Asobo Studio: HoloLensのゲーム開発最前線で学んだ教訓

経験はときとして罠となる。ベテランゲーム開発者として,こうやってみようという直感を頼りにすることもあるだろうが,それは大きな間違いを引き起こすことになる。

 最近の無制限な新作ゲームの登場は,ゲーム開発者に疲労と恐怖をもたらす。より多くの人々がより多くのゲームをプレイするようになり,さらにいくつものプラットフォームに対応しなければならないために,その仕事量に埋没してしまいそうになっているのだ。この環境では,ブルーオーシャンは滅多に見えてこない。その海に飛び込めるチャンスとなると,さらに希少だ。

 Asobo Studioは,そのチャンスをハードワークと経験値によってものにした。このフランスを拠点にするゲームスタジオは,THQやDisneyのもとでPixerアニメのゲーム化をいくつも手掛けて実績を積み,やがてMicrosoftの「Kinect Rush」を開発する機会を得ることになる。
 Kinectそのものは,もはや歴史の中に埋没しつつあるが,Abosoの新しいテクノロジーに対応する手腕はゲーム業界ではしっかりと認知された。MicrosoftがHoloLens向けのゲームを開発できる開発者を探していたとき,Asobo Studioは連絡を受けた最初のメーカーの一つとなった。

「デバイスの形状が似ているからという理由で多くの人がVRとARを比べますが,そんなことは無意味なほど異なるものなのです」

 しかし,もし経験というものがAsobo StudioをHoloLens向けゲームを開発する最初の独立系デベロッパたらしめたのなら,テクノロジーのラジカルな性質が,その経験の価値を損ねることになったはずだ。Asobo Studioの共同設立者の一人でありチーフ・クリエイティブ・オフィサーのDavid Dedeine氏は「経験はときに罠となります」と語り,「こうやってみようという直感を頼りにすることは,大きな間違いを引き起こすのです」と続けた。

 HoloLensが発表(関連海外記事)されたのは,VRに対する市場の関心が大きな高鳴りを見せていた時期でもあり,多くの人は技術的に類似したものだと考えた。その議論の中では頻繁に,基本的には同じアイデアのイテレーション上にあるかのように“AR”と“VR”が混同されていたのだ。
 Dedeine氏は,いずれは一つのデバイスで双方の体験が可能になっていくと信じているが,HoloLens向けのコンテンツを作ることに関心を寄せるVRデベロッパにとって,使える共通点はほとんどないことを気付かされる。VRとARの双方のコンテンツを開発した経験を持っているAsobo Studioにとっては,ARのゲームデザインは「より興味深いのと同時にチャレンジングだ」と彼は言う。

 「VRは,これまでのビデオゲームの流れに近く,そのゲーム体験にさらに没入性を加えるものだと思います」と話すDedeine氏。「結局,VRではゲームのコンテンツはバーチャルな世界に限定されるのですが,ARはまったく異なります。現実世界がAR体験の中核になければならいという非常にユニークなものなのです。デバイスの形状が似ているからという理由で多くの人がVRとARを比べますが,そんなことは無意味なほど異なるものなのです」


 Asobo Studioの初期のプロトタイプは,スターウォーズのチューバッカとR2D2が遊んでいるような,ホログラフ風のチェスゲームだった。「Let the Wookie win」というフレーズでGoogleサーチしてみれば,すぐに映像が見つかるはずだが,これことが経験が罠になっているという端的な例であろう。よく知られているアイデアで,シンプルに作り出すことができる。「多くの開発者が同じような発想でゲームを作るでしょうね。ありふれすぎたアイデアです」とDedeine氏は語る。

 Asobo StudioがARについてさらに詳しく知るにつれ,VRにおいては既存のゲーム開発の用法やテクニックが通用することがより鮮明になっていった。VRデベロッパがバーチャルな環境を作り上げているということは,うまくやればプレイヤーの不信を何とかして防ぐことができる。例えば,家庭用ゲーム機のプレイヤーとVRのプレイヤーは,「Uncharted」のネイサン・ドレイク,それどころかどんなキャラクターにだって成りきることができる。
 Dedeine氏は「バーチャル環境では,プレイヤーは誰にだってなれますし,どこにだって行けるのです。しかしARゲームではすべてのスタート地点はプレイヤー自身になります。彼らにマスターチーフのような銀河戦士になりきることを無理強いすることはできません」と補足する。

「なにか素晴らしい体験を作り出そうとしているのに,そのスタート地点はプレイヤーそれぞれの生活圏でなけれななりません。今までやったことはないですし,本や映画も参考になりません。これまで存在しなかったことなのですから」
 「なにか素晴らしい体験を作り出そうとしているのに,そのスタート地点はプレイヤーそれぞれの生活圏でなけれななりません。ナレーティブという意味では,ARは完全に異なるものなのです。ゲームデベロッパとしては再考が必要になります。今までやったことはないですし,本や映画も参考になりません。これまで存在しなかったことなのですから」

