioでPSVR用ゲームを手がけた開発者による洞察
 VRにおけるソーシャルな要素についてRanyard氏は,そもそも「人を見るのは楽しい」ものであり,元気のよい内容のものであればとくに楽しいと語る。
 多人数が同時にプレイできるVRゲームとして,VR HMDを着用するプレイヤーと,従来どおりのディスプレイを見るプレイヤーが共存してプレイする「非対称型VR」が模索されている。少なくとも当面の間は,VR HMDが家庭に導入されるとしても,一家に一台がせいぜいであろうことを考えると,非対称型VRは必然的なものと,Ranyard氏は考えているようだ。

 そうしたVRゲームの場合,タブレットや外部デバイスを使うことで,プレイヤー同士で指示を出しあったり,連携したりしながら楽しむような要素を盛り込むことで,さまざまな形の非対称型VRを構築できるという。
 VR HMDを着用したプレイヤーのプレイに外から干渉したり,順番にプレイしてスコアを競ったりといったことも,(VRとは関係なさそうな気はするが)ソーシャル要素となりうる。また,VR空間で競い合うことで,体験を共有することも重要だと,Ranyard氏は語っている。

 講演はその後,VRのビジネスモデルや投資の話などにも及んでいたのだが,そのあたりは割愛しておく。

 さて,冒頭で挙げられた質問のひとつである「VRは破壊的イノベーションとなるか?」に対する回答だが,Ranyard氏は,「2020年にはVRデバイスが5000万台から2億台に達する」という調査結果を示しつつも,やがてはAR(Augmented Reality,拡張現実)に取って代わられるだろうという見解を示していた。

 一方,「VRはインタラクションの未来なのか?」という問いに対しては,いくつかの条件を挙げて肯定している。
 1つはマルチプレイヤー要素の存在であり,周辺機器がさら進化し,普及したうえで,プレイヤーがどんな周辺機器を手に取ったのかをシステムが認識することも,VRにおけるインタラクションを実現する条件であるという。
 そして最後の条件はAIだ。VR空間内のキャラクターが,いかに人間らしく振る舞えるかは,やはり重要な要素となるだろうということだった。

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CEDEC 2016 公式Webサイト

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