 ほとんどの場合,ARで予想できるいかなる弱点も,有機的に予想できる強みになりえる。もちろん,ARゲーマーは自分がマスターチーフのようなヒーローであると信じていないだろうが,そう強いられているVRゲーマーは,3D酔いのリスクを負いながら,おそらく座ったままでなりきりを演じているわけだ。Dedeine氏によると,必要なフレームレートで作動するARゲームでは,こうした3D酔いの危険性は完全に除外されているいう。これに加えて,HoloLensではプレイヤーのいる環境内での自由な行動を阻害するものはまったくなく,バーチャルなゲーム環境を作るのに馴れたデベロッパならいつも向き合っている中耳的な混乱を避けることも可能だ。

 しかし,ARデベロッパの任務は,現実世界とインタラクトすることを楽しいと感じさせることである。HoloLensは,HTC Viveなどと比べて遥かに持ち運びやすいデバイスであるものの,そのテクノジーはまだ,現実世界のほとんどの場所で利用することができるようなものではないのも確かである。Asobo StudioがARゲームに対する企画を膨らませていく過程で,ほとんどのプレイヤーがリビングやキッチン,そしてベッドルームなど特定の生活圏でデバイスを利用すると想定されている。そうなると,使い古されたソファやIKEAの家具をバックグラウンドにしつつ,迫力あるインタラクティブ体験をどのように作り出すかという難題にぶつかるようになった。

 Dedeine氏は,「我々は,プレイヤーがARデバイスをどこで使うのかを予想することはできません。それぞれの部屋がまったく異なるのです。デベロッパとして,プレイヤーがいるであろうロケーションを想定できないのですから,どんなゲーム環境であろうとしっかりと作動するゲームをデザインしていかなければならないのです」と語る。

 このように大きな違いを持ちながら,Asobo Studioが生み出したプラットフォームアクションの「Young Conker」と第1人称カメラ視点型の探偵ゲーム「Fragments」は,彼らが「The Solver」と呼ぶ技術的なソリューションにより生み出されている。Dedeine氏は,その詳細については触れようとしなかったが,この「The Solver」はHoloLensがインテリジェントな方法で部屋にさまざまなオブジェクトをマッピングした特定のプレイヤーの環境を“データクラウド”で照合させることで,ゲーム体験を開始するような仕組みを持っているという。
 彼の持ち出した例えによると,「Fragments」でワインのボトルを事件を解くカギとして表示させる場合,「The Solver」はソファの形状や角の位置といったことだけでなく,実際にそれらしい場所,つまりソファではなくテーブルを認知して,そうした3Dオブジェクトを表示させることになるという。このような精度はARゲームでは本質的なものになるだろうが,Dedeine氏は「The Solverはとても精度がよい」と断言する。

「ARゲームの開発は私がゲームデベロッパとして体験してきた中でも最もエキゾチックなものです。そのパラダイムが余りにも違い過ぎて,再び学生になったような新鮮な気分ですね」

 ARデベロッパは,こうした問題以外にもいろいろぶち当たっていだろうが,一般的に言われるHoloLensの視野角度が狭いという難題は,実はそれほど重要でないとDedeine氏は言う。HoloLensの視野角度が「60cm離れた場所から15インチモニターを見ている程度」というほど狭いという問題(関連海外記事)は,このテクノロジーが公表された当初からしばしば批判されてきたし,Dedeine氏自身も,ホログラフの世界が制限なく目の前に広がるようになるほど進化することが待ちきれないと語る。しかしながら,より的確なデザインと人間の目の本来の機能のコンビネーションがあれば,利用しているとまったく気にならなくなっていくという。

 実世界では,我々は必要な場所に目を向けることができます。しかし,ARデバイスでは目の前にフォーカスしざるを得ません」と語るDedeine氏は,「しかしプレイヤーがしばらく使っていくと,この問題はほとんどなくなってしまいます。もちろん,視野角度に束縛されないことが望ましいのは言うまでもありませんが,ゲーム体験を阻害するようなものにはなりません。視野角度の広がりは今後のデバイスの進化で達成されることでありますが,オリジナルiPhoneがリリースされたときに誰もサイズを問題にしなかったのと似ていますね。

 VRとARの双方において,まだ技術的に進化途中であるという話はよく聞かれるようになった。Asobo Studioが辿ってきた,こうしたデバイスについて技術的に理解していく過程を,Dedeine氏は“山登り”にたとえ,その裾野で目の前に聳える岩山に震撼する姿が「HoloLens」を手にしたばかりの時代だったと話す。一つの山を乗り切ったと思えば,それより高い場所があるというわけだ。

 「本当に我々にとってのアドベンチャーですね。別の日にインタビューされていれば,もうこの世界が嫌になったなんて嘆いていたかも知れません」というDedeine氏だが,「ARゲームの開発は,私がゲームデベロッパとして体験してきた中でも最もエキゾチックなものです。そのパラダイムが余りにも違い過ぎて,再び学生になったような新鮮な気分ですね。最高の自分をぶつけなければならない。賢く立ち回りつつ,謙虚でなければならないのです」と締めくくった。

※本記事はGamesIndustry.bizとのライセンス契約のもとで翻訳されています(元記事はこちら